燎火の勇者
魔王戴冠の宣告より約四年
私は名実共に魔王となった三人とは離れ、一人で活動していた。
ミリムには相当渋られ駄々もこねられたが、仕方がないことだからと納得させた。まあでも、ギィとラミリスさんがついているのだから滅多なことは起きないだろう。
それに、ミリムが全力を尽くしても尚どう仕様も出来ない自体があった場合、フィリアに助けを願えば私のもとにそれが届くようになっている。仕組み的に魂の回廊を通じたものだから、何処にいても私に届かないということはないし回廊を通じて私も直接現場に行けるのだ、滅多なことは有り得ない。
その上、三十年に一度はミリム会いに行くことを約束したんだ。これ以上は自立を妨げるが、この程度ならギリギリ問題ないと思う。てか、私も時間間隔が大部イカれて来たな。
とまあ、そんなこんなで今の私は主に獣形態をとって調停者の役目をこなしていたのだが・・・・・・・・いや、もう現実逃避はやめよう。
なんでここに奈南がいるんだ!?
ここはミリムが暴走した時に奈南を飛ばしたナスカ王国から遠く離れた森林地帯、それも精霊の棲家の近くだぞ!!
というか勇者名乗っちゃったの?!?
誰と因果が巡るかもわかんないのに!?? 私が前に勇者とか言ったから!? 私のせい?!
元々これまでのことで色々と疲れていたから昼寝をしていたのに、そこにこんな情報で殴られてもう嫌になる。それに────ー
周囲に目を向け、奈南の周りに群がる精霊を一瞥する。
人懐っこいのもいるとはいえ、寄って来る精霊が多すぎる。精霊の棲家に近いといってもここまでは異常だ。勇者というのも本当なのだろう。
いや、どちらかと言えば今は勇者の卵を得る前段階で、今日ここに光か闇の大精霊に加護を貰いに来たのだと思う。
「わ〜!! 高い高〜い!!」
奈南に目を向ければ、こちらの混乱を他所に至ってのほほんと私で遊んでいる。というかなんで狐を赤ちゃんみたいに掲げて遊ぶんだろう、理解できない。
一先ずこの状態から脱出したいのだが、どうすればよいのだろう?
今は以前から開発していた術式の方に演算能力の殆どを割り振っていてそこまで大きな行動をしたくない。しかし、いい加減に鬱陶しくなってきたのだ。
ダラダラと考えているうちに遊び終わったであろう奈南が何やら考え込んでいた。
そして数秒逡巡した後に『やっぱりやろう!』と言わんばかりに顔を輝かせて発言する。
「そうだ! 貴方に名前を付けて上げる! 貴方の名前h────」
マズい! それは流石にマズい!!
開発を即時中断して振っていた演算能力を全て戻して思考加速を施す。
今までの行動は流せたが、流石に名付けは不味過ぎる。
見た感じ今の奈南の神聖力だと私に名前を付けたら干からびて死ぬ。それに私も『ノウェム』という大切な名前を消されたくはない。
どうやって阻止すればいい!? もう奈南の口から出かかっている言葉を今から辞めるように言ったんじゃ間に合わない!!
────そうだ!
『世界宣告』を発動し、名付け対象を私のファーストネームではなくミドルネームに矯正させる。この際ファミリーネームが無いことなんて気にしていられない。そして
奈南の保有する神聖力と合わせてギリギリ足りるかどうかというラインだが・・・・どうだ?!
「──貴方の名前は『ルナ』! 仲良くしようね!」
その瞬間、私の魂に『ルナ』という名が刻まれ、同時に途轍もない安堵と疲労感が私を包んだ。
よかった、本当に危なかった。時間停止が出来れば良かったのだが、停止世界で行動は出来ても私はまだ自発的には時間を止められない。それ含めてもギリギリすぎた。
間に合って良かった。こんなうっかりで奈南が死んでしまったら前世の兄に顔向けできなくなるところだった。
というか、まさか奈南が私の二人目の名付け親になるとは・・・・・いや、前世含めたら3人目か?
