純潔の菩薩姫 作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね
犬夜叉の私を試すような行動は静かに増えていた。
犬夜叉と美尾に取ってきた肉を焼いて渡してやれば、犬夜叉は美尾のほうが肉が大きいと駄々をこねる。
大きさなんてまるで気にしていなかったが、よくよく見ると――やっぱり変わらないように見える。
美尾が私に話しかけてくると、犬夜叉がオレの話を聞いてくれと物理的に美尾と私の間に入ってくる。
事あるごとに美尾を敵視し、あまりにそれが酷いので私がやんわりと窘めると「レーリはオレのことを邪魔に思ってるんだな」と不貞腐れる。
「お前のことを邪魔になんて思うはずがないだろう」
「でもレーリはいつも美尾ばっかりだ」
「……」
犬夜叉の行動を見咎めた美尾のお説教は増えていたが、まるで意に介さない。
私がひとつ、犬夜叉の心に響く説教なりなんなりをしなければならないのだろう。
……が、口下手な私は犬夜叉に怒る想像をするだけでこれでいいのだろうかと思い悩み、何度も何度も頭の中で試行錯誤を試みた。
いけないよ、と優しく諭してみる。
――犬夜叉はふんとそっぽを向いて、結局何もなかったように行動する。失敗。
これはこういう理由でいけないのだよ、と淡々と諭してみる。
――難しい顔で傾聴する犬夜叉だが、結局美尾に対する態度は変わらない。
実際の犬夜叉を前にすると、私は息を吸いあぐねた。喉のところで言葉が詰まって、はくはくと唇が動くだけ。
……実に情けない。
想像ですら言えぬことを、現実で言えるはずもない。
そんなこんなで犬夜叉の行動に悩まされていた折のこと、美尾が深々と土下座をしてきた。
初めて会った日を思わせる、見事な土下座。
何をしたんだ、と身構えていた私だったが、実際はお伺いであった。
犬夜叉に腕力では敵わぬから、妖術で小さな復讐をしたいとのことだった。
ここ最近の美尾は犬夜叉にやられっぱなしだった。諌めてもまるで聞く耳を持たぬ犬夜叉に、美尾の鬱憤が溜まるのは当然のことだろう。
理性で以って、私に伺いを立ててきた美尾が犬夜叉を傷つけることはないだろうと、私は小さく頷いた。
そうして決行された美尾の復讐。
犬夜叉の好物である肉が、不自然にも森のなかにぽつりと落ちていた。
不思議そうにした犬夜叉だが、それを拾った瞬間――その肉は大きな石となり、犬夜叉の腕を下敷きにした。
手のひらを大石の下に敷かれて、自ずと犬夜叉の姿勢はお座りのようになる。
実に見事な妖術であった。
その大石はじわじわと犬夜叉の妖力を吸っており、美尾が新たに妖力を供給せずとも術が続くように工夫されている。
私は犬夜叉が見事に化かされるその一部始終を眺め、小さく息を吐いた。
根っこが善良だから、悪行を思いつかないのかもしれない。
「くぉら、てめぇ……美尾!!! おめーの仕業だってこたぁわかってんだがらな!! 出てこい!!!」
怒鳴る犬夜叉に余裕の顔をして現れた美尾が言う。
美尾もまた、息を潜めて犬夜叉が罠にかかるのを待っていたのだ。
「少しばかり石の下で反省すると良いわ。
暇じゃろうて、少し考えればいい。
「うるせぇクソ狐!! はやくこの面妖な術を解きやがれ!」
囚われの身でありながら態度のデカい犬夜叉が美尾を脅すが、ふんとそっぽを向いて美尾が悠々と歩き去ってゆく。
びたんと地面に横になり、腕を大石に敷かれた犬夜叉がうつ伏せのまま、むっつりとした顔をしている。
ごにょごにょと口のなかで悪態づいているあたり、まるで反省はしていない。
何が原因で自分がこうなったのか。それすらも考えていない様子だ。
太陽が沈み、森のなかにすっかり暗闇が満ちてもなお、美尾の妖術は発動したままであった。
「レーリ、いるんだろ」
私の気配は完璧に消していたはずだが。
「いるのはわかってんだ。出てこいよ」
確信に満ちた犬夜叉の声に、私は音もなく犬夜叉の正面に立った。
「……けっ、やっぱりレーリも噛んでやがったか」
これはもしかして、カマをかけられたのか?
