転生した狐はメイドになる   作:くまんじゅう

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展開が急です。注意してください。


閑話 聖劇之王(シリウス) ④

 

 

 

 地下牢を抜けた先、地上の光景は目を瞑りたくなるようなものだった。

 

 民衆が目から血を流し、おぼつかない足取りで、生存者を喰い殺さんとするゾンビの大群のように、一心に屋敷の方へ向かっている。

 いや、『ゾンビの大群のように』ではない。実際に彼らは正気を失い、屋敷にいる人間を皆殺しにせんと歩んでいるのだ。

 

「・・・・クソ野郎」

「マリーナ、気持ちはわかるけど落ち着いて」

 

 思わずといった様子でマリーナの口をついて出た言葉はティリヤに窘められた。ティリヤの方を向けば、彼女は民衆が狂った元凶『魔薬』を撒き散らす香を探しているようだった。

 そして───

 

「マリーナ、あれ」

 

 ティリヤがそう言って指さした先、そこにはちょうど定期市の開催されていた街の大広場があった。そこから天に向かって一直線に、白煙が登っている。町の広場だけではない。広場を含めて計五ヶ所、円状に作られている街の中心と四方の各広場から同様の白煙が登っていた。

 

「・・・・・・あれが、『魔薬の香』の発生源」

「多分そう。でも、それにしても匂いが強いよ。『洗狂師』がなければ私とマリーナも狂ってたかも」

「ねえ、他には誰に精神干渉妨害用の支配をかけてた?」

「お義父様とお義母様、あとライシマカスに騎士団と魔法師団に10人づつ」

「私をいれて計24人か・・・・あと何人までなら支配を解けそう?」

「この程度の支配なら解放は『共感』で事足りるから106人」

 

『洗魂』と『共感』を分けて考えれば、アルバートの支配を破って正気に戻せる人数はそれくらいになる。しかし───

 

「うん。全然足り無いね」

「ほんと。マジで全然足り無い」

 

 セイリオス領都の人口2万人のうち、解放できるのは約1/200の106人程度全く持って足りなすぎる。

 

「あれを使ったら?」

「多分スキルの出力が10倍くらいになるから、後先考えなければ1500人は行けるよ」

「それでも1/13か・・・・」

 

 秘策中の秘策を持ってしてもそれが限界だ。けれど、やってみない事には何も始まらない。

 そう思って、マリーナは自前の風の魔法を身に纏って速度を上げ、ティリヤは精霊魔法でビーストノームを召喚してそれに乗って屋敷に向かい始めた。

 

「ねえティリヤ!」

 

 風を纏った弊害である騒音が会話の邪魔をするため、マリーナは声を張り上げてティリヤに思いついたことを話し始めた。

 

「『魔薬の香』から出てるあの煙! あれを止めたら少しは状況マシになるかな!」

「マシになると思う! 態々目立つあれを炊くのはあれが作戦に重要な役割を担っているから! たぶん! あれがなければアルバートは支配を完全なものにできないんだと思う!」

「オッケー! なら、屋敷についたらそれをお父様たちと共有して作戦を練りましょう!」

「了解!」

 

 二人の会話は途切れることはなく、場違いなほどの暗い空に薄く響いていた。

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

「な、なあ、これ、いつになったら終わるんだ?」

「・・・・・余計なことは考えるな。耐えろ」

 

 二人が地下牢から抜け出して半刻が経ったころ、屋敷には暗澹とした雰囲気が立ち込めていた。

 いつまでも途切れない襲撃、民草に襲われることにより心に入り込む疑心暗鬼、じわじわと自分たちをも蝕む『魔薬』の狂気。屋敷が風上に位置しているため、狂気に墜ちた兵士が少ないのがせめてもの救いだったが、それでもそれらは兵士達の体力を削り、精神を蝕んでいた。

 

「耐えろっていったって、こんなんじゃこの門も破られちまうよぉ!」

「馬鹿野郎! 弱音を吐くな!」

 

