総合評価2500達成ありがとうございます!めっちゃ嬉しいですね!
天地を裂くような一撃が白の身を穿ち、攻撃の主が意識を落とす直前──────影が蠢いた。
見窄らしく、矮小で、卑賤
悪魔の瞳にはそう映っていた影が変貌する
小さく白い獣の姿から、黒い髪に白磁の肌、髪と同じく黒い獣の耳と尻尾をもった姿へと
変容は体躯に留まらず、魂にすら及んだ
淀みはあるが特異な輝きもない凡庸と呼んで障りない魂から、透き通っていながらも万華の如き色彩を持つ、高潔で非凡なる魂へと
やがて安定した影は非常に畏まった口ぶりで話し始めた。
「お初にお目にかかります、偉大なる白き女王よ。私の名はノウェム。此度は斯様な形でのご挨拶となり、貴方様のお目を汚してしまいましたこと、ご容赦ください」
異質な少女だった。
言葉の上ではこちらに敬意を表し、謙った態度もとってはいる。いるのだが、その瞳は相手への興味も敬意も宿っておらず、極少量の怒りと大半の事務的な無関心で構成されていた。
『白き女王』と呼ばれた悪魔は、その不躾な瞳に少し不快感を抱きながらも返答した。
「今は気分が良いから、謝罪を受け取るわ。それで、貴方は何のために変装を解いたの? 今の私はそこの子に受肉体を破壊されかけで、もう現世に長い時間はいられないわ。それは貴方も分かっているでしょう? このまま姿を表さなければ、逃げおおせることも可能だったでしょうに」
「理由は簡単です。今回貴方は不本意な形で召喚され、剰えそこに攻撃を受けた。そこに何もせず帰れでは、あまりに不義理ですから」
本心からの言葉、直感的にそう感じた。
義務的な意図もあるのだろうが、不義理と感じて参上したのは真実なのだろう。しかし、
「そう。でも、それだけではないでしょう?」
「無論です。私の目的一番の目的は貴方へ義理を果たすことではありません。率直に申し上げますと、貴方にはこのまま何もせず冥界に帰っていただきたい」
「────ふざけているのかしら?」
そんな言葉が口をついて出る。
先程から感じていたことではあるが、この少女は本質的に私を脅威だと思ってなど微塵もいない。それどころか見下している節すらある。
そして『何もせず冥界に帰れ』という言葉。巫山戯ているとしか思えない。
「貴方達原初が世界に与える影響は大き過ぎる。私がこれまで会ったことのある原初は赤,青,緑の三柱のみですが、いずれも世界の脅威と言ってよいほどの力を保有していた・・・・・・他の四柱まで受肉するなど、こちらとしては面倒が増えて都合が悪い。ですので、貴方にはこのまま受肉体を放棄し冥界に帰っていただきたいのです」
「───そう」
魔法を放つ。
崩壊しかかっている肉体ではこの程度が限界だが、それでも十分な威力をもった核撃魔法
「・・・・・・・・はぁ。大人しく帰ってくれれば、何もせずに済んだものを」
─────しかし、バラバラに分解された。
いつの間にか展開されていた極細の『鋼糸』が、魔法を粉微塵にした。
あの程度の魔法でも地面に転がっている三人を灰燼に帰すくらいはできたはずなのだが、傷一つ付いていない。
そのまま次の一撃に移ろうとして───────埒外の速度で極大の一撃が直撃し、受肉体が完全に崩壊した。
「────
「・・・・・あら」
玉座にて白き女王は目を覚ました。
玉座の周りに自らの眷属が傅いている。それを一瞥し、心のままに消し飛ばした。
本来ならば受肉体が崩壊しても少しならば現世には留まれるはずなのだが、有無を言わさずに冥界へ送られた。
「ノウェム、ね・・・・・・・・・・・・次に会った時はどうしてくれようかしら?」
冥界に帰還した白き女王には不快感と怒り、そして『ノウェム』という名が深く焼き付いた。
**************************
「・・・・・上手くいきましたね」
原初ほど強大な悪魔はたとえ受肉体を失ったとしても、ある程度なら現世にとどまることが可能だ。
しかし、受肉体という枷をなくした彼女が何をしでかすか分かったものではなかったので、一つ策を施し───成功した。
「以前からそうではないかと思っていましたが、やはり合っていたようですね」
九曜の形態の一つのネックレスは持ち運びがしやすい上、天星宮への鍵としての役割もあった。
『九曜はネックレスになっている時は、とある場所への鍵としての役割を持っている』
初めてヴェルダナーヴァに天星宮へ連れて行ってもらった時に私はこう説明されたから、素直に私はこの形態を天星宮への直通切符のように解釈していた。しかし、違った。
天星宮に行く時に転移するのではなく態々ゲートが開いていた事を疑問に思い、ずっと調べていたのだが今回の件で確証が持てた。
ネックレスとしての九曜の本質は「天星宮への鍵」ではなく、「他世界への門の創造」だ。
他世界。すなわち冥界や天界、そしてかの存在が封印された異界。
それら全ての世界に自由に行き来できるのがこの形態の本当の強みだ。その上、今回原初の白をこの門を通して冥界に送還したように、他者もこの門を通れるため非常に自由度が高い。
「全く、ヴェルダナーヴァはどうしてこう毎回毎回加減をしないんですか!?」
いくら九曜が世に八本しか存在しない
「う・・・・んぅ・・・・・」
また文句を垂れようとしたとき、小さく声が聞こえた。
「っっ奈南!!」
奈南のうめき声に急いで駆け寄り、傷の状態を確認し───絶望した。
