純潔の菩薩姫 作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね
パチパチと爆ぜる焚き木。赤い炎が舐めるようにチラチラと燃え上がっている。
乾いた木材を積み重ねて作った簡素な焚き火台は、美尾の青い狐火によっていとも容易く燃え出した。
美尾の手下が集めてきた獲物を処理し、人里で手に入れた調味料で味付けをして焼いた肉だ。
処理の甘さはあるが、新鮮さは何よりのご馳走だ。
「怜悧様、こちらをどうぞ」
串焼き肉をキラキラした瞳で差し出され、私は受け取って礼を言った。
「……ありがとう」
私が感謝の言葉に詰まったのは、この先の流れがおおよそ想像できるからであった。
「おい、キツネ。オレのは」
「タダ飯食らいをするつもりか? 火はおらがつけた。
味付けは怜悧様がした。
お主は何をした? 何もしておらぬじゃろう。ふんぞりかえってなされるがままじゃ。
……ほんに半妖というのは卑しいのぅ。弱さを盾にして、施してもらうことが常か」
くどくどと説教を続ける美尾に、ぷるぷると身体を震わせ俯いていた犬夜叉。しびれを切らし、犬歯を剥き出した犬夜叉が拳を振りかぶる。
犬夜叉に半ば背を向けて語る美尾は、その拳にまるで気づいていない。
「うるせえ!」
ゴイン、と音が鳴り、美尾の頭に盛大なタンコブが膨れ上がる。
痛い痛いと頭を抱えて転げ回る美尾を見ながら、犬夜叉は地面に突き刺さった串焼肉を一本掴み取り、大口を開けて食らいついた。
犬夜叉はにんまりと顔中で笑みを浮かべる。
私は渋い顔で犬夜叉を見下ろした。
はふはふと口から湯気を出しながら犬夜叉は美味そうに肉を食っている。
涙目の美尾は、恨みがましく犬夜叉を睨みあげつつ、自分もまた串を一本取った。
小さい口を一生懸命に開いてぱくりと肉に食らいつく。
「はっ……こ、これが人間のちょうみりょうなるもの……?」
「うまいか」
「はい、とても! 怜悧様はお強いだけでなく、料理まで出来るのですね」
満面の笑みを浮かべて、ぱくぱくと小鳥が啄むように次々に食べ進めている。
塩胡椒かけただけで料理が出来る、と言われるなんて。
訂正してもそれ以上の肯定が返ってくるだけなのは目に見えていたので、私は甘んじて受け入れた。
出会ったその日から、私と犬夜叉の二人旅に当たり前のように美尾がついてきた。
五月蝿そうにしながらも犬夜叉は美尾の存在を否定しない。
しかしながら――美尾と犬夜叉とはしょっちゅう口論している。口を開けば喧嘩していると言っても過言ではない。
「怜悧様、こちらは人里で出回っていた珍しい調味料です」
「レーリ、そんなんよりもオレの作ったこの刀を見てくれよ!」
美尾は大切そうに壺を抱えており、犬夜叉は自作したらしい木の枝で作った刀を差し出してくる。
「……うん。二人ともありがとう。順番に見るから待ちなさい」
「わたしが先に話しかけたので、わたしが先でもよろしいでしょうか? 怜悧様」
犬夜叉と交渉しても意味がないことを学んだ美尾は、私に聞いてくる。
「ブガイシャがでしゃばってくんな。オレとレーリは血のつながりがあるんだ!」
半妖だからと不必要に虐げられる犬夜叉を哀れに思い、少しばかり甘くしすぎただろうか。
私はこめかみを抑えた。頭の奥でズキズキと頭痛がする。
またある時は、こんな調子だった。
「怜悧様、西国のことを気になされていらっしゃったので、この度こちらをお持ちいたしました」
美尾が誇らしげに差し出したのは羊皮紙だ。羊皮紙だけでも珍しいが、彼女が見て欲しいのはその中身であるらしい。
巻かれたそれをくるくると開く。
なんとそれは西国の地図であった。このご時世、地図は当たり前にあるものではない。随分と苦労して手に入れたものであろう。
私は自分が前世で見知った西国とよく似た形の地図に心底感嘆していた。
「西国のことを気になされてましただぁ?