本当に、どうしてこの子は魔物への名付けを軽々しい気持ちでやってしまうんだろう? それに話せることを打ち明けるタイミングも逃してしまったし、これはもう話せない魔物として一緒にいたほうが良いだろう。まさか旅を一緒にすることになるとは思わなかったが、これも調停者としての監視だ。致し方ない。
「これから精霊の棲家ってところに行くんだ〜! 楽しみだね、ルナ!」
でもまあ一先ず・・・・・・・・休憩しよう、精神的に疲れた。
奈南の腕の中で抱きかかえられたまま私は小さく脱力した。
******************
『あんた、何してんのよ?』
『申し開きをさせて下さいラミリスさん!』
精霊の棲家の最奥
光の大精霊を呼び出している奈南を横目に、私はジト目で思念を送ってくるラミリスさんに慌てて言い訳を述べていた。
精霊の棲家についた奈南はそれはもう順調に迷宮を攻略していった。火の玉ストレートもいいところだ。一度たりとも迷宮の罠に足を取られなかったし、試練で出現した魔物の討伐に躓くこともなかった。しかも、私を頭に載せたままで。
以前の奈南なら確実に負けていたであろう敵にも余裕を持って勝利を収めていたのには驚いた。まだまだ粗削りだが、この世界の上澄みと言えるほどの技量を得ていたのだ。例え奈南のユニークスキルが物事の習得速度を早めるとは言っても、たった四年で成長し過ぎだろう。
とまあそんなこんなで、以前では有り得ないほどスムーズに奈南は迷宮を攻略した。私がラミリスさんへの連絡を忘れるほどに華麗な手際だった。だからこういう状況になってしまったのも仕方無いと言える。言える・・・・・だろう。
そんな風に言い訳をしていく内にラミリスさんの呆れた表情が阿呆を見る表情になったのは癪だが、事実でしか無いため甘んじて受け入れた・・・・・・・くそぅ。
『そう言えば、今は私のことは普通の魔物として扱って下さい。この子、私のことそこら辺のか弱い小動物だと思ってるみたいなので』
『あんたが小動物ぅ?』
ラミリスさんの正気を疑うような声に耳が痛くなる。確かに、竜種相手に生還できる小動物がいる訳ない。むしろ私の場合は全力の竜種とタイマンできるのだから尚更性質が悪い。
『それは置いといて。あっ、終わったみたいですよ』
『置いとくんじゃないわよ・・・・まあ良いのよさ』
ラミリスさんと私の下に奈南が降りてくる。どうやら無事に勇者の卵を得られたようだ。強くなれたことを喜べば良いのか、因果が巡る事が確定してしまったことを嘆けばよいのか。
「良かったのよさ、無事に勇者の卵を得られたみたいね!」
「はい! ありがとうございます、ラミリス様!」
「いや〜、ここに人間が一人で来るなんて珍しいからね。サービスなのよさ!」
複雑な心境の私を放置してラミリスさんと奈南は仲良さそうに話し始めた。生来の能天気な性格が共通していることもあって、話が盛り上がるようなのだ。
しかし、奈南はふとした瞬間に暗い顔を何度か覗かせていた。そして、話が一段落した所で意を決したようにラミリスさんへ質問を投げかけた。
「あの、ラミリス様・・・・一つ質問があるんですけど・・・」
「ん? なになに?」
「ラミリスさんは────ノウェムさんを、知っていますよね」
まあ当然か
そう思った。私は前に一度奈南にラミリスさんと面識があることを話してしまっているし、勇者のことも絡めて話していた。奈南からしたら行方不明の恩人の居場所を知っているかもしれない人が目の前にいるのだ。聞くなというのも無理な話だろう。
「あ〜、あの子ね。もちろん知ってるのよさ!」
「何処にいるか、とか・・・・教えてもらえますかね」
改めて自分の目で見ると罪悪感が湧いてくる。
何の説明も無しにいきなり強制的に見知らぬ土地に転移して、後になって元いた場所が砂の大地へと変貌したことを知った。仲良くしていた人達は皆灰燼に帰し、自分だけが生き残ったのだ。
自分を、自分だけを助けた人には複雑な気持ちも湧いてくるというものだ。
『ちょっと、どうすんのよ?』
『誤魔化して下さい! 後でお礼しますから!』
思念を送ってくるラミリスさんに必死で頼み込む。いつかは向き合わないといけないが、今はダメだ。責められでもしたら、彼女の顔を面と向かってまともに見る自身がない。
「ごめんね〜、居場所までは分かんないのさ」
「そうですか・・・・・・・・ありがとうございました。ではまた!」
そう言って奈南は精霊の棲家の出口に向かって走り去ってゆく。脇目も振らず、一心不乱に。
腕の中から見上げた彼女は薄っすらと、それでも確かに──────泣いていた。
私はどれだけクズになれば気が済むんだろう?