 しかし、弱音を吐後輩を叱っている者も限界に近づいている。

 力は弱まり、絶望に心が染まっていっている。

 その者たちだけではない。この場で屋敷を守護している兵士たち皆が、心も体も既に限界に達していた。

 

「─────聞け!勇敢なる兵士諸君!」

 

 その時、声が響いた。

 その声は門の上、その頂きから響いていた。

 

「まずは、この場においても諦めず、民草を護らんとする君達に感謝を─────ありがとう、命を懸けて戦ってくれて。ありがとう、恐怖に抗い前を向き続けてくれて」

 

 震えていて、しかし皆を鼓舞することに命を懸けているその声は、絶望に歪む兵士達の心に火を灯す。

 

「だが、ここに問おう。君達は今、何のために戦っている?」

 

 兵たちは皆一様に疑問を抱いた。何故、と。

 なぜなら彼らは上官から命令を受け、戦場に立っているだけなのだから。だれも目的など知りはしない。それが仕事だから、彼らは鎧を身に纏い屋敷の守護をしている。

 

「金のためもあるだろう、上官から命を受けたからというのもあるだろう──────だが! 貴様らは何故! 重く苦しい鎧を身に纏い、辛く苦しい訓練を熟してきたのだ!!」

 

 声の主は演説など慣れていないのだと、誰でも分かるくらいにその声は震えていた。

 

「かつて、ある魔王は殺された友のために怒り、全てを滅ぼしたという。彼女がそれほどまでに怒ったのは何故だ? ─────愛していたからだ! 友を、大切な者を!狂おしいほどに愛していたからだ!!」

 

 しかし、その声には何よりも『熱』が宿っていた。

 

「貴様らが騎士団の、魔法師団の門戸を叩いたのは何故だ!! 貴様らが恐怖に抗うのは何故だ!!」

 

 その『熱』はどんな炎よりも強く燃え盛り、周囲を巻き込む。

 

「私は思う。貴様らが恐怖に抗い、歩を進める理由、それは────家族を! 友を護りたいがためであったと!」

 

 燃え盛る猛き炎は身を焦がすような大火となり、兵たちの心に宿った。

『熱』を孕んだその体は何処までも純粋なその声に鼓舞され、皆の手にさらなる力が入る。

 

「前を見ろ! 狂気に囚われた憐れな民草を! 我らが護らなければならない者達を!!」

 

 兵たちは改めて彼らを見た。

 無理矢理狂わされ、操られ、目から血涙を流す憐れな者達を視界に入れた。

 

「・・・・・私はこの者達を狂わせた『悪』が許せない。穏やかな彼らを、優しい彼らを、こうした『悪』が赦せない!!」

 

 彼らの顔つきが変わる。

 恐怖に震える『兵士』から、恐怖をねじ伏せ、烈火の如き怒りを身に宿す勇猛果敢な『戦士』へと。

 

「私───次期セイリオス侯爵家当主ライシマカス・セイリオスが認めよう! 勇敢なる戦士諸君!! 怒れ! 叫べ! 前を向け! 優しき民を踏み躙った大罪人共に、断罪を食らわせてやれ!!」

 

「「「「「「お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙ぉ゙お゙ぉ゙!!!」」」」」」

 

 戦士たちが雄叫びを上げ、押されていた戦況を巻き返さんとしていく。

 それを尻目に、演説をした張本人─────ライシマカスは崩れ落ちていた。

 

「はぁぁぁ〜〜〜、もう二度とこんなのやりたくない」

 

 彼は戦況が悪くなってきた折、兵たちの指揮で手が離せない父のペリクリーズに代わって最後の砦である兵士達を鼓舞するという大役を次期当主としてする羽目になった。

 本人がクソ陰キャコミュ障であるのにここまでの演説をできたのはそのカリスマが故か、それとも緊張のし過ぎで一周回って平静になれたのか。平静でもない。これは一種の深夜テンションの様なものだろう。

 

「なんだ? 随分と様になっていたじゃないか。為政者としては所々減点はあるが、この戦時においてはこの上ない演説だった」

 

