純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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半妖の犬

 

 私には犬の妖怪の血が流れている。しかしながら、自分が犬であると意識をしたことはなかった。

 

 精神は前世のせいか人間じみたものであった。

 だからだろうか。異形の姿になることに慣れない。

 

 強大な犬の姿に変化して戦うことはできるが、滅多にしないのは単純に違和感が凄いからだ。

 

 大犬の姿は強大な力を発揮出来る。人型では出せぬほど凄まじい妖気で他者を圧倒することも出来る。

 だがそれらは、戦いを好まない私には無用の長物だ。

 

 私はほとんど常に人型だから、他の妖怪よりも鼻が利くこと以外は犬っぽい要素はないと思う。

 

 

 殺生丸も生粋の犬妖怪だ。

 しかしながら犬っぽくはない、と思う。

 

 同じ父と同じ母から生まれた殺生丸は、時折子犬の姿になって私にすり寄ってくることはあった。

 

 犬だけど、猫のように気まぐれなところがあって、だから寄り添ってきたときの愛らしさは筆舌に尽くしがたいものであった。

 

 

 殺生丸が人型に転じれば、ただただ愛らしい少年姿だった。

 銀色の癖のない髪が肩上で切り揃えられ、整った容姿も相まって少年のようにも少女のようにも見える。

 

 口数こそ少ないが、琥珀色の輝く瞳は雄弁で、とても愛らしい子だった。

 可愛らしいと思ったことは何度もあるが、決して犬っぽいと思ったことはなかった。

 

 

 

 不思議なことに、一番犬の血が薄いはずの犬夜叉は、どこからどう見ても犬であった。

 

 

 四つ足でぴょこぴょこと跳びながらちょうちょを追いかける小さな紅い塊。

 母親から与えられた真紅の着物は、犬夜叉によく似合っていた。

 それにしてもよく目立つ赤だ。

 

 興味の赴くまま、瞬く間にあっちこっちへ移動する犬夜叉を見失わぬように、よく目立つようにとあの衣を十六夜殿は贈ったのだろう。きっとそうだ。

 

 ひょこりと生えた三角の犬耳が感情と連動してぴこぴこと動く。

 

 犬夜叉は嫌いな人間には、しゃしゃしゃっと後ろ足(というか、足)で砂をかける。

 

 人間は本当に犬夜叉に対して失礼だが、犬夜叉はその悪意をまともに受け取らない。

 

 

 当人が憤らぬのに私が怒るのもおかしな話である、と自分の荒れ狂う感情を押さえつけていた。

 

 悲しいかな、自分への悪意はいつものことだと割り切っている犬夜叉。そんな犬夜叉だが、十六夜殿を悪様に言った人間への報いはしっかりしていた。

 

 

 妖怪と通ずるなんて、人間の所業ではない。とんだアバズレだったのだろうと揶揄されたときのこと。

 

 憤った犬夜叉は口で言い返し、飛びかからんばかりに怒ったが、それでもその鋭い爪は人を傷つけなかった。

 

 その代わり、人一人すっぽり入る深さの穴を掘った。

 

 意図が読めた私は、犬夜叉を手伝って一緒に穴を掘った。

 

 犬夜叉は爪の間を真っ黒に染めて、全身土だらけになりながら楽しそうに掘り進めていた。

 楽しそうにしてくれて、なんだか嬉しかった。

 

 

 さあ、あとは埋めるだけ。……というところで、力の強い僧侶に止められた。

 

 流れで旅をしている高名な僧侶だそうだ。

 

 僧侶は私が妖怪であることを完全に見抜いた。

 一目で私を妖怪だと見抜く人間は、そういない。

 

 私が妖怪のなかでもさらに上位の存在であると見抜きながら、それにも関わらずまるで人間の乙女に対するかのように口説いてきた。

 

「夜闇に浮かぶ月のような孤高の触れがたい美しさ……それでいて不思議と親しみやすい。

 得難い女人だ。乙女であると見受けるが――大切にすると誓う。私との未来を考えてくださらぬか?」

 