白に付けられた傷が一番深く、胸から脇腹にかけて十字に抉られている。
他にも自分の魔法で肌がドロドロに溶け、スキルの中途半端な回復でケロイド化しているところが複数と、切り傷、打撲、筋繊維の断裂、螺旋骨折が無数にある。更に出血量が多すぎて血も足りていない。
複数の明らかな致命傷と身体全体を隙間なく覆う無数の軽傷。それらをスキルが雑に回復したせいで却って傷が悪化している上に、魔素が尽きているからかスキルの回復も機能していない。
「ダメ! お願い、死なないで!!!」
私はこの傷を治せない。
正確に言えば治療自体は可能なのだ。しかし私はそれを禁じられている。
調停者に就任した時、私はヴェルダナーヴァと四つの制約を結んだのだ。
『一つ、罪無き者を守護し、禁忌を犯した者を滅ぼすこと』
『二つ、他世界からの侵略者を排除すること』
『三つ、世界に多大な悪影響を与える異世界人を排除すること』
『四つ、再起不能な傷を負った異世界人を治療しないこと』
奈南を治療することは四つ目の制約に抵触する。それ故に、彼女を治療しようと霊子の操作に意識を向けた途端、星幽体ごと魂を縛るように拘束術式が展開され、思わず膝をついた。
この術式は過去の私が自分の抑制のため要らないと言うヴェルダナーヴァに無理を言って刻んだものだった。ヴェルダナーヴァの術に加え、ルシアと私が提供した魔厭術の理論も使用されているため究極級の攻撃でも殆どが効かない上に、術式を刻んだ時に
「・・・・・・・ごめ・・・さい」
私以外に治療を頼もうにも、この場には奈南の傷を治療できるほど高位の神聖魔法の使い手はいない。出来ても魔素の譲渡で自己回復系スキルを強制的に動かすことでの延命くらいだ。この方法なら制約に遮られることはない。しかしその延命も人間の肉体強度の問題で数時間と保たないのだ。
「ごめん、な・・・・・さい」
─────詰みだ。
「・・・・ごめん、なさい」
お兄ちゃんの娘を死なせてしまう
「・・・・・ご、めんな、さい」
二人の死から何一つ成長できていない自分の無能さが嫌になる
「ごめんな、さい・・・・・・・・ごめんなさい」
本当に───死ねばいいのに
「ごめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめんごめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめんなさいゴメンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめんごめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめんなさいゴメンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイ御免なさいごめんなさいご御免なさいめんなさい御免なさいごめんな御免なさいさ御免なさいいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめん御免なさいごめんなさいな御免なさいさいいごめんなさい御免なさいご御免なさいめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめ御免なさいんなさい御免なさいさい御免なさいごめんご御免なさいめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめんなさいゴメ御免なさいンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめんごめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめ御免なさいんなさいゴメン御免なさいナ御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさいゴメンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいご御免なさいめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめんごめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさいゴメンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなさいごめんなさい御免なさいごめんなごめんなさいさい御免なさいごめんごめんなさいなさい御免なさいごめん御免なさいなさい御免なさいごめんなさいゴメンナサイごめんなさい御免なさいゴメン御免なさい御免なさいナサイごめんなさいごめんなさい」
奈南の進化を見たいなんて思わなければ
私が甘い夢を見ていなければ
拘束術式など刻まなければ
大丈夫だろうと短絡的に考えなけば
私がもっと早く助けに入っていれば
もっと早く決断していれば
もっともっともっともっともっ「なか・・・・・・な、ぃ・・・・で」
声が、聞こえた。
*******************
ボンヤリと意識が戻る。
体中が痛むが、何故だか穏やかな気分に包まれている。
戦いはどうなったんだろう?
