朝
それは小鳥のさえずりと山の稜線から覗く朝日が気持ち良く新しい1日の訪れを告げてくれる、優しい時間。
外から聞こえてくる声と屋敷に響き始めた音たちに時を告げられ、私は机に向かっていた顔を上げた。この土地に来てから二年間ずっと変わらない朝の迎え方だ。
食事の時間が近いため部屋を出て一階に繋がる階段に向けて歩き出そうとしたまさにその時、私の部屋と階段のちょうど中間に位置する部屋のドアが、キィという歴史を感じさせる音を立てて開け放たれた。
開かれた部屋からは一人の少女が起きたばかりなのか寝ぼけ眼をこすりながら出てきて、しかし私の姿を視界に入れた途端、穏やかな笑顔が浮かび上がった。
そのままその少女は朝の挨拶に相応しい言葉を発した。
「おはようございます、ノウェム様」
「おはよう、ティリヤ」
彼女の名はティリヤ・セイリオス。
あの時、私が保護した少女───チヨリの二年後の姿である。
「ティリヤ。朝食一緒に行きますか?」
「はい、ぜひ」
あの日、チヨリを保護した私はそのまま奴隷商があった国とは別の国に向かった。
悲惨な目に遭ったチヨリをできるだけ穏やかな国に置いておきたかったのだ。
そうして向かったのが現在私がいる国『テュロス王国』だ。
この国は気候が安定していて過ごしやすい上に、以前魔物から助けた関係でツテがあった貴族がいたためチヨリが暮らしに困ることはないだろうと思ったのだ。
「そういえばティリヤ。マリーナとは仲直りできましたか? ずっと喧嘩してましたけど」
「ええ、それはもうバッチリ仲直りしました。喧嘩だって理由は些細なことでしたしね」
チヨリは現在、この『セイリオス侯爵家』の養女として日々を送っている。
それは不自由なく暮らせるようにと計らったのもあるし、奴隷商のところから眠り続けていた彼女が目を覚ました際にそれ安定した暮らしを望んだからでもある。この家は以前領地が魔物の襲撃を受けていたところを守ってから、恩義を感じてずっと私に良くしてくれているため頼みやすかったと云うのも理由の一部ではある。
しかし一番の理由は、この家の人間はみんな人格者だということだ。彼らは突然連れてこられた見るからにボロボロだったチヨリに、実の娘のマリーナちゃんと変わらない、同情を本人に悟らせない気楽な態度で接しくれた。それが彼女にとってどれほど有り難かったかは言うまでもないだろう。
「まあ仲直りできたなら良いです。それで、今日の予定は?」
「いつも通り孤児院の手伝いに行きますよ。それと最近は孤児院の食料の備蓄がなくなってきたので買い出しに」
そうして暮らし始めてしばらくし経った頃、ある程度回復してきた彼女は新たな名を欲しがった。
自分の名前を聞くたびに昔を思い出してしまって郷愁にかられたり、奴隷商の頃の生活を思い出してしまったりするのが嫌だったようだ。自ら名を捨てることをあまり進めたくは無かったが、そういう理由なら仕方がないと私は彼女に新しい名前を付けた。
それが『ティリヤ』
チヨリという元の名前からはあまり離れすぎず、それでいてこの世界に順応出来であろう名前を私は付けた。
そうやって彼女の心身の回復を共にこの家にお世話になる中でゆっくりと待ち、二年が経って漸く今のレベルまで傷が癒えてきたという訳だ。
「ああ、買い物と言ったら、そろそろ町に商隊が来ますけどノウェム様は何か買いたいものはありますか?」
「あぁ、定期市。確か今回のは特別大きいみたいだったね」
侯爵家の皆と食事を取るために食堂に向かっている途中で、ティリヤがそんな話題を振ってきた。
このセイリオス領は国の南端の位置しているため、王都から決まった時期に行商隊がやって来る。その日は市場も普段と比べ物にならないくらい賑わい、子どもたちも楽しそうな声を響かせるのだ。
それが見たくて、ティリヤはいつもこの日を楽しみにしていた。
「買いたいものか・・・あんまり思いつかないね。欲しいものがあったら現地まで直接買いに行けばいいし」
「ノウェム様はそうですよね・・・・・誘う口実がないなあ」
ティリヤが最後になにを言っていたのかは一般人レベルまで能力を減退させている耳では聞き取れなかったが、ちょうど食堂に到着したこともあり、態々聞き返すことでもないだろう。
到着と同時、食堂の扉が開かれる。中に入れば侯爵家の4人がテーブルを囲んで既に団欒を始めていた。
「おや。二人ともおはよう、いい朝だね」
気の良いおじさん、もとい侯爵のペリクリーズ