 そして、彼をこんなところに放り込んだ張本人がライシマカスの前に現れた。

 

「・・・・・父様。指揮の方は?」

「山は越えたのでな、各団長とタイーサに任せてきた。後は削り合いだろう」

「そうですか」

 

 実際、彼もついさっきまでライシマカス以上に忙しなく働いていた。

 その合間に大役をきっちりとこなした息子を労うくらいはしても良いだろう、という判断で妻───タイーサに後を頼み、ここまで足を運んだのだ。

 

「父様、もう20年は爵位に座っていてください。私は疲れました」

「ははは! 卑屈なところは相変わらずか! ・・・・・・・それで、どれほど保つと思う?」

 

 ペリクリーズは声色を険しいものにし、ライシマカスに問うた。

 

「・・・・・厳しいでしょう。あの白煙、恐らくあれが今回の事件と何らかの関係があるのでしょうが、なんとも言えない。兵士達の士気が上がったとはいえ、戦力自体が増えたわけではない」

「・・・・・そうだな」

 

 その時、小さな声を二人の耳は拾った。

 声の発生源は空。二人は同時に目を向け───安堵の息を吐いた。

 

「後で説教だな」

「程々にしてあげてくださいね、父様」

 

 

「「みんなー! 無事ですかー!!」」

 

 

 誘拐されていた『ティリヤ・セイリオス』と『マリーナ・セイリオス』が、空から舞い戻ってきた。

 

 

 

 

 

 *************

 

 

 

 

 

「・・・そうか。ティリヤと同系統のスキルを持つ男『アルバート』に『魔薬の香』か・・・・・厄介な」

「ええ、先程上空から確認したところ、中央の大広場にアルバートが陣取っていました。やつさえ叩けば、まだ勝機はあります。しかし『魔薬』による民衆の健康被害を考えるのなら、できるだけ早期に行動した方が良いでしょう」

 

 地下牢から脱出した二人が合流した後、速やかに情報のすり合わせが行われた。

 問題が重なっていて、解決は困難だ。しかし大体は解決できないと云うほどでもない。

 よって一番の問題は───

 

「やはり『魔薬』が使われたことが問題か。あれは南方の─────」

 

 そうして考察を重ねるペリクリーズとマリーナを他所に、ライシマカスとティリヤは別の話をしていた。

 

「なあ、どうしてお前らは空から入ってきたんだ?」

「ああ〜、それかぁ。私、最初はビーストノームを召喚してそれに乗って移動してたんだけど、門の前が戦場なっちゃってるでしょ。それに迂回するのも時間が惜しかったから、ビーストノームを消して風魔法で空を飛んでたマリーナに掴まって。って感じ」

「ああ、そういうことね・・・・・・それと、ノウェムさんの方はどうなってるか分かるか?」

 

 こちらがライシマカスの聞きたかった本題だろう。

 ノウェム様がここにいれば、今回の騒動は必ず解決する。だからライシマカスは侯爵家でノウェム様と近い私にこれを問いたのだろう。しかし私はこれに色よい返事を返せない。

 

「さっきそっちで調査に向かったって言ってたでしょう? 多分それが終わらないと帰られないと思う。思念伝達も届いてないみたいだし」

「・・・・・そうか」

 

 空気が暗くなる。

 事件解決の糸口が一つ潰えたのだのだから当然だ。

 

「二人とも、方針が決まったよ!」

 

 しかしその時、ちょうどペリクリーズとマリーナの話も終わったようで呼び出しがかかった。これ幸いと、二人ともそれに食いついた。

 そこでペリクリーズはいつになく真剣な顔で、作戦を説明した。

 

「いいか、良く聞きなさい。ティリヤは『共感』で出来るだけ多くの兵士が操られないよう保護してくれ。処置を施した兵士達で街の四方に展開されている『魔薬の香』を奇襲する。屋敷は放棄しても良い。可能な限りの戦力を香潰しに注ぎ込む」

「ではアルバートは?」

「奴は中央の大広場だ。そこに最大規模の『魔薬の香』と共に陣取っている。奴は───少数精鋭で叩く」

「なぜですか?!」

 

