純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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犬夜叉と美尾

 

 

 

 

「怜悧殿……どうか、ご無事で」

 

 美尾が思わず漏らしたその声に、犬夜叉は頷くでもなく轟々と燃え盛る森を見下ろしていた。

 

 怜悧と鉄鶏との戦場が随分と遠く見える切り立った崖の上で、美尾と犬夜叉は二人して立っていた。

 

 

 時は少し遡る。

 

 咄嗟に怜悧から逃げてしまった犬夜叉は、自分を追いかけてきたのが鬼気迫った表情の美尾だったことにガッカリした顔をしていた。

 

 常にはないほどの速度でぐんぐんと追い上げてきて、追いかける対象であるはずの犬夜叉を軽々と追い越していった。

 

「え?」

 

 ポカンとした顔をする犬夜叉の手を引くために戻ってきた美尾は叱咤した。

 

「来い! 犬夜叉! 逃げるぞ!」

 

 美尾は焦っていた。火事場の馬鹿力で身体能力の優れた犬夜叉よりもなお素早い速度で走れるくらいに、命の危機を感じていた。

 

 あの戦場に近づき過ぎれば死ぬ。

 早く離れなければ、間違いなく死ぬ。

 

 伝わってくる濃密な妖力や熱気だけでもよくわかった。

 妖力に酔って、膝から崩れてしまいそうだ。

 

 なんとか犬夜叉を引きずって遠くの崖の上に移動した美尾たちは、自分たちが先ほどまでいた森がすっかり燃え上がっているのを見た。

 

「レーリ……」

 

 犬夜叉が心配げにこぼす。

 

 なぜその態度を怜悧の前では見せないのだろうか。

 美尾は意地の悪い気持ちで言った。

 

「誰がいつ死ぬか分からぬこの時代じゃ。怜悧殿とて死ぬことはわしらと変わらぬ。

 だからこそ、心残りのないように生きねばならん」

 

 偉そうなことを言いながら、美尾は不安だった。

 

 怜悧と過ごす時間はとても楽しかった。家族と過ごした日々を思い起こさせる、心穏やかな日々。

 

 あの森で過ごした日々が、青白く燃えていく。

 

 地響き、爆発音、流星のような火の玉。

 地獄の釜みたいに広がった炎が、夜を昼みたいに照らしている。途轍もない規模で繰り広げられる戦闘を美尾達は瞬きもせずに見ていた。

 

 あの戦場では何が行われているのだろう。

 居ても立っても居られない。

 

 だが、この場所から出来ることはない。

 近くにいたとしても出来ることはない。

 美尾たちが出来るのは、足手纏いにならぬよう逃げることだけ。

 

 

 怜悧はこの半妖のことを大切にしている。

 

 半妖なんて妖怪からも人間からも爪弾きにされる生き物なのに。

 

 確かに直情的なところが妖怪らしくなくて面白い、といえば面白いと考えられなくもない。

 が、早くして肉親を失った美尾からすれば、犬夜叉は甘えの塊だった。

 見ていて恥ずかしくなる。

 

 そのような日々は一生続きはしないのだと、頰を張っ倒してやりたくなる。

 

 ……美尾のように、取り返しがつかなくなってから後悔しても遅いのだから。

 

 怜悧によく似た金色の瞳が遠くで燃え盛る戦場を瞬きもせずに見つめている。

 

 美尾もまた、そちらに目を転じた。

 

 途端、巨鳥が現れた。

 

 遠くにいるのに、その赤い瞳に射抜かれたような心地になって美尾たちは背筋を震わせた。

 

 高みの見物をしていた妖怪たちが後ろでギャーギャーと叫び声を上げている。ここでは危ないと、今更ながらに逃げ出す者もあった。

 

 ――あれが、鉄鶏の真の姿。

 

 なんて巨大で、なんて圧倒的な存在感なのだろう。

 操る炎の熱度が一段増している。

 

 ここから怜悧の姿は見えないが、鉄鶏が攻撃の手を止めないことから生きてはいるのだろう。

 

「レーリ、どうして大犬の姿にならねえんだ……!」

 

 焦れるように犬夜叉が叫んだ。

 

 瞬間美尾には、その答えがわかった。

 

 両者が巨体となれば、その戦場もまた広くなる。

 

 周囲への被害を最小限にするため、もっといえば犬夜叉や美尾のために怜悧は力を出しきれていないのだ。

 

 

 この場所でもなお、近かった。それは逃げ出した妖怪たちを見ても明らかなこと。

 

 あの巨大な鉄鶏をその目で見て、美尾は自分の判断の甘さを悟った。

 

 その判断の甘さは、戦いの最中の怜悧にしっかりと見抜かれている。だから彼女が大犬となって戦わない。

 その事実に情けない気持ちになった。

 

 敵わぬ、と心から思った。

 

 なおも戦いは続いているようだったが、転機は訪れた。

 

「なっ……!!」

 

 犬夜叉が声を上げる。

 地面に近い位置に、太陽が出来ていた。

 

 圧倒的に巨大な、全てを喰らいつくさんばかりの火の玉だ。

 これほど遠くにいてもなお、頰を叩く熱風を感じた。

 火の粉が辺り一面に舞う。

 