「さっ、座って座って。早く食べましょう!」
テンションの高い美女、もとい夫人のタイーサ
「寝坊助の二人、おはよう」
笑いながら挨拶する気楽な男、もとい嫡男のライシマカス
「ティリヤ! 仲直りしたばっかりなのになんで直ぐ遅刻するのよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませる少女、もとい令嬢のマリーナ。
貴族と言いながら家族間での気楽さを何よりも大事にするような、そんな人達である。
「ごめんね、マリーナ。寝坊しちゃった」
「まったく! 貴方はいつもそうやってぼんやりしてるんだから!」
「いいじゃない。それくらい気楽な方が生きやすいものよ」
「お母様まで!」
そうやって騒ぎながら、立っていたマリーナや私達も席につく。この家の食卓はいつもこんな感じだ。騒がしくて、あったかい。
「さあ、全員揃ったことだし、食事にしようか」
席についた私達をみてかけたペリクリーズの号令で皆が朝食を食べ始めた。
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食事を食べながら、真向かいの席で同じメニューを食べているノウェムさんに目をやりました。
彼女の所作は侯爵家の人達と同程度かそれ以上に美しくて、洗練されています。どこで習ったのかと聞いても『むかし友人に』とだけ返されるから知られたくないのでしょう。
まあ、それにしても・・・・・・・・・はぁ、今日も誘えなかった。
ああ、申し遅れました。
私はティリヤ・セイリオスと申します。現在17歳の侯爵令嬢(養子)をしている者です。
何故この私が先程のようなため息をついたのかと言うと、今日も食堂に来るまでにノウェム様を1週間後の定期市に誘えなかったからです。折角のデートチャンスだと云うのに誘う口実が見つからないのです。
あの日、ノウェム様に連れ出されてここに来てから彼女はずっと傍にいてくれました。熱を出してしまったときも、悪夢に魘される夜も、寂しさに凍えた日々も、ずっと傍で寄り添ってくれました。私と共にいて彼女には何のメリットもないのに。
そんなことをされたら、彼女に恋慕の情を抱いてしまうのも致し方ないのではないでしょうか?
もし私が彼女に拾われた経緯を知っている人がいるのなら、この気持ちが少しは理解できるんじゃないですかね? 滅茶苦茶な言っている自覚はあります。拾われて初めて見せられた景色が人間花火なんですから、一般の人なら猟奇的すぎる人に拾われたのかとも思うのでしょうが、あの時の私は違いました。
あのとき彼女が咲かせた空一面の花々にではなく、それらを見て優しく微笑んでいた彼女に私は見惚れてしまっていたのです。口から思わず「きれい」なんて言葉が漏れ出るくらいには。美しい彼女の顔に───何よりも、優しげな光を込めて私を映すその瞳に見惚れていたのです。
ここに来て最初の頃こそ地獄にいた後遺症で禄に口も開けませんでしたが、侯爵家の方々の尽力もあり今ではすっかり恋を楽しむまでに回復しました。ぶい。
とまあそんなわけで、2年経った今でもノウェムさんへの恋心をこじらせ続けているのが私という人間です。
そんな私がデートに誘おうとしているノウェム様ですが・・・・・この人本当に物欲が無いんですよねえ。
そもそもこの人が自分のためにお金を使っているところ私は見たことがありません。彼女がお金を使うのは、いらないと言っているのに毎月くれるお小遣いだったり各地の孤児院に匿名で送る物資の調達のためだったりですから。こんなことをしていながら資金が底を突く様子がまったくないので、お金自体は大量に持っているはずなんですけどね。
そんなわけで、彼女を買い物デートに誘う口実を見つけようと四苦八苦しているのが今の私なわけです。
昨夜もそれを考えていたら寝る時間が遅くなって朝食に遅刻しましたし、先日マリーナと喧嘩したのだってノウェム様をどうやってデートに誘うか相談に乗ってもらっているうちに意見が食い違って、それで喧嘩に発展したというだけですから。
マリーナは私の恋をずっと応援してくれている頼もしい義妹ですけど、あの子はいつもはツンツンしているのに存外ロマンチストですから、理想の恋が私と食い違うのも当然というものです。
ん? 今気付いたのですが、ノウェム様が私に定期市の話をしてこなかったのは、これまでの定期市はずっと誘えなかった憂さ晴らしにマリーナと一緒に回っていたからでしょうか?
