就職して1年。
僕達は久々に集まって食事をしようという話になった。
もっとも、ジャイアンは相変わらず消息不明のままだったが。
僕・しずかちゃん・スネ夫の3人なので、店は適当に歩いて決めようという約束だった。
しずか「のび太さんはスーパーで働いてるのよね?」
のび太「うん」
しずか「大変じゃない?」
のび太「んー、そうでもないかな。仕事なんて落書きみたいなもんだし」
スネ夫「は? 落書き?」
のび太「POPっていうんだよ。店内に飾る落書きみたいなアートのこと」
しずか「のび太さん、その説明はどうかと思うわ」
スネ夫「そうだぞ。POPには顧客の購買意欲を高める効果とか、商品の認知度を上げる効果とかがあるんだ」
のび太「まあ、どうでもいいじゃないか。僕としては仕事中に落書き感覚で楽しんでるんだし」
スネ夫「あーあー、嫌になるよ。こんなお気楽な感じに仕事してるやつがいると思うと」
のび太「なんだと、スネ夫。言ったな」
スネ夫「なんだよ」
しずか「あら……」
のび太「うん? どうかした、しずかちゃん?」
しずか「あれ、武さんじゃない?」
スネ夫「ええっ!?」
しずかちゃんの指さした先。
そこにいたのは、がたいのいい男たち。
その中に、確かにジャイアンはいた。
ただし、中心ではなく、端っこの方に。
しかも、よく見てみれば、中心にいたのは柔道でオリンピックのメダルを狙ってる選手たちではないか。
しずか「武さん!」
ジャイアン「ん? おお、しずかちゃんじゃねえか。のび太にスネ夫も」
こちらに気づくとジャイアンは笑顔で手を振ってくれた。
そして、中央にいたオリンピックの代表選手に何か声をかけると、何度かおじぎをして集団を離れた。
ジャイアン「久しぶりだな。会いたかったぜ」
スネ夫「こんなとこで何してんのさ。だいたい、どこ行ってたんだよ?」
ジャイアン「いやあ、悪い悪い。ずっと忙しくてよ。でも、最近時間もできてきたから、今度の休みにはドラえもんのとこに顔出そうと思ってたんだ」
のび太「さっきの人たちは誰? たしかあれ、オリンピックの代表選手だよね?」
ジャイアン「ああ、知ってたか。今、俺はオリンピック選手団のサポートをやってんだ」
のび太「何で? 選手になるんじゃなかったの!?」
ジャイアン「……どっか店にでも入ろうぜ。それとも、お前ら食った後か?」
しずか「いいえ、私たち食事しようとしていたところよ」
ジャイアン「おし、決まりだ。うめ―焼肉屋があるんだ。そこ行こうぜ」
ジャイアンに連れられて、僕らは焼肉屋に入った。
注文を終えたところで、ジャイアンは語りだした。
ジャイアン「実はよ、俺柔道整復師とか針灸の勉強してたんだ。将来はそれで選手を支えようと思ってる」
のび太「じゃあ、選手になる夢は諦めたの?」
ジャイアン「ああ」
スネ夫「何でだよ? ケガが酷かったのは聞いてたけど、再起不能だったのか?」
ジャイアン「まあ、それもあったんだけどよ、ケガは十分復帰できるレベルだった」
のび太「じゃあ何で?」
ジャイアン「ケガして病院のベッドに寝てるときよ、ぜってえ復帰してやるって思ってたんだ。そんで優勝台に登って、負けた連中を踏みつけてガハハハと笑う自分を想像した……そん時だ」
のび太「何か、あったの?」
ジャイアン「ふと思っちまったんだよ。俺、全然成長してないな……ってよ」
のび太「そんなことはないと思うけど」
スネ夫「あの乱闘の時も柔道の技は使ってなかったしな。あとで気づいたよ」
ジャイアン「そりゃ、喧嘩に柔道使っちゃまずいって意識ぐらいはあったからな」
しずか「やっぱりそうだったのね。あの後、なんだかおかしいと思ったわ」
ジャイアン「いやあ、俺はしずかちゃんに驚いたよ。あんなに強くなってたんだなあ」
しずか「やめて。もう恥ずかしいわ」
スネ夫「たしかにすげー強かった」
しずか「だからもうやめてってば!」
ジャイアン「はは。それでよ、俺思ったんだ。今度は俺がサポートする側に回りてえってさ」
のび太「それで、勉強を?」
ジャイアン「ああ。オリンピックとか競技の世界って大変なんだよ。ドーピング検査があるから医者にかかれなくてよ」
スネ夫「うげ、それはきついな」
ジャイアン「だから、柔道整復師とか針灸師の勉強しながら、スパーリング相手としてオリンピック選手についてたんだ」
しずか「スパーリング相手って、武さん試合できるの?」
ジャイアン「俺はケガが怖いから寝技だけな。これでも寝技だけならオリンピック級なんだぜ」
スネ夫「へえ、寝技だけはうまいジャイアン……」
ジャイアン「何かな、スネ夫君?」
スネ夫「いいえ! 何でもございません!」
のび太「後悔は、してないのかい?」
ジャイアン「全然。むしろ憑き物が落ちたみたいだぜ」
しずか「武さん素敵だわ」
ジャイアン「へへ、先生にも相談したんだけどよ、『あの武君が立派になったな』って褒められたよ」
のび太「先生? 会いに行ったの?」
ジャイアン「さすがにちょっとは迷ったからな」
「お待たせしましたー」
ジャイアン「お、肉来たぜ。今度はお前らの話を聞かせてくれよ」
しずか「ええ。じゃあ私からね……」
そうしてこの夜はジャイアンと再会し、僕らはそれぞれの近況を報告し合ったのだった。
あのジャイアンが人のために生きる道を選択したのは予想外だった。
でも、なぜだろう。
そのことを全く後悔していないジャイアンを見て、僕はなぜかとても誇らしい気分になったのだった。
僕らの親分ここにあり、って感じにね。
あの自己顕示欲の塊みたいな男が一皮剝けるって、こういうことなんじゃないですかね?
のび太の結婚前夜で憑き物が落ちたみたいな様子になっていたのは、こういう経緯じゃないかなって思いました。