まずはそれが気になった。記憶は悪魔に一撃を食らわせたところで終わっている。何時間経ったのかは分からないが、それなりの時間が経過したはずだ。あの悪魔がその間に何もしなかったとは思えない。
そんな事を考える頭に、ふと声が響いてきた。
その声は酷く自罰的で、許しを請うていて、そして何より絶望していた。
頭を動かせず、声の方向に瞳を寄せれば、小さな少女が崩れ落ちたような体勢でひたすらに謝罪の言葉を口にしていた。顔は髪に隠れて隙間からしか見えないが、元は美しい顔だったろうに今はひと目見ただけでも酷く歪んで見えた。
かすれて小さな声しか出なかったけど、絶望に包まれた人々に元気を分けてあげるのが『勇者』だから、それに勇者とか関係なく泣いている女の子を無視するなんてしたくなくて、私はこう言ったのだ。
──────『泣かないで』って。
殆どを聞こえなかっただろうに、声をかければその子はこちらに駆け寄り、膝をついて私を覗き込んだ。それと同時に体に何かが流れ込んでくるような感覚がして、少し気分が楽になった。
「────っ奈南!! 声が聞こえますか! 返事を、返事をしてください!!」
見覚えが無かった。
自分の名を彼女は知っているのに私には見覚えが無かった。深い濡羽色の長髪に、血のような緋色に輝く瞳。恐らく13歳ぐらいだろう体躯は、ただ一つのシミも無い。
こんな子早々忘れないはずだが、やはり記憶のどこを探しても見覚えがなかった。
「・・・・・・あな、たは・・・・・・・だ、れ?」
「───っ! ノウェム、ノウェムです!! 奈南! 気をしっかり!!」
問いに帰ってきた答えに余計頭が混乱する。ノウェムさんとは似ても似つかない少女が彼女の名を名乗ったのだ。しょうがないだろう。
「・・・・で、も・・・・・すがた、が・・・・・・まった・・・く」
「───っ! そう、そうですよね・・・・・・・ほら、私です!!」
思わず聞いてしまった問いに彼女はハッとした顔をし、瞬間、彼女の姿が変化していく。
見覚えのない姿から、慣れ親しんだ、それこそ四年間ずっと探し続けてきた師匠の姿へと。
久しぶりに見たノウェムさんの姿は、やっぱり美しかった。
何度見てもその度に見惚れてしまいそうになる滑らかな亜麻色の長髪と、思わず安心してしまうような柔らかなクリームイエローの瞳。今は様々な感情が入り混じって歪んでいるが、本来は穏やかさを感じる美しい顔。
何一つ変わっておらず、どこを取っても昔のまま。彼女だけが四年前に取り残されたように感じてしまう。そんな彼女に驚きよりも安堵が勝ったのは、自分でも笑えてきてしまう。
「・・・・・・のう・・・・ぇむ、さん・・・お・・・ひさ、しぶり・・・・です」
「そんなことはどうでもいいんです! とにかく、とにかく意識を保って!」
見たことないぐらいに必死な彼女に、ちょっぴり驚いた。そしてこの人にとって、私はこれほど取り乱すくらい大切だったんだと気づいて、なんだか無性に嬉しくなった。
だからこそ、聞かなければならないことが幾つかある。
「あぁ、血が! お願い、早く治っt「なんで・・・・・あの・・・とき、わた・・しを・・・・たすけたん・・・・・・です・・か?」──────!」
取り乱し続けていたのに、私がその問いを投げかけた瞬間にノウェムさんは目を見開いて押し黙る。
私がこんな事を聞いたのが意外だったのか、こんな体の状態でまだ質問できていることに驚いているのか、正直に言うとよく分からないけど、この人ならこんな状況でも真剣に答えてくれるという確信があった。
