純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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あの世とこの世

 

 

 

 私たちはようやく、あの世とこの世の冥界(はざま)を抜け、妖怪の墓場(あの世)にたどり着いた。

 

 私が私でいられているのは、この左手の存在があったからだ。彼がいなければ、私は冥界の闇と同化していた。

 

 

 静まり返った妖怪の墓場は、ほっとするほどに温かい。

 ようやく戻ってきた質感に、私は必要以上に握りしめていた手の力を弛める。するりと手が抜かれた。

 

 そのことを残念に思うも、ふと、足裏に妙な感触が残る。

 

 振り返ると、裂け目から覗く闇の中に、私たちが歩いてきた道が、一本道となって真っ白く浮かび上がっていた。

 

 あの世とこの世の境目は、ぼんやりと輪郭を不鮮明にしてゆき、やがて溶け入るように消えた。

 

 ――背後には、静かな墓場が広がっている。

 

主人(ひめさま)

 

 静かな声で叢雲牙が呼びかけてくる。

 なんだ。また格は示された、とか言うつもりだろうか。

 

 完全に屈服した気配の叢雲牙を、私は無表情で見下ろした。

 

()()()は、もはや消えませぬ。

 主人が踏みしめた軌跡そのものが、楔となって冥界(かの地)に打ち込まれたのです』

「どういう意味だ」

『ただ、そのままの意味でございます』

 

 ()()()()()()()()()()()で、私は真っ直ぐに妖怪の墓場に来た。すぐに道は消えてしまったが、振り返って見た限り、ほとんど最短距離と言ってよかろう。

 

 ……あの時は、この手を護らねばという気持ちでいっぱいだったが、どうして道がわかったのだろうか。

 

 胸の奥に、ひどく冷たいものが沈んでいくのを感じていた。

 それが何を意味するのか、わからない。

 ――足元が崩れるような不安を覚えた。

 

「姉上」

 

 私は弾かれたように顔を上げた。

 

「満月の、干潮時にのみ陸続きとなる孤島」

「……」

「妖怪達はその存在を知らなかった」

 

 そうなのか。そうなんだね。そうだったのか!

 ……どう答えても私の返答は白々しくなる。

 どこのことを言ってるんだ?

 

 もしや、私が何もないからと選択したあの場所のことだろうか。

 

 もしもそうだとしても、だからどうしたのだろうか。

 妖怪は知らぬが、人間のみがその孤島の存在を知っていたとか?

 いや分からぬ。致命的に言葉が足りない。

 

 殺生丸はそんな孤島へどうやって辿り着いたのだろう。

 そんな思いが透けて出そうで、私は姉の威厳を守るべく、鷹揚と頷いた。

 

 すると殺生丸が続ける。

 

「港町の人間しか知らぬ、幻のような島――月島。

 

 もしもこの殺生丸が間に合わねば、独りで逝く気だったのか」

 

 ……うん? 全然話が噛み合わない。

 一体何の話をしているのだろうか。

 

 私は立ちながら寝ていたのか?

 殺生丸が何か言っていたのを聞き逃したか。

 

 まるで私だけ異空間の異物のように会話から取り残されている。

 

 頭の中に疑問がぎっしりと詰め込まれて言葉が出てこない。

 

「あの手紙を持っていたのが人間だったから、もしやと思ったのだ」

 

 ちょっ、待てよ。

 あの手紙って、どの手紙?

 

 そんなことを言い出せる雰囲気ではない。

 

 瞬きもせず強い眼差しで見つめられた私は、前世を如実に意識した今、初めて思い出した最終奥義を繰り出した。

 

「――さすがは殺生丸、私の誇りの弟」

 

 政治の話、恋愛の話、よくわからん武勇伝、エトセトラ――こういうよくわからん話を人にされたら、とりあえず褒めときゃいいんだと前世の友人が教えてくれた。

 

 いや本当にこれでいいんか?