・・・・・考えるのはやめです・・・・・・・もうこの際、スキルで周りを操って外堀を埋めてしまったほうがいいのではないでしょうか?
あの日空に浮かぶ花々とノウェムさんの顔に見惚れていたときに獲得したユニークスキル『
能力は、対象の感覚と感情を共有する『共感』と、対象の精神を意のままに洗脳する『洗魂』。洗魂の方は同時に30人、共感の方は最大100人程度が上限ですから、やろうと思えば村一つ崩壊させることが可能です。
これを使えば外堀を埋めてそういう状況を作ることなど容易なのですけど・・・・・・・・ノウェム様はこういう行為が嫌いでしょうからやりません。
本当に、どうすればいいんでしょうか?
最近は領内で捕まる人が増えてきたとかで少しきな臭くなってきたので自由に外出もままなりませんし・・・・はぁーあ。
まあ定期市までまだ時間はありますから、とりあえず今はこのスープとノウェム様の顔鑑賞に集中することにします。
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定期市当日
「で、どうして君も一緒に? ライシマカスくん」
「いや、僕も次期領主として勉学ばかりではなく偶には領内のことを見て置かなければと、ね」
「・・・つまり、私を口実に勉強から逃げてきたと」
「まあまあ、いいじゃないか! 僕だって久し振りに学園から帰って領地に戻ってきたんだ。そこでも勉強なんてやってられないよ!」
この子、セイリオス侯爵家次期当主ライシマカス・セイリオスは現在、王都にある『学園』に通っている。
学園とはいっても貴族のみが入学を許されていてるため社交界の練習場やコネを作る場といった意味合いの方が強いのだが、まともな勉強もするのだから普通に『学園』と言ってしまって良いだろう。
学園の入学年齢は15歳のため、現在14歳のマリーナも来年からこの学園に通う予定だ。
「たまには息抜きが必要ですもんね」
「理解が早くて助かるよ」
「私が作ったローブまで使っているんですから、そうとう見られたくないというのは伝わってきますよ」
ライシマカスが今羽織っているローブは二代前の当主、つまりはライシマカスの祖父が顔を見られずに市井を自由に歩きたいと言ってきたので作ったローブだ。
このローブには超簡単な認識阻害の魔厭術がかけられていて、羽織った本人の顔をどこにでもいるような印象に残らない顔にすることが出来るのだ。効果を発揮していてもローブ自体は変化しないのでローブの存在を知っている人にはバレバレなのだが、知っている人自体が私と侯爵家の人のみのためバレるリスクは実質ない。
学園への入学祝いとしてライシマカスにペリクリーズが譲っていた記憶があるため今の所有者は侯爵ではなく彼なのだろう。
市の中を並んで歩いていると、学園に通っているのだからとふと気になったことを聞いてみることにした。
「ねえ、ライシマカスくん」
「なんだい?」
「学園で彼女できた?」
「あぁ彼女、彼女はぁ・・・・・・って、はあっ!? 彼女!?」
そんなに驚くこと無いだろうに。
「そんな驚くこと無いでしょう」
「バっ、彼女ってなぁ! そんなのが僕に出来ると思うか!? 仮面被ってないと禄に女子と喋れもしない僕に彼女が出来ると、あんたは本気で思うのか!? 頭おかしいんじゃないか?!?!」
相変わらず卑屈だなあ。
そう。彼、ライシマカスは普段は優秀な優男の仮面を被っているのだが、本性は前世で言う超絶コミュ障陰キャなのだ。その卑屈さと内弁慶は折り紙付きで、異世界人でもないのに物心ついた時からペリクリーズの執事を相手にすると硬直してしまうなど、母のタイーサか私かメイド長以外を前にすると体が自然と硬直してしまっていた程だ。
そんな天性のコミュ障の彼が私と話せる理由はただ一つ。こいつは私のことをずっとコミュニケーションの練習台にしていたからに他ならない。
そのおかげかこの子は、イケメン優男の仮面を常に違和感なく被れるようになった。
というか、私の持つ
これで生半可な演技をしやがったら師匠としてただじゃおかない。
「仮面が剥がれてますよ」
「あんたが剥がしたんだろうが!! ・・・・・・・・・まあ、いいさ。広い心も君主には必要だからね」