恐らく戦場だったろうこの地は、戦場に似つかわしくない耳が痛くなるような静けさに包まれていた。
私も彼女も表情は変化するが一言も発さない、黙ったままの状態がある程度続いた。
そして、やがてだいぶ落ち着いた様子のノウェムさんの深呼吸の音が静寂を破り裂き、意を決したような口ぶりで彼女は口から言葉を紡ぎ始めた。
「『あのとき』と云うのが私の想像通りなら、四年前のあの日、滅びゆくあの国から貴方一人のみを転移させたあの時のことを指すのでしょう・・・・・・・ええ。よく、本当によく、覚えています」
「その話をする前に、奈南はあの日、あの国で何があったのか知っていますか?」
語り始めたノウェムさんが最初に放った問いに、あまり動かない首を必死に横に振る。
「知らないようですね。では話しましょうか、あの日何があったのか。勇者と竜皇女・・・・・・そして、役立たずの獣の物語を」
「昔々、とあるところに────」
そうしてノウェムさんは語り始めた。あの日の真実、そしてそれに至るまでの道のりを。
────────────
───────
───
昔、世界には始まりの勇者と呼ばれる存在がいて、旅をしていたらしい。
彼は世界の創造主たる竜に師事し、妹と共に旅を始めた。
旅の中で師の妹たる竜と出会い、様々な苦難を経て彼女も仲間に加わえる。
それから長い年月を経て、彼は勇者の資格を得に精霊の棲家に挑み、門番たる獣を打ち倒して名実共に勇者の資格を得る。
そして彼は門番の獣すらも仲間に加え、その後も旅を続けた。
そうして長く旅を続ける中で、一つの転機が訪れる。
師たる竜と妹が結ばれ、間に子ができたのだ。
勇者はそれを祝福し、仲間達もそれを大いに祝った。
やがて生まれた子は竜皇女として、友の幼竜と共に沢山の愛情を注がれて育つことになる。
しかしある時、師と妹の夫婦が襲撃され、殺されてしまう。
幸いにも子は無事だったが、彼らは怒り狂い、我を忘れた。
二人を手に掛けた国の草木を、大地を、人々を、その地の全てを滅ぼし、世で二柱目の魔王が産まれた。
その後、竜皇女は仲間の獣に引き取られ、育てられた。
獣は子と幼竜を普通の人の子と変わらないように育て、普通の幸せを得てほしいと願った。
しかし、竜皇女を狙った欲深い王により幼竜が殺されてしまう。
竜皇女は友の喪失に怒り狂い、父より受け継いだその力で王諸共に国を滅ぼす。
こうして、竜皇女は三柱目の魔王となった。
夫婦への襲撃と、幼竜の殺害。
大切な人たちの一大事に仲間の獣は何も出来なかった。
獣は今でもまだ懲りず、昔日に勇者と語り合った夢のような世界を夢想している。
夢見て夢見て、そうして獣は再び判断を誤る。
今度は自分の弟子を、仲間の獣は──────役立たずの獣は殺すのだ。
───
───────
───────────
ノウェムさんがこの物語を話し始めたとき、直感的に、これはこの人が実際に見てきた物語なのだと思った。
そして恐らく、彼女の役は『役立たずの獣』
先程の獣人とも見れる姿を覚えていれば簡単だった。恐らくあの姿が、彼女本来の姿なのだろう。
「じゃ、あ・・・・・・のうぇ、むさ・・・・んが・・いっていた・・・・・・こども・・・・って」
「ええ。現在世に君臨している魔王の一柱『ミリム・ナーヴァ』あの子が私の娘です。あの日、あの国が滅んだのは彼女の暴走が原因です・・・・・・・それすら、一部の愚かな人間が仕組んだことでしたが」
