純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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狐妖怪

 

 大犬の姿から人型へと転じ、犬夜叉をおぶって森の方へと走ってきた。びゅんびゅんと過ぎ去る景色に犬夜叉が背中で歓声を上げている。

 

 森の中へと足を踏み入れれば、数多の妖気がニオイとなって感じられる。

 人が人里に当たり前にいるように、妖怪は森のなかに住んでいるものだ。

 

 

 私は大犬となっていた名残を引きずっていた。

 強大に膨れ上がった妖力は、人型へと転じてもなおその大きさを失わず、身体の内側へ押し込めるのに難儀していた。

 つまり私は、完璧に妖気を隠すことが出来ていなかった。

 

 そんな状態で歩けばどうなるか。

 次から次へと妖怪に襲われるに違いないと半ば確信していたのだが、結果は正反対であった。

 

 突然現れた格上の妖気をもつ私に、小妖怪どもは震えながら首を垂れた。

 

 中途半端に妖気を抑えることが、相手に実力を見誤らせるものなのだと私は学んだ。

 

 

 私の父のように、自分より強い者がいると聞けば戦わずにはいられない妖怪どももそれなりにいた。だがこの周辺の妖怪くらいならば、我が爪で以てあっさりと格の違いをわからせることが出来た。

 

 殺してはいない。

 殺意をもって襲撃されても、悪意がない限り私は殺さない。

 そも、強烈な悪意を持って私に襲いかかってくる敵などそういなかった。

 

 どいつもこいつも出会って5秒でバトルしようぜ、みたいな奴らばっかりで、根本に悪意があるわけではないのだ。

 

 揉め事を好かない妖怪少数派な私は、喧嘩をふっかけてくる妖怪たちに対処するために不殺の剣術を身につけつつあった。

 

 

 命は誰もがひとつしか持たぬものだ。

 だからこそ尊く、だからこそ重い。

 

 私は人間であった名残で強くそう思う。

 

 妖怪は強さが全てで、己の弱さが原因で死ぬことを当たり前に享受している。

 力の弱い小妖怪に人権など存在しない。同じように、半妖は蔑まれて当然の存在である。

 

 私はその妖怪の価値観が相容れなかった。

 

 私は今までに数え切れないほどの命を奪って生きてきたけれど、犬夜叉の前でそうするのは嫌だった。

 

 犬夜叉には、命を大切に出来る子に育って欲しい。

 

 半妖であることに苦しむ彼には酷な要求かもしれないが、私はそう願った。

 

 

 実力差が大きければ、難なく出来る手加減も、その差が詰まれば詰まるほどに峰打ちが難しくなる。

 

 殺さぬよう気をつけてはいるが、万が一犬夜叉の前で殺してしまったら。……考えるだけで憂鬱になる。

 

 

 命は一つしかないものだけれど、死をなかったように出来るものがあればいいのに――なんて、私は馬鹿なことを考えてしまう。

 

 雑魚妖怪にだって命がある。

 小妖怪にだって意思はある。

 

 もちろん中級妖怪にも、大妖怪にも、人間にも、半妖にも、みんな同じように命があって、それぞれの意思があるのだ。

 

「お、お、お目通りかない、恐悦至極でございます……!」

 

 目の前で深く土下座をし、ぷるぷると尻尾を振るわせるのは中級妖怪だ。

 

 まだそれほど長く生きていないがために中級に留まっているが、秘めている妖気は極上だ。

 

 大妖怪の血筋を引いていそうだ。

 

 私が歩いているのをずっとつけてきていたのには、もちろん気づいていた。

 休憩を取るために足をとめたところで「お時間を少しばかりいただけますか!」とスライディング土下座してきたのだ。

 

 

 元来森に住んでいた者たちをいたずらに怯えさせて、私は申し訳ない気持ちになる。

 

 私の前で頭を下げる妖怪が、随分と愛らしい見た目をした狐妖怪だから、余計に胸が痛くなる。

 

 ぷるぷると絶え間なく尻尾を振るわせて、ピッタリと頭を地面にめり込ませて動かない存在に私は声をかける。

 

「頭をあげてくれ。お前たちの寝ぐらを荒らしてすまぬな。特に何をしようとも思っていないから安心してほしい」

「と、とんでもないことでございます!

