ルドラとギィの世界を股にかけたゲームが開始して少し経った頃。
ナスカ王城はこれまでに無いほど切迫した空気に包まれていた。
ルドラは先程から落ち着きなく同じ場所を何度も歩き回っているし、ヴェルグリンドはそんなルドラを見て一見落ち着いて見えるが先程から貧乏揺すりが酷い。
かくいう私も気が気でなく、先程からソワソワして仕方がなかった。
なぜこんな状況になっているのかというと────今新たな命が生まれようとしているのだ。
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その日、私はいかにも「田舎の村です」とでも言うようなのどかな村に足を運んでいた。今日はルシアに会いに来たのだ。
以前まではルシアもヴェルダナーヴァもナスカ王城に住んでいたのだが、結婚式を機に二人は王都から離れた牧歌的な村の丘になっている所にログハウスを建てて、そこに二人で移り住んだ。
王都の喧騒も賑やかで楽しいが、余生を過ごす場所としてはあまり落ち着かない。そこのところ、この村は穏やかに日々を暮らす場所としてはこれ以上無い程にピッタリだと思う。こんな村なら、子供も何物にも縛られず元気一杯に育つだろうし、近くには湖もあるので遊び場には困らないだろう。
ルシアは現在妊娠40週ほどらしく、お腹も大きくなり、いつ産気づいてもおかしくない状態だった。
私はルシアの様子を見るため数週間前から三日に一度、二人の家を訪れていた。王都から村までは結構距離があるが、そこは転移をすれば一瞬である。
村道を歩いていると家が見えてくる。
二人が住んでいるログハウスはバルコニーがついている。庭には一本の広葉樹が植えられていてその木陰がバルコニーに入る光の量を調節していて、非常に木漏れ日が気持ち良い。
そんなバルコニーで、ルシアが揺り椅子に座り優しくお腹を撫でているのが見えた。ゆっくりと歩いていくと、こちらに気がついたようで優しげな微笑みを浮かべる。
「こんにちはノウェム。いつもありがとう」
「そんな、気にしないでください。二人の子供は私も楽しみにしているんですから、気にかけるのは当たり前です。それと、これ差し入れのクッキーです。今食べますか?」
「そうですね・・・せっかくだから頂きます」
了承が帰ってきたので、持ってきたクッキーを袋から更に盛り付け、ついでに魔法でカフェインを抜いた紅茶も出しておく。クッキーは栄養にしやすいものを入れた手作りのものだ。
「まったく、ノウェムは過保護すぎですよ」
「妊婦さんには過保護になるくらいが丁度いいんです」
クッキーを摘みながら呆れたように呟くルシアにそう返す。気にかけずに母子が危険にさらされるくらいなら、多少鬱陶しく思われたとしても気遣い続けるべきだろう。この世界はまだまだ危険が一杯だ。
「そういえば、ヴェルダナーヴァ様はどうしたんですか?」
「ヴェルダは裏で畑を作っているわよ」
「へぇ〜〜。あのヴェルダナーヴァが畑仕事とは、丸くなりましたね」
「そう?」
そんな風にルシアは微笑んでいた。流石人妻、余裕のある笑みだ。
その後、私もルシアの隣りに座りながら色々と駄弁っていたのだが、ルシアが急に顔色を悪くし、お腹を抑え始めた。
「っどうしたんですか!? ルシア!? ルシア!!!」
(ヴェルダナーヴァ様! 今直ぐバルコニーに来てください!! ルシアが!)
(っ! 分かった! 直ぐ行く!)