そう言う彼女の声音には、自分の娘に対する愛情、娘への罪悪感、人間への怒り、そして無能な自分自身への怒りが綯い交ぜになった、非常に強い負の感情が籠もっていた。
「それに、ルナという外面を被って貴方と一緒に旅をしていたのだって、異世界人を監視するという役目の一環としてでした。打算にまみれて、汚くて、能無しで──────」
四年前にはどれだけ探っても一切見つけられなかったノウェムさんの負の感情が、今ははっきりと輪郭を持ってそこにある。
流石にルナがノウェムさんだったというのには驚いたが、ずっと近くで見守って入れてくれたのだと思うと、不謹慎にも喜びの感情が出てくる。まあ、ずっと近くにいたのに姿を見せてくれなかったのには思うところがあるが。
「──────ああ、そうでした。貴方だけを逃がした理由はなにか? という質問に答えていませんでした」
私が早く話せないのをいいことに、どんどんと自分への恨み言を並べていたノウェムさんが、思い出したようにそう言う。物語の内容が衝撃的で私も気がそれていたが、本当に聞きたかったのはそれなのだ。
「・・・・・・・・・・ねえ、奈南。前に話してくれた事がありましたよね、貴方の家族のこと・・・・・・・・私は貴方に聞く前から、彼らの名を知っていました。名前だけじゃなく、好きな物、好きな歌、好きな場所、誕生日に至るまで、全て知っていました。この意味が分かりますか?」
時が止まったような気分だった。
私の家族のことを知っていた? なんで? それも口ぶりからして、皆のだいぶ深いところまで知っている。この世界の人なのにどうして?
疑問が次々と湧いては消えてを繰り返し、理解が延々と進まない。
「・・・・それ、は・・・・・どうい、う・・・・こ、と!」
「死にそうなんですから、興奮しないで。ちゃんと教えますよ。」
「というより、これが答えなんです。貴方だけを滅びゆくあの国から逃がした理由と、貴方の家族のことをよく知っている理由は、一つの言葉で同時に答えられる」
謎が更に深まる。この二つの疑問に一度に回答できる言葉などあるわけがない。
何故ならそれら二つは違う世界で生じた疑問。ノウェムさんが私のように世界を超えていない限り──────っ!
「私は幾つかの名前を持っています。『ルナ』も『ノウェム』も、そのうちの一つ・・・・・・・でもね、私が一番最初に、それこそこの世界に生まれ落ちた時に持っていたのは違う名前なんですよ」
「では改めて、自己紹介をしましょうか────────
私がその答えにたどり着いたのと、ノウェムさんがそれを口にしたのは同時だった。
彼女は一呼吸おき、落ち着いた様子でその言葉を口にした。私にとっても、彼女にとっても大きな意味を持つその言葉を
────────────私の名前は『
その答えの衝撃は如何ほどだっただろう
私にとって叔母とは、私が生まれる前に亡くなった可哀想な人。
イジメから助けた同級生に逆恨みされ、裏切られて殺されてしまったという祖父母と父にとって何より大切だった人。
叔母を殺したという同級生も捕まる直前に行方不明になっていて、何処までも報われないと憐れまれていた人。
そんな人の名をノウェムさんは口にした。
彼女の前で叔母の名前を口に出したことは一度たりとも無いはずだ。それなのにノウェムさんはその名を口にした。
──────まさか、本当に?