************************
奈南と旅を始めて2年が経った。
この2年の間に奈南は順調に勇者の名声を高め、遂には国から依頼を受けるまでになった。彼女に助けられた人も大勢いるし、共に旅する仲間も3人出来た。
一人は重戦士のレムス。パーティーのタンクとして魔物の攻撃を何度も防いでくれる頼もしいおじさん。
一人は魔術師のトンナ。一部の例外を除いた世界全体で見ればかなり上位の方の魔術師でおっとりとしたお姉さん。
最後に獣人族のバーディ。獣人族特有の高い身体能力で敵に切り込み、斥候も熟す有能なお兄さん。
この三人と私、そして奈南本人を含めた四人と一匹で最近は旅をしている。正確には五人だが、知っているのは私だけだ。態々言う必要もない。
因みに、私は主に回復や強化魔法を使うサポーター的な役割をこなしている。トンナは私の何処に魔法を使う知能があるのかと不思議がっていたが、ユニークモンスターだと結論付けて勝手に納得していた。
「レムス! そっちのお肉ちょうだ〜い!」
「おう、食え食え!」
「ちょっとナナ! それ私が育ててたのよ!」
「へっへーん! 早いもの勝ちで〜す!!」
「二人とも煩いぞ、食事くらい静かにしなさい」
「「は〜い」」
焼肉
それは非常にテンションが上がるものだと思う。私も前世から焼肉は大好きだった。というか焼肉が嫌いな人なんてそうそう見ない。
私達は野営地で食事の準備をしていた折に滅茶苦茶美味い魔物が現れ、それを皆で討伐して食べていた。牛型の魔物は大概美味しいがこの魔物は別格だ。こいつの姿を見かけた途端、パーティー全員が殺気立ったのを感じたほどだ。それに普段の野営では野草や小動物ばかりでガッツリ肉を食べる機会なんて滅多にないないのだ、みんな我先にと肉を奪い合ってる。
「ルナ、お肉ですよ」
「コンッ♪」
そんな中で私にも肉を分けてくれる辺り、好い人たちだなぁと思う。
「そういえば聞いてなかった。バーディー! どうだったの? あの死霊達は」
思い出したようにトンナが夕食の前に斥候に行っていたバーディに聞く。今私達はこの辺り一帯の領主の依頼で、大量発生した死霊の討伐に来ている。どこの誰が死霊化の魔法を使ったのかは知らないが、はた迷惑なことをしてくれた。
「それなんだが、少しマズいことになった」
「・・・・どうマズいの?」
「死霊の軍勢は総勢2000程。幸い
「それは・・・・」
バーディの一言に楽しい雰囲気が一気に冷え込み、皆が押し黙る。
死霊の王がいないということは軍隊行動をせず、通常の魔物のように何も考えず襲ってくるのだろう。それは一見楽そうに見えるが実際は異なる。王がいると敵が一箇所に纏まり、一網打尽に出来るのだ。しかし王不在では予測不能な行動を取ることも増える。王を倒せるのなら、居た方がやりやすいのだ。
まあ、特段気にするようなことではない。ほら、奈南がいつもの台詞を吐き始めた。
「大丈夫! なんたって私は
──────────人類最強の人の弟子だったんだよ!」
みんなこれがあるから安心して彼女に背中を任せてついて行ってるんだ。この自信満々な姿。精霊の棲家で泣いていた彼女が、自分と仲間を鼓舞する時に言うお決まりのセリフ。みんなに勇気をくれる魔法の言葉。
「それに今回は皆もいるしね、勇者御一行に任せなさ〜い!!」
本当に、強い子だと思う。
ミリム然り、奈南然り、私が一緒にいた子たちは心が強い。同仕様もない程に弱くたって、強い心で前を向き、今を精一杯生きている。そんな子は周りが絶対に助けてくれる。そんな予感がする、確信と言ってもいいほどにはっきりとした予感が。
現に今だって、みんな笑い始めた。
困難を目の前にしても全力で立ち向かおうとする勇気。それが彼らが勇者と呼ばれる所以なのだ。
・・・・・・・・・・・私も、そろそろ彼女に向き合わないと。
後日、パーティーは死霊の軍勢2000を壊滅させ、舐めた事をしてくれた領主を締め上げた。そしてその功績と人柄を讃えられ、奈南は通り名を得た。
その名も『燎火の勇者』
一寸先も見えない程に暗く不明瞭な闇の中であっても、篝火の様に周囲を優しく照らし、水底に沈んだ皆の心に希望の火を灯す。そんな、小さな優しい光。
幽かな火だと侮ることなかれ。それは勢いよく燃え広がり、悪を滅する聖火となるのだから。
**************
奈南が二つ名を得てから2年が経った今、私達は戦場にいる。
魔物討伐の戦場ではなく、人と人の戦場だ。