 ペリクリーズから伝えられた作戦は度肝を抜くものだった。

 敵一番の戦力陣地に少数で挑むというのだ。正直言ってティリヤには無謀としか思えなかった。

 

「アルバートが強いからだ」

「───っ!」

「お前から聞いた話では、奴は騎士団長よりも強かった。そうだな?」

「・・・はい。お義父様」

「なればこそ、雑兵では返り討ちにされるだけだ。強者には強者をあて、他四ヶ所の香潰しが完了した兵士達が合流するまでの時間稼ぎをせねばならん。たとえその時間稼ぎで死人が出たとしてもな」

 

 しかし、二人の疑問に対するペリクリーズの疑問は厳格だった。

 合理的だ。領主としての責任と義務を念頭に置いた、合理的で、冷徹で、優しい決断。

 

 だからこそ、この作戦は失敗するわけにはいかない。

 

 ティリヤも、ライシマカスも、覚悟を決めた。

 自らの命を賭しても、アルバートを討つという覚悟を。

 

「じゃあ、行きましょうティリヤ」

「うん。行こう、マリーナ」

 

 セイリオスの名を持つ者達が、覚悟を宿して行動を開始した。

 

 

 

 

 

 ***************

 

 

 

 

 

 アルバートは戦況を静観していた。

 

 街を使ったチェスの対局をしている。

 それがアルバートにとっての今回の事件の認識に最も近かった。

『魔薬』を撒き、スキルを使用し、後は戦局を見極めて、状況にあった位置に適切な駒を配置するだけ。そんな何の変哲もない、いつも通りの作業を少し規模を大きくしただけ。それだけだった

 

「ほう。侯爵が動いたか」

 

 前線に動きがあった。

 数時間以上も停滞していた門の制圧が一気に進んだのだ。しかしそれを安易に作戦の成功とは喜べない。急に抵抗がなくなったのだ。確実に何か裏がある。

 

「領都外へ逃げたか、それとも兵が離反したか、それとも・・・・・」

 

 その時、轟音が響いた。

 一方向からだけではない。同時に四方向───ちょうど『魔薬の香』を設置した地点から、耳鳴りがするほどに大きなその音は響いてきた。

 

「───っ! そう来るか、侯爵!」

 

『魔薬の香』の排除。

 それを侯爵は優先したのだろう。しかしそれは悪手だ。現在の『魔薬』で精神干渉への耐性が鈍っている状態ならば、再度支配下に置くことなど容易い。

 

「貴様らに民衆を殺せるか? 再度支配を───」

 

 アルバートは再び支配の力を行使しようとスキルを熾した。

 

「させると思うか?」

 

 ───殺気

 

 怖気を感じ、咄嗟に剣を背後に振るう。

 

 火花が散った。

 

 剣を間に相手の顔を視界に入れたアルバートは驚きに目を見開き、そしてすぐに口の端を釣り上げた。

 

「まさか侯爵閣下ご本人が来るとはな」

「当然だろう。私は侯爵、民の命を預かる者だ。ここまで好き勝手にされては、私も怒りが収まらなくてな。それに───今この領地の人間で最も強いのは私だぞ」

「それは結構」

 

 アルバートは反転し、後ろに飛び退き───

 

「私達を忘れられたら困るのだけど?」

 

 ───二方向からの魔法の追撃にあった。

 角度と方向から逆算した魔法の発射地点に目をやれば、少女が二人。そう、少女が二人だ。

 

「・・・・・あぁ」

 

 その少女の片割れを虹彩を通して脳に映し、その輪郭を理解した瞬間、アルバートのテンションは最高潮に昂ぶった。

 

「どうやって牢から出た?」

 

 しかし、その昂ぶった感情を表情にはおくびにも出さず、アルバートは言葉を紡いだ。

 

「分かっているでしょう? 私は貴方と同じように精神系のスキルを持っている。看守を洗脳すればあの程度造作もない」

「そうか。あの者は精神干渉に対する訓練を受け、耐性を獲得していたのだがな。その上からか・・・・・馬鹿げた出力だ」

 