一度そうだと認識してしまうと、涙が溢れてきてしまう。
だってこの世界に来てから何度も感じていた孤独感が、疎外感が、なくなったような気になったから。
転移してから私の傍にはいつも人がいた。それはノウェムさんだったり、あの宿屋の女将さんだったり、一緒に旅した仲間達だったりと様々だった。けれど、そんな楽しい日々の中でも疎外感が消えるたことは無かった。
私は、異物だった。
ただ一人だけこの世界で生まれずに、他の世界からやってきて、誰も知らない知識を知っていて、みんな知っている常識を知らなくて。ふとした瞬間にそうした何気ないところから、自分だけがみんなと違うのだと認識させられていた。
だけど、こんなに近くに私と同じ様に他の世界からこの世界にやって来た人がいた。それもその人が───千夜さんが、私を大切に思ってくれていた。その事実が何より嬉しくて、何より報われた。
そしてもう一つだけ、聞きたいことがでk──────
「──────ぁがァッ!」
瞬間、全身に激痛が走り呼吸が更に弱くなるのが感じられた。
「奈南!! ────もう肉体の限界が来たの!?」
滲む視界の端で、千夜さんが悔しげな顔を見せている。
─────そっか、今から死ぬのか
何となく、そう思った。
というより、こんなに長い間意識を保てていた事の方が珍しいのだ。
白い悪魔に付けられた傷は誰がどう見ても助からないようなものだったし、魔素も神聖力もすっからかんで、『自己再生』のスキルを熾す余裕すらなかった。
多分、千夜さんが魔素を譲渡してくれていたのだと思う。譲渡された魔素で外部から『自己再生』を正常に起動させてくれていたのだろう。でも、先に私の肉体の方に限界が来たんだ。
でももう少しなら喋れそう。
そう思って、さっき思いついたことを彼女に聞く。
「ね、ぇ・・・・ちよ・・さん・・・・・わたし、は・・・・・ゆうし、ゃと・・・・して・・・・・あなたの・・・かぞく、として・・・・ちゃんと、でき・・・・・て、た?」
私の言葉に、慌てていた千夜さんは固まって一瞬きょとんとした後、『しょうがない子だなあ』とでも言いたげな顔をして優しく口を開いた。
「ええ、ちゃんとできていましたよ。それはもう立派に。清水奈南、魔王たるこの私が認めましょう。貴方は優しく皆を照らし、絶望に沈んだ人々に希望を与えた。『燎火の勇者』は、間違いなく最高の勇者ですよ。私はそれが誇らしいです」
今までずっと自身が持てなかったことに、期待していた以上の答えが帰ってきた。
勇者としても家族としても、この人に誇ってもらえるように成れたのがとても嬉しかった。天国へのお土産話がたくさん出来たと見当違いのところで、何故だが嬉しくなってしまう。
でも、そう精一杯元気に振る舞ってくれた千夜さんの、今にも泣き出してしまいたくて、でもそれを必死にこらえているような顔がふと気になった。
─────悪いことするなあ
この人にとって、自らの姪が眼の前で死ぬことになる。
優しい彼女は私個人に対してだけでなく、お父さんとおじいちゃん達への罪悪感を強く感じることだろう。それに魔人であるこの人に寿命はないから、その苦痛に延々と苛まれ続ける事になる。
─────なんて残酷なんだろう
・・・・・・・・・なら、最後に一つお願いをしよう。
このお願いが彼女にとって呪いになるかもしれないけど、目的を持ってさえくれれば、この人はどれだけでも生きてくれる。どれだけ精神的に追い詰められたとしても、自ら死を選ばないでくれる。だからできるだけ、永い時間がかかるようなお願いをしよう。
「ひとつ・・・・・・おねがい、が・・・あり・・・ます」
「なんですか? なんでも叶えますよ」
私はこの人に願いを託す。願いと云う名で彼女を縛る呪いを。
これが私の人生最後の言葉になるだろう。だから、精一杯の想いを込めて千夜さんに────ノウェムさんに
「どれ、だけ・・・・かかっても・・・・・・いい・・・・・・だから────」
─────だから私を、家族に会わせて。
──────ええ、承りました。どれだけの時がかかっても、必ず。
そういえば
ねえ、ノウェムさん。
────私の初恋、貴方に一目惚れしたときに奪われてたなんて知ったら、あなたはどのくらい驚いてくれましたか?