 呆気に取られた私とは正反対に、烈火の如く怒った犬夜叉が女好きの僧侶のことを代わりに穴に埋めようとした。

 全身の毛を逆立てて私の前に立ち、全身全霊で僧侶を警戒している様がとても愛らしかった。

 

 

 四つ足(というか、腕)で駆けたり、気になるニオイがあればスンスンと鼻を鳴らしたり。

 

 もうなんというか、犬だ。色々。

 

 私も殺生丸もそんなことなかったと思うのだけれど……これも個性か。

 

 野原を走り回る犬夜叉を眺めていると、犬歯を覗かせて、ニカリと楽し気に笑いながら犬夜叉が駆け寄ってきた。

 近づき、私へ掲げて見せたのはスズメだった。

 

「レーリ! みろ! とれた!」

 

 怜悧、というのは私の名前だ。

 

 十六夜殿は父から聞いていたらしく、私は己に名があったことを彼女に聞いて初めて知った。

 

 名声が高まれば高まるほどに、その名は秘される傾向にある。

 

 わざわざ名を呼ばずとも、分かるほどに強大な存在である。

 そういった畏怖を込めて、気軽に名を呼ぶのではなく二つ名で呼ばれることが多くなってゆくのだ。

 

 父も母もしっかりと名はあるが、家来達がその名を呼んでいるのを聞いたことは一度もない。

 

 そういった環境で育ったものだから、私のことを名前で呼ばないのは、妖怪世界ではそういうものなのだろうと受け入れていたのだ。

 

 

 殺生丸が名前を呼ばれるまでは。

 

 

 自分に名前をつけるのを忘れているんじゃないか。

 

 そう気になってからも、私から父や母に自分の名前を尋ねたことはなかったので、ついぞ知ることはないかと思われた。

 

 だが、実に意外な形で自らの名前が判明した。

 

 十六夜殿と会わなければ、もしかしたら私は死ぬまで自分の名を知らなかったかもしれない。

 

 

 

 

「ぴょこぴょこすばしっこくて、とるのがたいへんだった!」

 

 目を回したスズメを四つ足で追いかけ回していた犬夜叉は、それを捕まえてご満悦な様子であった。

 

 私は遠い目で頷いた。

 

「可食部は少なそうだね」

「……レーリはスズメも食うのか?」

 

 私は食わねえ。が……そのつもりで獲ったんじゃないのか?

 

 私と犬夜叉はしばしの間見つめあった。

 それが物欲し気な視線に見えたのだろうか。

 

「……ほら。そんなに欲しいなら、やるよ」

 

 顔をぷいと背け、犬夜叉はぐったりと気絶したスズメを片手で差し出してくる。その耳は赤い。

 

 ……別にそんな顔をすることではないぞ。

 

 人一倍不器用な犬夜叉が、自分の気恥ずかしさを堪えながら、私が欲しいと思った(らしい。全然欲しくなかった)スズメをくれた。

 

 敵のように睨まれていた初対面から考えれば、とても凄まじい変化である。

 

 どうしてこんなにも犬夜叉が自分に懐いたのかはまるでわからない。わからないながらも、きっと彼も人恋しかったのだろうと理解している。

 

 私でなくても、誰だってよかったはずだ。

 

 亡き父であることが理想だったろうが、たまたまそこに居合わせたのが私だった。ただそれだけのことだ。

 

 それでも私は、この縁を大切に紡ぎたいと思う。

 だってこの子は、十六夜殿が託した大切な存在だ。

 だってこの子は、私のたった二人しかいない弟なのだから。

 

 

 

 野原で駆け回る犬夜叉は本当に楽しそうだ。

 

 だが彼は半妖の身。

 人間嫌いで妖怪嫌いな彼だけれども、人間との過ごし方も覚えねばならぬだろう。そう思ったのと、人間界の食事が恋しくなったのとで犬夜叉を連れて里に入ったときのこと。

 

 奇妙な髪色と犬耳(――とついでに言うと真っ赤な衣)が目立って、人々は私たちを遠巻きにした。

 