 その言葉を皮切りに、アルバートはセイリオス領で最も強いペリクリーズ、ティリヤ、マリーナの三人を相手に戦闘を始めた。

 

「【筋力増強(ストレングス)】【速力増強(アジリティー)】」

 

 マリーナがペリクリーズに支援魔法を施した。先程まで僅かに速度で劣っていたペリクリーズが、アルバートに並ぶ。

 

「【泥手(マッドハンド)】【土石大魔弾(ストーンショット)】!!」

 

 ティリヤの魔法により生成された土の巨腕がアルバートを捕らえんと動き回る。その間にもペリクリーズとアルバートが斬り結ぶ。その隙を狙ってペリクリーズと連携し、石礫を打ち出す。

 

「その年でそこまでの魔法を扱うとは、見事なものだな!」

「娘たちに不躾な視線を向けるな、賊が」

 

 

 

 その後も、三人とアルバートは一刻以上、戦闘を続けた。

 

 

 

 止まない魔法の嵐、隙のない剣戟。

 この連携を受けて無事でいられる者などこの国には片手の指の半分も存在しないだろう。

 

 しかしそれ以上にアルバートが強すぎる。

 

 魔法を剣の腹で受け流しながら、ペリクリーズの猛攻をいなす。その間も絶えずティリヤと狂気に墜ちた民衆たちの支配権の争奪戦を繰り広げている。

 勇者でもないただ人間が同時並行で対応できるレベルの攻撃ではなかった。しかし、アルバートは対応しきった。

 

 その証拠に、周囲の民衆の支配権はティリヤに奪われたが、アルバート本人の体には大きな斬り傷と打撲が数カ所。それと対して大きくもない裂傷が数十ある程度だ。

 

 対象的に、ペリクリーズは胴を横一文字に切り裂かれ血が夥しいほど出ており、マリーナは肉体的な傷こそ殆ど無いが魔素が尽きかけている。ティリヤはまだどちらも余裕があるが、それでもこの差を埋められるほどの力を無制限には放てなかった

 

「・・・・・やはり、お前達は強い。でも、ただそれだけだ。奴ほどの理不尽さもなければ、あの少女程の悍ましさもない。所詮は徒人があがいているに過ぎん」

 

 悔しいが、彼の言葉は的確だった。

 彼らは歴史に名を残せる程の才覚を持ち得ていない、限界まで努力した凡人だ。彼らはそれを自覚している。

 

 ペリクリーズは修練の果、老いた師に敗北したが故に、

 マリーナは妹弟子とも呼べる義姉の成長を見たが故に、

 ティリヤは敬愛する人の強さを間近で見てきたが故に。

 

 彼らの才能は所詮、ただの才人の範疇に収まるレベルだ。才覚の程度など、伝説の勇者たちと比べられようはずもない。

 

 しかし、彼らには意地があった。

 

 領民の命を預かる領主としての意地が、

 義姉の為に命を賭す友としての意地が、

 救われた者として恩を返す為の意地が。

 

 それを貫き通せぬままに死ぬなど、到底受け入れられない。死んでも死にきれない。

 だから立ち上がろうとした。しかし、限界を訴える肉体はそれを許さなかった。

 

 足が上がらない。

 手が動かない。

 心臓がうるさい。

 

 じんわりとした熱が彼らの体を蝕んでいた。

 

「漸く効いてきたか。ここ以外を破壊されたとはいえ、『魔薬』は依然として残留している。そんな場所で一刻も戦っていれば耐性を得ていたとしても薬は体に回る」

 

 他の地点を襲撃した兵士達や騎士団長や魔法師団長、そしてライシマカスも既に魔薬に犯され正気を失った後だろう。『魔薬の香』を取り除くため至近距離で吸い込んだのだ。当然の結果と言える。

 

 この場で今だ正気を保っていられる者はアルバートと、そして────

 

「これで邪魔者はいなくなった。なあ、共に語り合わないか?」

「嫌」

 