《確認しました。個体名ノウェムは
************************
目を閉じて横たわる奈南を撫でる。
「お休みなさい、奈南。次に起きる時は、向こうの世界で」
彼女の魂は私が捕食し、今は体内に展開した『失楽世界』で治療を施している。
治療に使用している影響で、私は失楽世界を戦闘では使用不能になっているが、魂の治療に比べればそんなのなんてこと無い。それに、これからは奈南たち異世界人の魂を胃袋内の他の魂と隔離して保存するために失楽世界を使うつもりだから、いずれにしろ使用が出来なくなるが問題はない。
「まあいいです・・・・・・・・・奈南のお陰で私も踏ん切りがつきましたし、やりましょうか」
これまで使うことを躊躇い続けていた術を組み立てる。
この術は昔、それこそ奈南と出会って直ぐの頃から開発していた、『並列存在』という権能を組み込んだ術だ。『
この術の役割は、私の調停者としての役目の補助
現在、この世界の外側からやって来た存在は奈南や私のように自然と世界を渡った者のみだ。しかし、これから時間が立つにつれ召喚魔法が普及し、この世界の外側の存在を呼び出そうとする者が出て来るだろう。そうなれば必然的に異世界人の数は加速度的に増加する。
私一人では全異世界人の監視など不可能だ。
そうなる未来を予測して開発し始めたのがこの術─────【尾裂の術】だ。
この術は世界の言葉に付け加える外部装置のようなものだ。
異世界人は皆この世界に来る時にスキルやエネルギーを獲得し、『世界の言葉』がそれを告げる。この術はそれらを感知し、その存在が降り立った地のすぐ近くに私の並列存在を
流石に肉体を保持している存在でなければこの術は反応しないが、私のように魂のみで界渡りを成功させる程に強い魂をもつ存在は滅多にいないので、まあ大丈夫だろう。
実のところ、この術が成立したのは
以前までは気づいていなかったのだが、この権能の本来の用途は魔法や魔厭術の作成ではない。その程度なら知識之王があれば可能だ。しかしこの権能は違う
この権能本来の用途は『理の創造』だ。
一度使用すれば二度と本来の用途で使えないと云う欠陥があるが、それでも十分過ぎる力を持つ。エネルギーさえ賄えれば、創造した理は永遠に世界の言葉に組み込まれ続ける。
また、術の維持に必要な莫大な量のエネルギーは
この術を展開してしまえば私の弱体化は避けられない。それがこの術の使用を躊躇わせていたが、奈南の覚悟を見て私も漸く踏ん切りがついた。
「発動───『魔加五重』」
「九曜───権限拡大・最大化」
《告。権限の拡大申請を受理しました。個体名ノウェムの権限は最大に昇華されました》
《権限の昇華に伴い、個体名ノウェムに関する一切の宣告はこれより秘匿されます》
「発動───世界宣告」
《告。宣告、及び申請を確認しました。対象────世界の言葉》
《申請により、指定の魔素をエネルギー源として【尾裂の術】を術を世界の言葉へ組み込みます・・・・・・成功しました》
《確認しました。【尾裂の術】は正常に稼働を開始しました》
術の組み込みはあっさりと完了した。
しかし、同時に私からゴッソリと魔素が徴収され、同時に世界の言葉との繋がりが強くなったのを感じた。
「これでもう後戻りはできませんね。するつもりもなかったですが」
立ち上がり周囲を見渡す。
視界一面に大量の屍が転がり、それらに虫が群がってきているのが見え、思わず嫌悪感を抱いた。
「たとえ既に抜け殻となっていても、奈南の肉体までああなってしまうのは嫌ですね」
横たわる奈南の亡骸を回収する。
この後は昔ルシアとヴェルダナーヴァにやったみたいに保存処理を施してかr「なっ、ナナを離せ!! この化け物!!」
奈南の死体を胃袋に収納しようと彼女を抱きかかえた瞬間、怒声が向けられた。
そちらに振り返ると、私に壊れかけの魔杖を向けるトンナの姿があった。いつの間にか意識が回復していたらしい。
「・・・・・・・・起きたんですか」
「っっ!! この魔人! ナナをどうするつもり!!」
トンナにとって人獣形態の私は見覚えがない上に私が魔人だからか、敵意を剥き出しにして怒鳴ってくる。近くに転がっていたレムスとバーディも起きたようだし・・・・・・・面倒なことになった。
「バーディ、レムス!! 力を貸して!! ナナが! ナナが!!」
「わっ、分かった」
「了解した! ・・・・・・・・・おい、トンナ! ルナは何処だ?!」
二人が壊れかけの武装を構えた。さっきまで原初の白にやられて寝ていたのに、タフな事だ。