 

 内心冷や汗をかく。

 

 だがそれはどうやらそれで正しかったらしく、殺生丸はふんと言いつつ視線を逸らした。

 なんだかちょっと誇らしげである。

 

 な、謎だ……。謎すぎる……。

 

「ところで、その刀。

 とても良い刀だな」

 

 私はよくわからない話題を止めるべく、そう言った。

 

 だって、これは心の底から良いと思っていた。

 これの話題ならちゃんと話せる。

 

「その刀が、叢雲牙(こいつ)の暴走を抑えてくれた」

 

 言いつつ、ぺしりと腰に帯びた叢雲牙を叩く。

 

「……このような刀など」

 

 殺生丸が吐き捨てるように言う。心の底から自らの刀を忌々しく思っているようであった。

 どうしてそこまで自らの刀を憎んでいるのか、見当もつかず、私は途方に暮れた。

 

 叢雲牙を抑えるなど、並大抵の刀では出来ることではない。それだけでも殺生丸に渡された刀が名刀である証となろう。

 

「この殺生丸が望むのは、力だ。

 なのに――。

 父上は半妖(できそこない)に、一振りで百の妖怪を蹴散らす鉄砕牙を与えられた」

 

 母は力至上主義の妖怪だ。

 そんな母からの思想を受け継いでいるらしい殺生丸は、力に――父からの遺物に取り憑かれているかのように思えた。

 

 刀の性能の違いで憤っているのだろうか。

 

 私からしたら、弱い人間の血を引き継ぐ犬夜叉のほうが、生まれた時から強者である殺生丸よりも強い刀を与えられることは極々自然なことに思われる。

 

「殺生丸。それはお前の強さを父が認めていた証拠に他ならないよ」

「……しかし、この刀は()()()()()

 何を思って父はこの刀を遺されたのか」

「刀は斬るためのものだ。何も斬れぬ刀など存在せぬ。

 その刀が斬るべきものを斬るのだ」

 

 私には父の考えはわからない。だが、子に対する愛情がないわけではなかった。それだけは知っている。

 

「いまは分からぬが、その刀しか斬れぬものがあるのだ。

 

 そうだ。つい最近私のもとを訪れた鬼の妖怪は、髪の収集癖があってな。

 髪を斬らずに肉と骨を断つ妖刀を持っていた」

 

 随分と可愛らしいおかっぱの娘だった。

 髪を寄越せと、変わった戦闘の仕方で吹っ掛けてきた。

 

 私に敵わぬことが分かるや否や、一目散に逃げていったので追わずに逃した。

 

 逃げる間際、私の髪を一本こっそりと持っていってた。

 

 何にでもマニアというのはいる。髪マニアの彼女は、珍しい銀髪がただただ欲しかっただけなのだろう。

 

 

 殺生丸は天生牙に視線を落とした。

 

「――お前は何も分かっておらぬ」

 

 そう低く言い、殺生丸は刀を抜いた。

 

 その切先を私に向ける。

 

 一瞬身体が戦闘態勢に入りかけるも、殺生丸からはまるで殺気を感じないため、騒ぐ血を落ち着ける。

 

 

 分かって欲しいのだ、と。

 そう感じた。

 殺生丸は薄皮一枚の下で激情を抑え込んだような顔をして、私の肩口へ刀を一閃。

 

 ぼとり、

 と、右腕が地面に落ちた。

 

 燃えるように肩口が熱い。

 

 私は痛みを麻痺させながら、肩口に妖気を集めて困惑のままに殺生丸を見た。

 

 すると、私以上に困惑した様子の殺生丸がいた。

 

「……斬れぬと嘆くほどのものでもないと思うが」

「――あ、姉上……」

 

 本気で困惑し、言葉を失う殺生丸を私は左手で撫でた。

 

 私は安堵した。

 なんだかんだめっちゃ怒っていて、私のことが憎くて攻撃してきたわけではないと理解したからだ。

 

 いっそ不思議なほどに、殺生丸の気持ちが伝わってくる。

 困惑と悲しみ。

 それ以上に、自らへの怒り、途轍もない後悔とやるせなさだ。

 私への謝罪の気持ちが濁流のように伝わってくるのに、殺生丸は何も言わずにじっと私を見つめていた。

 それが可哀想で、愛おしくて、私は微笑んだ。

 

「愛しい弟に腕の一本や二本落とされたくらいで怒るほど、狭量じゃないつもりだよ」

 

 私は落ちた自分の腕にはあえて視線を向けずに歩き出す。

 これ以上殺生丸が気にしなくていいように。

 私は腕の存在を忘れたように振る舞う。

 

「よし、じゃあ見に行ってみるか。

 お前が欲しがっている鉄砕牙を」

 

 そう言い、私は殺生丸の半歩前を歩き出した。

 

 

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