「・・・こいつ」
「それで、
「で、本音は?」
「めっちゃ欲しい」
──────────
そんな事をダラダラと話している二人の後ろを、ある二人組の少女たちがつけていた。
「ライシマカスぅぅ! あの男ぉぉ!!」
「はいーはい。ティリヤー落ち着いてー」
言わずもがな、ティリヤとマリーナである。
二人はローブのことを知っているため当然、ノウェムと共にいる男がライシマカスだということを分かっている。だから今、ライシマカスを抹殺しようと走り出そうとするティリヤをマリーナが必死に引き止めている状態にあるのだ。まあライシマカスの行動にはマリーナも内心ピキっているのだが。『お兄様、後でじっくりとお話を聞きませんとね』というのが今の彼女の内心だ。
こと恋愛において、女子は時折震え上がるほどに恐ろしくなるのだ。潰されないわけがない。
「マリーナ離して! あいつの魔の手からノウェム様を助けに行くの!」
ティリヤも気の毒なものである。
自分がデートに誘いたくても勇気が出せず誘えなかったのに、義理の兄がさらっと自分の念願を叶えて、その上本人達の間には恋愛感情など皆無な様子なのだ。
これでは嫉妬も満足に出来ない。
さらにそんな二人を目撃したのは、ノウェムを誘えなかった憂さ晴らしやら泣き言やらを吐き出すためにマリーナと一緒に市に来てすぐだったのだ。心のモヤは何一つ晴らせないままに、彼女の中には鬱憤だけが溜まっていった。
「あっ、二人が酒場に入ったよ!」
「あぁぁぁあぁぁ!!! お酒ぇぇえぇええぇ!!! お持ち帰りはイィィヤァァアアァァアァ!!!」
「本当に何言ってるのよ! ティリヤ、しっかりしなさい!」
ノウェムとライシマカスが酒場に入った時の反応がこれである。隠れる気などない様に見えるが、一応周囲にはティリヤが事前に【遮音結界】を張っているので音は漏れていない。
信じられないだろう。これが二年前には精神を病んで話もままならなかった少女の姿なのだ。その様子にマリーナの中には完全に心の傷はなくなったようだと安心する気持ち一つ、おかしくなってしまった友人の未来を真剣に案じる気持ち一つ。
だがしかし、近くでここまで煩くはしゃがれたら鬱憤というのは溜まるもので、とうとう我慢できなくなったマリーナが声を荒げた。
「ティリヤ!!」
「───っ、はい!」
「あの二人に限ってそんな事あるはず無いって分かってるでしょう! ノウェムさんはあんたが2年かけて距離を近づけても反応が全く変わらない唐変木よ! そんな人が! あのコミュ障兄様と付き合うなんて出来るはずが無い!! 兄様も! あいつが自分から告白なんてする勇気があると思う!?」
「───あるわけない!」
「そう! 否! 断じて否!! つまり!!」
「あの二人が
「「0パーセント!!!」」
二人して自分の兄と恩人に対して滅茶苦茶な物言いである。
「じゃ、そういうことで。私達も市を楽しもっか」
「そうだね! マリーナ!」
そう言って、二人は浮かれた顔で賑やかな街に繰り出し、久し振りの買い物を心から楽しんだ。
とあるアクセサリー店の店先から二人が忽然と姿を消したのは、その数時間後のことである。
私は駄目なやつだ!
テスト期間だって云うのにまた書いちまった!スランプ気味+難産だったからめっちゃ時間かかったけどテスト前だと滅茶苦茶筆が進む!
・・・・・・大人しく勉強します。
あ、虚飾之王の副次効果は、一般的な人が受けたら精神崩壊して自殺するレベルの精神汚染とも言い換えられるほどに強力です。それを受けても平然としてる女、それがノウェムです(本当は素の精神力+閻福之王+知識之王で汚染が消滅してる感じですね。比率は5:2:3くらい)
それとたぶん次で閑話「聖劇之王」は終わりです。その後以前エスパーさんとコメントで話していたIFルートあげて、もう一つの閑話あげたら原作に行きます(本当は2話完結の閑話×2+IFで計5話の予定だったのに、どうしてこうなった!?)。
どうか気長にお付き合い下さい。
みんなは魔王と勇者で誰が好き(リムルは除外)
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