私は相変わらずの無表情で犬夜叉を見た。
犬夜叉はすっかり不貞腐れた顔になっている。
「本当はレーリも、半妖のオレなんて邪魔なだけなんだろ。
純粋な妖怪の美尾のほうがいいよな」
「そんなこと思ったことない」
静まり返った夜半、声はよく響いた。
犬夜叉の声はいつもよりも随分と弱々しい。
月明かりがぼんやりと犬夜叉の姿を浮かび上がらせる闇夜、ぷいと顔を背けた犬夜叉の目に涙が光っているように見えた。
冷え切った夜の空気のなか、地面にぺったりと寝そべった犬夜叉はさぞかし寒かったことだろう。
私は石の下敷きになった手とは反対の手を取った。
氷のように冷たくなっている。
「犬夜叉」
「レーリ。おめーにオレを育てるギリはねぇ。
……だから……その……っぐずっ」
心臓が強く脈打った。
泣きそうな声を聞いた瞬間、私は考えることを放棄していた。
――嫌だったのだ。
嫌われてしまうことが。
怖かったのだ。拒絶されることが。
考えるよりも本能で、美尾の妖術のニオイを嗅ぎ取って綻びのある部分に強く自身の妖力を流し込み、妖術を解いてしまっていた。
存在感を放っていた大石が消え失せ、私はハッとする。
美尾はきちんと私に伺いを立ててくれた。だというのに、その気持ちをあっさりと裏切ってしまった。
自分の行動が信じられなくて、呆然とした。
犬夜叉は重たい石から解放されて、私の手を振り払い、脱兎の如く駆け出した。
一度もこちらに顔を見せなかった。
「犬夜叉、待て……!」
ゾワリ、と全身があわだつ。
濃密な妖力だ。どうして今まで気づかなかったのだろうというほど。
犬夜叉に注意が向いていたのは確かだが、これほどまでに大きな妖気がすぐ近くにあったのに気づかなかったのは私へと向けられた妖気だ。
すぐ近くにとてつもない妖気を持つ妖怪が近づいている。
同じく妖気を感じた美尾が私の元へと駆けてきて、犬夜叉の姿がないことに目を丸くした。
私が眉尻を下げ、犬夜叉が消えた方向へと視線をやると、ただそれだけで全てを理解してくれた。
「犬夜叉はわたしにお任せを! 怜悧様」
美尾が尻尾を振るわせて、ぴょんぴょんと跳ねるように森の奥へと駆けてゆく。
濃密な妖気はさらに濃くなる。
美尾の姿が見えなくなるとほぼ同時に、妖気の持ち主は現れた。
息が詰まるほどの濃密な
青白い炎に照らされて、朝が訪れたように明るくなる。
豊満な肉体をした美女が頭上高い位置で私を見下ろしていた。
彼女の足元には燃え盛る青い炎。
森の夜の寒さを吹き飛ばすほどの熱気だ。
膝までをも覆う大きな炎を常時出してもなお、潤沢にある妖気。
特徴を見るに、妖鳥一族だろう。
彼女の近くには血吸いの妖怪鳥が飛んでいる。
「其方が大犬の一の姫だな」
確信に満ちた堂々とした声色。
革製の鎧を身につけ、癖のない長い黒髪を腰ほどまで垂らしている。
吊り目の紅い瞳が上から下まで私のことを観察している。真っ赤に彩られた唇へ添えられる指先。
「ほう、思っていたよりも随分と若い」
大きな紅い瞳がすぅ、と細められた。
「――お主、私に力を貸せ。
否やは言わせぬ」
ほっそりとした白い手が、私へ向けて差し伸べられる。
まるで逃げ道を塞ぐかのように。
私は衣の下で冷たい汗をかいた。