 

 武蔵国の生き物はこの世の終わりが来たと思ったに違いない。

 

 こうしてあの戦いを見届けているのは、なにも美尾と犬夜叉だけではない。

 どいつもこいつも色々な場所で圧倒的強者のぶつかり合いに魅せられている。

 

 戦いの苦手な美尾でさえ、その戦いに目を奪われていた。

 

 美しい戦いに近づきすぎて焼け死んだ妖怪もいることだろう。

 

 

 勝敗は、突然ついた。

 どういう訳か、巨鳥が地面に倒れ伏したのだ。

 

 勝ちは、一目瞭然。

 

「ややっ、犬の娘が勝った――?!」

「西国の大犬の姫が、東国を支配する大妖怪を打ち負かした!!」

「信じられぬ……!

 菩薩姫などという噂だったが、あの闘いざまは夜叉じゃ。夜叉!」

 

 妖怪どもが醒めやらぬ興奮のままにぎゃーぎゃーと騒いでいる。

 

 美尾は全身の毛という毛が逆立っていくのを感じた。

 

 鳩尾の奥深くから熱い感情が噴き上げてくる。

 

 ――なんて。

 

「なんて、得難いお方だ――怜悧殿!」

 

 色々な感情が濁流のようになり、その後、勝利の喜びで胸がいっぱいになる。

 

「犬夜叉、犬夜叉、のう! 怜悧殿が勝ったぞ!!! あの、鉄鶏に!!」

「ああ……!」

 

 美尾と犬夜叉は手を取り合って跳ねまわった。

 笑顔で手を取り踊っていた美尾たちだったが、互いに気まずくなって離れた。

 

 

 鉄鶏は巨鳥の姿をやめた。

 どういうわけか、炎は嘘のように消え失せていた。

 

 空を見上げる犬夜叉に倣う。

 今宵は十五夜をとうに過ぎ、あと半月もせぬうちに朔の日となろうか。

 

 きっとこのとんでもない報せは、宵闇のなかでも全国の妖怪達へ轟いてゆくことだろう。

 

 この場にいる妖怪たちだけでも、途轍もない興奮っぷりだ。

 

 美尾は怜悧を主君と定めたことを心から誇らしく思った。

 

「なあ美尾。お前さっき、人間誰しも死ぬもんだ、っていってたよな」

 

 少し意味合いは違えども、たしかに言った。

 美尾は犬夜叉が自分の言葉をきちんと聞いていたことに驚いた。

 

「なんだ、突然」

「オレはずっと、レーリに捨てられることに怯えてた」

「……? 何を言う。怜悧殿がお主を捨てるはずがなかろう」

「お前から見ても一目瞭然なのに、オレは怖かった。

 

 レーリがオレを育てる義理はねえ。ただ母親が死んだのに立ち会っただけだ。

 だからずっと、すぐに離れていくもんだと思ってた」

 

 美尾は違う意味で驚いた。

 

 怜悧からも犬夜叉からも関係性を説明されていなかった美尾は、怜悧こそが犬夜叉の母であると勘違いしていたのだ。

 

 血縁関係にあることは見てとれた。

 そして怜悧は見ての通りの大妖怪との間に生まれた純血の姫だ。

 

 勘違いもするというものだろう。

 

 

 そうなると、怜悧の父か母、どちらかが人間と通じて出来た子が犬夜叉というわけだったのか。

 

 

 

 大妖怪が人間と通じるなんて、そうあることではない。

 

 ぽかんと間抜けな顔をする美尾をまるで気にした様子もなく、犬夜叉は続ける。

 

「……なのに、オレがどんな行動をしてもレーリはオレを捨てねぇ。

 これをしたら、あれをしたら、次こそは捨てられるだろうって思ってた。

 早く捨ててくれ、って。それと同じくらいに、捨てないでくれ、って思ってた」

 

 犬夜叉が真面目な顔でそう語るのに、美尾は小首を傾げて尋ねた。

 

「じゃあ……その、アレか。

 

 

 怜悧殿はお主の姉だったということなのだな」

 

「はぁ? 今そんな話してたか?」

 

 がりがりと頭を掻きむしる犬夜叉は深いため息をついた。

 

「ま、いい。

 おかげで踏ん切りがついた。

 ありがとうな、クソ狐」

「……いや待て、勝手に終わらせるな。

 お主の父と母、どちらが妖怪なんじゃ?」

「さっきからなんなんだよ」

「いいから答えろ」

「うるせえ。オレに指図すンじゃねえ!」

「大犬の大将が人間と……?

 そも怜悧殿の母親は一体誰なんだ」

「知らねえ」

「ケチケチせずに答えろ」

「知らねえもんは知らねえ」

「全く! 怜悧殿と一緒にいながらそんなことも知らぬのか!」

「うっせー! お前は――――」

「――――! ――!」

 

 

 

 

 

 

 美尾と犬夜叉は軽口を叩き合い、互いにため息を吐いた。

 

「姉貴を迎えにいくか」

「うむ」

 

 踏み出した犬夜叉の足取りに、迷いはなかった。

 後ろからその様子を見ていた美尾は、小さく笑った。

 

 

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