 聞こえよがしに半妖を悪しく言う者もいた。

 

 慌てて犬夜叉の耳を覆い隠し、違う里へと赴いた。

 だが、結果はそう変わらなかった。

 

「きにするこたぁ、ねーよ。いつものことだ」

 

 犬夜叉は詰まらなさそうにそう言う。

 

 犬夜叉が住んでいたあの里の人間は、特に冷たい人間ばかりなのだと思っていた。

 

 環境が変われば、犬夜叉の冷遇は変わるのではないかと私は密かに期待していた。

 

 色々な里へと赴いたが、どこの里へ赴こうが好意的に犬夜叉(はんよう)を受け入れてくれるところはなかった。

 

 私はそのことに静かな憤りと後ろめたさを覚えた。

 

 犬夜叉は人間の血を引いている。

 少しも人間の血を引かぬ私の方が、その見た目だけで受け入れられるなど、到底許されぬことだ。

 

 私はただ、犬夜叉よりもずっと上手に人間に擬態できるだけの紛い物でしかないのに。

 

 人里で暮らすことは諦めた方がいいのかもしれない。

 この里では、手早く調味料を手に入れて、犬夜叉に美味しい料理を作ってやろう。

 野山を駆け巡るのが好きな犬夜叉と、二人で森で暮らすのもいいかもしれない。

 

 

 里の入り口で犬夜叉と二人、並んで歩いていた。

 

「お嬢さん、危ないからこっちへおいで!」

 

 犬夜叉から引き剥がすように私の手を引いた村人がいた。

 

「はっ」

 

 私は思わず嗤った。

 珍しそうに、まんまるな目をして犬夜叉が私を見上げている。

 私は犬夜叉を自分の背に隠した。

 

「危ない? あいにく、この子は私の弟だ」

「だがコイツは見るからに半妖だ……ってぇことは、お前の親は、妖怪と通じたのか……?」

 

 恐る恐る、と言った様子で私からじりじりと距離を取る。

 

「この子の母親は紛れもない人間だが、私の両親は妖怪だ。ほら、このように」

 

 そう言い、私は大犬の姿に転じた。

 可視化した妖気が爆煙となって辺りを舞う。高くなった視点から見れば、ぷちっと踏み潰せる人間の姿。

  

「うわあああああああああ!!!! 妖怪が出たぞぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 つんのめり、転がるように駆けながら逃げてゆくちっぽけな人間の背。割れた声で必死に喚きながら、助けてくれと繰り返し乞うている。

 

 

 逃げる人間なんてまるで視界にも入れず、キラキラとした瞳で私を見上げる犬夜叉。

 

「おーーーーーーー!!!! レーリ、格好いい!!!!!!」

 

 彼はとても嬉しそうに私の身体によじ登ってきた。

 私のことをアトラクションか何かだと勘違いしているのか、尻尾に掴まってぶんぶん振り回されたり、大きな身体を滑り降りたりして楽しんでいる。

 

 騒ぎを起こしてしまったので、討伐隊を組まれる前に人里からさっさと撤退する。

 

 嬉し気に私の毛にしがみつく犬夜叉は、先ほどのことをまるで気にしていない様子であった。

 

 並々ならぬ妖気を発した私のもとへ、後から後から妖怪どもが現れたが、大犬の姿のまま蹴散らした。

 

 教育上あまり良いとは言えない光景だったが、圧倒的な力に魅せられる犬夜叉の瞳は今までで一番輝いていた。

 

「レーリ……つよかったんだな」

 

 どうやって強くなったんだ、だのオレも強くなりたいだの、蚤妖怪のようにぴょんぴょこ跳ねながら犬夜叉が言い募る。

 

 まだ幼いのだし、血生臭いことに触れてほしくない。

 

 十六夜殿の顔が思い浮かぶことも相まって私は戦いから犬夜叉を遠ざけたかった。

 

 しかしながら、あまりのしつこさに折れざるを得なかった私が、犬夜叉に稽古をつけるようになるのはそう遠くない未来である。

 

 

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