 お、お初にお目にかかり、恐悦至極でございます!」

「私のことを知っているのか?」

「もちろんでございます! 犬の大将の御息女のお話は、この遠き地にまでも届いておりました」

 

 地面と一体化するんじゃないかってくらいに額を擦り付けて、まるで頭を上げようとしない。

 

「面をあげなさい。…………これは命令だ」

「はっ! 過分なお心遣いをありがとうございます!」

 

 機敏な動作で土下座の姿勢から頭をあげた妖怪は、まんまるい青の瞳に恭順の色濃くのせながら、瞬きもせずに私を見つめた。額が赤くなり、土がついたままになっている。

 

「わたしの名は美尾(みお)。この武蔵国の外れの森で(かしら)をやっております」

 

 名の通り艶やかでふわふわの尾っぽである。

 茶色い彼女の髪と同じように、尻尾もまた茶色い。

 ふわっふわだ。

 

 体躯が私の膝にも届かぬ小ささで、尻尾が身体と同じくらいに大きい。

 こぢんまりとした身体に膨らんだ尻尾がとてつもなく可愛らしい。この愛らしい見た目で妖怪たちのまとめ役をしているなんて――これはギャップ萌え、とかいうやつではないだろうか。

 

「ここは武蔵国なのか」

「正確に申し上げれば、武蔵国の東の外れにある森でございます。

 竜骨精が封印されてから、妖怪達の派閥争いが過激化いたしまして……わたしどもは外れの森へと逃げてきたのでございます」

 

 武蔵国か。拠点としていた西国から随分と飛ばされたものだ。

 そりゃあ馴染みのある妖怪どもが一人もいないわけだ。

 

 自分のおおよその位置が掴めたということは。

 ……私は、殺生丸に会いに行くことができるようになった、ということだ。

 

 西の方へと進んでゆけば、いつかは私のことを知る妖怪に出会うだろう。

 妖怪コミュニティは意外と侮れないもので、そこから殺生丸へと辿り着くことは不可能ではない。

 

 殺生丸に会いたい気持ちは、引き離された当初からあった。あれこれと理由をつけて会いにいかぬと決めたのは、会いに行く方法がわからなかったことも大きい。

 

 しかしいま、その糸口が見えてしまった。

 ……少しくらい姿を見に行っても、よいだろうか。

 そんな気持ちが頭を擡げる。

 

 それなり以上に妖気を隠すことには慣れている。

 だから、母にも殺生丸にも気づかれぬよう、こっそりと事を為せるかもしれない。

 

 しかしそうなると、妖気を隠せぬ犬夜叉の存在に困る。

 

「レーリ、話しは長くなるか?」

 

 ぴょこんと私の背から飛び降りた犬夜叉が言う。

 美尾は一目で犬夜叉を半妖だと見抜き、その瞳に冷たい色を浮かべた。先ほどまで私を見上げながら瞳を爛々と輝かせていた姿とはまるで正反対だ。

 冬のように凍てついた雰囲気を漂わせる美尾は、両膝をついた姿勢から片膝だけに変え、ゆっくりと立ち上がった。

 

 ぶわり、と濃密な妖気が美尾から放たれる。

 

 ……不思議なことに身長は、立ち上がってもそれほど変わらない。

 

「下等な半妖のくせに、姫君になんて言葉遣いをするのじゃ」

 

 美尾、そんな言い方は。

 

 私がそう言うよりも早く、素早く動いた犬夜叉がごいんっと美尾の頭に拳を落とした。

 

「いっ……いったぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

 私は遠い目になった。

 

 喧嘩両成敗。

 

 下手にどちらかの肩をもてば、余計に禍根が残るというものだ。

 

 美尾の言葉は悪い。

 犬夜叉は言葉よりも先に手を出したのは悪い。

 

 どちらも悪いから、どちらから先に窘めればいいのか判断しかねた。

 

「何をするのじゃ! 半妖風情が」

「こいつ、しょーこりもなく……」

 

 ゴイン、ともう一発拳が落とされる。

 

 短い両手で頭を抱えて、美尾は涙目になっていた。

 私は目を細めた。

 

 犬夜叉は次のもう一発を準備して構えている。

 ひぃっと涙目になった美尾が私の背に隠れた。

 

「わ、わしは……おぬしが嫌いじゃっ!」

 

 一人称も落ち着きもなにもかも崩壊して半泣きになりながら私の背中に隠れる美尾。

 

 犬夜叉はそんな美尾にふんっと鼻を鳴らした。

 

「けっ、お互いさまだっつの」

 

 ちっちゃい二人がすっかり仲違いをしているのを見下ろして、私は内心で深々とため息をついた。

 

 

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