思念伝達を飛ばした直後、家の裏手からヴェルダナーヴァがドタドタと物音をたてながらこちらに飛び込んできた。
「ルシアっ! どうしたんだい!!!」
「・・・・ゔぅ・・・・・・ヴェルダ・・・・た・・ぶん・・・・産ま・・・れる・・・・」
「っノウェム!! 城に転移を!!!」
「今やってます!! ヴェルダナーヴァ様はルドラたちに知らせて!!」
ルシアの呻きながらの言葉を聞いた瞬間、私とヴェルダナーヴァは直ぐに動き始めた。
私はこの場の全員をナスカ王城の医室まで母子ともに負担なく転移できるようにスキルと併せた術の構築を、ヴェルダナーヴァは受け入れるルドラたちの方に思念伝達を飛ばした。
「っ出来ました!! 転移します!!」
次の瞬間、私達は城の医室に転移した。ルシアは揺り椅子ごと転移したのでヴェルダナーヴァが椅子からベッドに移している。
その時、ルドラとヴェルグリンドが産婆や医師を連れて医室に駆け込んできた。
「ルシア! 無事か!?」
「皆さん! 早くお産の準備を!!」
「「「っはい!」」」
その場は慌しく蠢いており、落ち着いたのはお産の準備が一通り整い、邪魔になるからと夫のヴェルダナーヴァ以外が医室から放り出されたタイミングだった。
放り出された先の部屋ではみんなが落ち着けていない。
「無事に産まれるといいのですけど・・・・・」
「そうね・・・本当に、そのとおりだわ」
「ああ・・・・」
誰一人として無駄口を叩か無い。
いつも巫山戯ているルドラですらも今回ばかりはその兆しが少しも見えない。
みんな黙りこくってしまって、部屋は石のような硬い静寂に包まれていた。
その時、僅かに、ほんの僅かにだが、聞こえた。
この静寂のおかげでもあったのだろう。シーンとした部屋に、それは確かに響いていた。小さく、弱く、それでも必死に生きようと息を吸う。そのかすかな声が
────────産声だ
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数時間後、一先ず落ち着いたということで私達は医室を訪れていた。
扉を開ける手が震える。自分が産んだわけでもないのに、自分がその子の親なわけでもないのに。
本当に臆病だなぁ、私。
扉を開けられずにウジウジしていると、一緒に来ていたヴェルグリンドが我慢ならなかったのか、扉を私の代わりにバッと開けた。
「ウジウジしすぎよ、まったく」
「しょうがないでしょう! 赤ちゃんなん・・て・・・・はじめ・・て・・・みる・・・」
ヴェルグリンドに抗議しようと出した声は段々と尻すぼみになっていった。部屋の中を見た私の虹彩に、ある光景が写ったからだ。
まず、部屋の中心に大きなベッドが見える。そしてその直ぐ側に置かれた椅子には、さっきまで泣いていたのか目の周りを赤く腫らしながらも、とても幸せそうな顔をしたヴェルダナーヴァが座っている。
ベッドには、出産後直ぐだというのに腰を起こして、まるで世界一の宝物を抱いているかのようにそれを優しく抱きかかえているルシアがいた。
事実、それは宝物だろう。ルシアにとっても、ヴェルダナーヴァにとっても。
「見て下さい、兄様、グリン姉様、ノウェム」
ルシアのそんな優しい声がかかり、ふらふらと幽鬼のように覚束ない足取りでベッドに近づ付く。
「可愛い娘でしょう?」
今は眠っているようで、その子はすやすやと抱かれていた。その顔を見た途端、安堵感が体に押し寄せてきて思わず涙ぐんでしまう。
「この子の名前は・・・・・・・何て言うんですか?」
気持ちを落ち着かせようとして、もっとも別に言うこともあっただろうに、思わずそう聞いてしまう。それにはヴェルダナーヴァが答えた。
「色々と考えていたんだ。今までは名前はサラッと名付けられていたんだけど、自分の娘とくるとね・・・・・それで、二人で相談していたんだ。男の子だったらこの名前、女の子だったらこの名前って」
「それで、今までで一番悩んで名前をつけたんだ」
ヴェルダナーヴァは一息置いてから、一言一言噛みしめるようにその名前を口にした。
「この子の名前はミリム────ミリム・ナーヴァだよ」
ミリム・ナーヴァ。
その名前は私の脳髄に確りと刻まれた。前世含めて初めて出来た親友の娘。
貴方の未来が希望で満ち溢れたものになることを願っているよ。
────生まれてきてくれてありがとう、ミリム。
書いてたらめっちゃノウェムが重くなった。
重い、重すぎないかこれ。親友の娘に向けるレベルの感情じゃねえぞ。
20話かけてやっとミリムが生まれた。長がかったなぁ〜
今年の投稿はこれが最後です。それでは、良いお年を。
ノウェムが虚無崩壊を得るか?
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得る
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得ない