そんな事を考えていたとき、周囲を見渡して私がいないことに気付いたレムスが声を上げる。こういうときでも冷静さを欠かないのは彼らしいが、面倒な事を言ってくれた。
「そんな!? バーディ!」
「知らない!! 確かに少し前までいたはずなのに!!」
「・・・・・・・なら、お前かぁ!! ナナを、ルナをどうした!!!! 答えなさい、魔人!!!」
今までに見たことがないくらいにトンナが声を荒げけている。
そんな彼女の姿に、激情に、対応程度はしてやるべきだと思い、皆の前で体を獣形態に戻して言葉を投げ返す。
「私がルナですよ。トンナ、バーディ、レムス」
「「「─────!!」」」
皆一様に目を見開く。
衝撃だろう。意識のない仲間を抱えた魔人が仲間の姿に変身し、これまで話せないと思っていたそれが言葉を発しているのだから。
そして私は彼らを絶望に叩き落とすような、残酷な事実をこれより告げなければならない。
「そして奈南は・・・・死にました」
「「「───っ!!」」」
「私が、殺しました」
私は、助けられる機会などいくらでもあった筈なのに奈南を助けることを怠った。それによって彼女は死んだ。私が殺したようなものだ。
それを素直に伝えたのは彼らが私を憎んでくれるようにするためだ。
精神的な支柱であった奈南を失った彼らは生きる意味を見失うだろう。しかし私への憎しみさえ持っていれば、復讐のために生きてくれるはず。そう思ってこの事実を伝えた。
「そっ、そん・・・な。どうして・・・どうして!!!!」
「・・・・・・・・」
「答えろ!! ルナ!!!」
「何故だ!!! なんでナナを殺した!!!」
「・・・・・・・・」
私は何も答えない。
余計なことを言うと、彼らが真実に感づいてしまいそうだから。
何処か遠くで彼女の体を保存しよう。そう思い、体を人獣形態へ戻し、亡骸を横抱きにして歩き始める。
彼らが更に声を荒げ、魔法などの攻撃が飛んでくるが、障壁に阻まれ私に影響を与えることは無い。
「このっ、裏切り者!!!!!」
仲間達から逃げ、保存処理をしている途中も、その声が頭から離れることは無かった。
その言葉だけが強く、体を、脳を、意識を縛り付けて離さない。
その声は、何千年経っても鳴り止まなかった
「尾裂の術(オサキノジュツ)」は分裂とかからクダギツネの伝承の一つを文字らせて頂きました
ノウェムは奈南の武器の「聖火の長剣(ウェスタ)」を回収しています。階級はノウェムがちょっと手を加えてるのもあってレジェンド寄りのユニークです。
巧緻之王の神聖覇気は竜霊覇気に統合されてます。
奈南以外の魂は今回の戦争と旅のなかで手に入れました。
展開が急だな〜
でも一万字超えれた!やった!
***************************
ステータス
名前:ノウェム
存在値∶4194万3418(+魔加五重)(+九曜)──2億4971万7090
種族:最上位聖魔霊──星閻竜狐ネビュラール
庇護∶星閻の庇護
称号:嚆矢の異世界人、調停者、審判者、真なる魔王、異邦の衡裁
魔法:<元素魔法><物理魔法><精霊魔法><上位精霊召喚><上位悪魔召喚><陰陽術><神聖魔法><核撃魔法><魔厭術><竜種魔法>
固有スキル:『万能変化』『万能感知』『竜霊覇気』『無限再生』
アルティメットスキル:『閻福之王ヘカテー』・・・思考加速、詠唱破棄、術理創造、法則支配、世界宣告、静寂、虚喰、胃袋
『虚飾之王アルコン』・・・霊知、隠匿、悪壊、属性変換、空間支配、物質創造、時空間操作
『知識之王ラファエル』・・・思考加速、解析鑑定、並列演算、詠唱破棄、森羅万象、多重結界、思念支配、統合分離、並列存在
『怨嗟之王イブリース』・・・魔加五重、激怒、鎮怒、死魔、失楽世界
『巧緻之王プロメテウス』・・・思考加速、森羅万象、詠唱破棄、並列演算、精密統御、天炎
耐性:『痛覚無効』『物理攻撃無効』『状態異常無効』『自然影響無効』『精神攻撃無効』『聖魔攻撃耐性』
保有武器:[九曜グラハ][聖火の長剣ウェスタ]
保有魂数:{異世界人・・・1}{他・・・134672}
常用能力:『失楽世界』『魔加五重』【尾裂の術】
閑話として異世界人の話を2話書こうと思っていて、1話は決まっているんですが、あと1話が決まっていません。読みたい異世界人の話に投票お願いします。
-
奴隷になり、買ったノウェムを信仰した少女
-
日曜朝の変身ヒロインに憧れた少年
-
手に入れた力に溺れた青年
-
歓楽街で女帝と呼ばれた艶女
-
聖女だったが転移後は魔女と呼ばれた少女