“純粋な妖怪”ってーのはずいぶんとゴマスリがうまいんだな」
「何も出来ぬお前よりはよっぽどわしのほうが怜悧様の役に立っているだろう」
「生意気な口を利きやがって!」
ゴイン、と犬夜叉は美尾の頭を殴った。
痛い痛いと泣きながら美尾は頭を抑える。
美尾のほうが明らかに妖力が高いのだが、身体能力は犬夜叉のほうがずっと高いらしく、毎度毎度避けもせずに殴られる。
犬夜叉を哀れに思って、あえて殴られてやっているのかもしれない。そう思い、以前美尾に言ったことがある。
『すぐに手を出すのは犬夜叉の悪い癖だ。わざわざ殴られてやらずとも良い』
頰を引き攣らせた美尾は、妙に固い笑顔を見せた。
『わたしほどの妖怪であれば、半妖の攻撃など――いや、半妖といえど妙に強すぎる――は、半妖の攻撃など避けられます! が、別にわざわざ殴られてやっているわけではないのです!』
『うん……?』
日本語になっていなかった気がする。
よくわからず、素直に首を傾げた私に美尾が言い募る。
『怜悧様、お気になさらず! 耐えきれなくなればわたしも仕返しを考えておりますので!』
そんなやりとりを思い出しながら、私は美尾の頭を撫でた。
大きなタンコブをこさえた美尾は眉尻を下げて首を垂れた。
「すぐに手を出すのはいけないね、犬夜叉」
初めて私が窘めると、犬夜叉はまるでぶたれたかのように傷ついた目をしてみせる。
私の腕のなかでべーっと犬夜叉に舌を出す美尾。
それを見た犬夜叉は再び拳を繰り出そうとしたが、私と目が合うと意気消沈し、拳からも力を抜いた。
私はわずかに口を開き、言葉に迷って結局閉じた。
こういう時、どんな顔すればいいのか分からないの……。
またある日、森のなかに人間の子どもが紛れ込んできた。
野良の小妖怪にいまにも危害を加えられそうな人間の子どもを見て、犬夜叉と美尾は一目散に助けに向かった。
私はその姿を見て、胸が詰まった。同時に足もまた止まった。
彼らに任せておいて大丈夫だと確信できた。
犬夜叉の喧嘩っぱやさと美尾の狐火で、見事小妖怪を追っ払う。
涙を浮かべた人間は犬夜叉たちよりも少しばかり背丈が大きい。
大人びた顔した少年は、犬夜叉と美尾に頭を下げた。
「ありがとう……ほんとうに、ありがとう。
おれは
妖怪には気をつけろっておっとうやおっかあから常に言われてたのに……薬草を夢中で摘んでついつい森の奥まではいっちまった。
お前たちがいなかったら、きっとおれは死んでた。
本当にありがとう」
「ふんっ、運がよかったな」
「わたしたちのような妖怪は極々一部だ。運良く取り留めたその命、大事にするが良い」
「妖怪にもお前たちのような優しい奴らがいるなんて、おれ、知らなかった。
本当にありがとうな」
深々と一礼をした人間の少年は、もう一度心からの感謝を告げて人里方向へと走っていった。
「おいクソ狐。おめぇのそのちゃちな火は、火おこし以外に役立つんだな」
「なにを。お前の初速もなかなかのもの――いや、その喧嘩っぱやさが役立つときもあるんじゃな」
ニマニマと二人で笑い合う小さな頭を私は撫でた。
「よくやったね、二人とも」
「……ただ身体が勝手に動いただけだ」
ぷいっと顔を背ける犬夜叉に、なおも私は言い募ろうとした。だが上手い言葉が出てこなくて、犬夜叉は私の手の届く範囲から逃げていった。
美尾は嬉しそうに私に撫でられているので、その手を止めてまで犬夜叉を追いかけるのもな、と赤い背中を見送る。
赤い背中は私から距離を取った場所で、なにかを待つようにぴたりと止まった。
追いかけてくる気配がないことを悟ったのか、犬夜叉は銀色の髪をさらりと揺らして、あっという間に森の奥へと消えていった。
私はあの時、止まった背中の意味をもっと重く受け止めるべきだった。
犬夜叉をもっとたくさん褒めてやらねばならなかったのだ。