 ───ティリヤのみだった。

 

 

 

 

 

 **************

 

 

 

 

 

 状況は絶望的だ。

 アルバートとティリヤ以外、正気を保って立ち上がっている人は誰一人としていない。

 そしてアルバートは傷を負ってはいるけどまだ戦闘継続可能───詰みだ。

 

「貴様に拒否権はない・・・・・・なあ、話をしよう。私と似たスキルを持つお前とは是非語り合いたかったのだ」

「断る」

 

 アルバートの胸中には暗い思いが立ち込めた。自ら彼女に嫌われるような行為をしていながら、彼は彼女とか語り合うことを未だ諦めてはいなかった。

 

「なぜだ?」

「黙れ蛆虫」

 

 ティリヤも怒りが湧きすぎて冷静ではない。

 ノウェムに救出されてからの二年前、彼女はこの街で過ごし続けた。最初の数カ月こそ誰も信用できず常にノウェムに引っ付いて離れなかったが、暖かな侯爵家の人達に段々と心を開いて漸く、ここまで回復したのだ。

 そんな大恩ある人達と彼らが愛した街を踏み躙った眼の前の男が、ティリヤには赦せなかった。

 

 しかし、ティリヤがいくら強がっても事態は解決には向かわない。それどころか時間をかける度、『魔薬』が皆を蝕み精神を破壊していく。

 

 状況は最悪だった。

 しかし、ティリヤの冷静な部分が最後の足掻きをお見舞いしろと叫んだ。

 

 彼女の最後の足掻き。

 ティリヤが懐から取り出したそれは───

 

「魔素の塊? いや、違う───魔物か!?」

 

 ───()()()()()()()()()()()()、その一部だった。

 

「以前、ノウェム様から本当の緊急事態───死にそうな状況にと頂いたものです。既に絶滅してしまった、ある特異な特性を持った魔物の遺骸の破片だそうです。その魔物の特異性、それは───」

 

 アルバートはその破片に込められた魔素に本能的な危機感を抱いた。

 走っていくるティリヤから逃れようと後ろにステップを踏み───

 

 

 

 ────ほんの一瞬、空気を切り裂いた絶対的な死の気配に体が硬直した。眼の前の破片の気配ではない。もっと根源的な、夥しいほどに醜悪な呪詛にも、召されるほどに神聖な魔法にも感じられる圧倒的な『力』の奔流。その、指先にも満たない気配をほんの少し感じただけで、アルバートの体はかつて無いほどの恐怖に支配され────

 

 

 

 その一瞬の間にティリヤはアルバートの懐に入り込んでいた。

 

「───っしまっ!!」

「─────地獄に、落ちろ!!!」

 

 ティリヤの拳がアルバートの顔面を真正面から殴り飛ばした。

 殴ったと同時にティリヤが手放した魔物の破片が、アルバートの眼前で光を放つ。

 

 そして────爆ぜた

 

「ぁ゙ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙っ゙っ゙!!」

「その魔物の特異性、それは───死の間際、極大の爆発を引き起こす。だそうですよ」

 

 その言葉を最後に、二人は空を赤く染めるほどの爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶざっ゙、げる゙な゙ぁ゙ぁ゙!!」

 

 だが、アルバートは倒れなかった。

 燕尾服はボロボロに破れ、皮膚は爛れ、骨は折れ、肉が剥き出しになっている。

 しかし、剣を手放さなかった。

 

「ごん゙な゙・・・お゙わり゙、がた・・・・・な゙っどく、で゙ぎる、がぁぁ゙!!!」

 

 ティリヤにはもう反撃の手段は残っていない。

 爆発の威力を上げるため、先程の破片に注ぎ込んだのが最後の魔素だった。

 体は動かない。魔法も打てない。出来るのは、ただ待つだけ。

 

 アルバートが剣を振り上げる。

 技術もへったくれもない、無様だが、確実に彼女の命を刈り取る剣だった。

 

 狙いをティリヤの喉元に定め─────

 

 