事の発端は数ヶ月前、隣国が奈南たちが拠点として活動していたこの国に宣戦布告をしたところから始まった。当初、両国の力は均衡を保っていたが、数週間前、突如としてこの国が押され始めた。
理由は簡単、魔物だ。隣国は国内の精鋭たちに魔物をテイムさせ、兵力として戦場に送り込んだのだ。これによって戦力バランスは一気に崩壊した。
そこで白羽の矢が立ったのが奈南たちだった。
奈南達は関わらないつもりで国の申し出を拒否し続けていたが、勇者の名が彼女たちを雁字搦めにして離さず、人々から泣きつかれて、結局は戦場に赴く事になってしまったのだ。
人同士の戦争の場に於いても、奈南たちの強さは健在だった。
一騎当千の活躍をし、自軍の何十倍も数の敵を蹴散らしていった。蹴散らすとは言ったものの殺すのではなく、敵兵を気絶させ仲間に投降を促す形で数々の戦場を収めた。
投入された魔物たちも相手になっていなかった。奈南だけでなく、仲間たち全員が圧倒的な実力を振るった。
鉤爪を振る一瞬で十の魔物が細切れにされ、一つの魔法で三十の魔物が消し飛んだ。槌の一振りで大地が蠢き、剣の一閃で天に炎が舞い上がった。
嫌々ながらに戦っていてこれなのだから、彼らが私やルドラやギィの様な戦闘狂でなくて良かったと心の底から思う。
戦場で舞う奈南の姿は燎火の名に相応しく、正に勇者。
お伽噺に出てくるような、強く、優しく、皆の希望になる勇ましい英雄。
思わず在りし日の『始まり』を幻視してしまうほどに輝いていて、人を惹きつけて止まないカリスマを放っていた。
兵たちは彼女たちの姿勢に励まされ、前にも増した活躍を見せるようになった。中には彼女に仲間や友人、憧憬の対象としての好意ではなく、異性としての好意を抱いた者もいる。
彼女には、優しい人達と戦場ではない何処か別の場所で穏やかに暮らしてほしかった。
こんな泥と煙と鉄臭い紅に染まった場所ではなく、色とりどりの花や澄み渡った水に囲まれた自然の色彩豊かな場所で生を謳歌してほしいと、心から思っていた。別に大自然の中でなくとも、騒がしい街で色んな人と関わりながら暮らしてもいい。
いつか心をすり減らすことが無くなって、ただ幸せになってほしいと────そう願っていた。
だけど現実はそう上手くはいかなくて、
「っ! なにが、起きたのッッ!?」
さっきまで嫌になる程に煩かった戦場で、音が消えた。
「あ゙ぁ゙、あ゙ぁ゙あああ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁあ゙あ゙あ゙ぁあぁ゙あ゙!! そんっ、な・・・・ことっ、て・・・」
士気を高めていた兵士達が敵味方関係なく一瞬にして地に伏し、久遠の眠りに就いた。
戦場に黒く禍々しい光が溢れ、咄嗟に私が保護した仲間たち以外全ての命を一瞬にして刈り取ったのだ。
「っっ! そうだ、ルナは? 皆はどこ?!」
核撃魔法『
周囲の生命体の遺伝子配列を強制的に書き換え、魂までも壊してしまう最悪な魔法。私でさえ使うことを躊躇う権能────
それがこの戦場で放たれた。警戒はしていた。だが私達は、いや、私は追い詰められた者達がする凶行を見誤った。見誤ってしまった。
残すは敵の本陣のみというところまで戦況は進んでいた。
ここを攻め落とせば漸く戦争が終わる、そう信じた者たちの士気は最高潮だったのだ。
しかし、直ぐそこまで攻め込まれ、死への恐怖に駆られた敵の将軍は残った魔術師を使い潰して、戦場に転がった両軍の死体全てを生贄に悪魔を召喚してしまった。
愚かな行為だと思う。これは愛すべき愚かしさではなく、唾棄すべき愚かしさだ。
奴らは
常人では存在すら知らない、呼び出すだけでも危険な悪魔の中でも特に危険極まりない厄災の象徴
ギィと同じく『原初』と呼ばれる最古の悪魔の一柱
好戦的で我儘、苛烈さを補って余りあるほどの誇り高さを持つ白き女王────
────
だいぶ前にとったアンケートの結果をやっと反映できた!
やっと推しを書ける!でもエミュムズい!
多分また次回まで結構時間開くと思います。すみません
以下のURLは追加した先日追加した活動報告です。良ければご覧ください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=338135&uid=483891
閑話として異世界人の話を2話書こうと思っていて、1話は決まっているんですが、あと1話が決まっていません。読みたい異世界人の話に投票お願いします。
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