 

 

 

 ────超高速で飛来した()()がが、振り下ろした剣を受け止めた。

 

 

 

 

 

「な゙っ!」

 

 それが地面に激突した際に巻き上がった土煙が段々と晴れ、飛来物の正体が顕になる。

 倒れた視界で()()を視界に入れた瞬間、ティリヤの心はこれ以上ないほどの、至上の歓喜に包まれた。

 

 何故なら、それはずっと待ち望んでいた()()

 いや、ずっと待ち望んでいた()だったのだから。

 

 煙が完全に晴れると、アルバートの剣を刀が下か押し留めているのが見える。

 

 そして、目に入るのは黒と白、そして鮮やかな赤。

 真っ黒な頭髪と獣耳をもち、真っ赤な桜が散りばめられた白い着物を身に纏った少女が二人の間に現れていた。

 

 

 

「────ノウェム様!!」

 

「遅くなってごめんね、ティリヤ」

 

 

 

 ノウェム────現着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****************

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期市を周り終えてライシマカスは自身の部屋へ戻り、私はペリクリーズとタイーサと話に行った。

 

「────報告します!!」

 

 二人と市で見つけた商品のことだったり、子供たち三人の様子を報告し合ったりして談笑していると、執事長が部屋に入ってきて、王都から来たという伝令を告げてきた。

 

 曰く、ここ数ヶ月王都で実力のある者達が行方不明となり、忽然と姿を消したらしい。

 被害者の中には私ですら聞いたことがあるほどに名の通っている実力者までいたのだから余計驚いた。

 

 だからそれの調査に買って出た。定期市がやっているとは言ったものの、暇だったのだ。

 そうして、渋るペリクリーズからタイーサに秘密にしている幼少期の秘密をバラさないことを引き換えに調査の許可をもぎ取り、調査を開始した。

 

 転移で王都に向かい、実際に行方不明者が出たという地点で事件の痕跡を調べると、意外な事実が浮かび上がってきた。この事件にはただの人間ではなく、『真なる人類(ハイ・ヒューマン)』が関わっていたのだ。

 真なる人類とは言っても、ルドラやルシアのように戦闘もできる超人ではなく、どうやら演算能力に特化した個体のようだった。しかしその人物と共にいたであろう人間はかなり強そうだ。勇者とかの例外を除けば、人間としては世界最強レベルだろう。

 

「どちらを先に調査しましょうか」

 

 正直どちらでも良い。彼らの痕跡がここに残っているのだから『霊知』で痕跡の主の居場所を特定し、そこに転移すれば良いだけなのだから。

 

「う〜ん・・・・・まぁこの時代に現存してる真なる人類も気になるし、そっちにしよっかな」

 

 そう思い、私は真なる人類がいる地点から少し離れた場所に転移した。

 

 

 

 ─────────

 

 

 

 転移した先は大陸南方の岬、荒れ狂う海の近くだった。

 そしてそこに─────高くそびえる塔があった。

 

「よりにもよって魔塔ですか」

 

 ならば、中にいる人物は予想がつく。

『神祖』トワイライト・バレンタインが生み出した最古の魔人たち『神祖の高弟』と呼ばれる者の一部がいるのだろう。

 

「高弟がどうして誘拐なんて起こしたんだか」

 

 そこは疑問でしか無い。

 彼ら神祖の高弟にとって人類とは圧倒的な弱者であるはずだ。力を奪ったとしても大した影響があるとも思えなかった。

 しかし彼ら程の人物が事件を起こしているのなら、なおさら調べないわけにはいかなくなった。本来なら彼らを刺激するのは避けたいのだが、先程から嫌な予感がするのだ。一刻も早くセイリオスに戻るべきだろう。

 だから、魔塔には面倒な結界が張られているようだが、押し通ることにする

 

「────『静寂』」

 

『静寂』を身に纏い魔塔に向けて飛行する。途中、結界が私の行く手を阻み────霧散した。転移を阻害していた複雑強固な結界が消滅したため、私はそのまま魔塔の最奥、特に強い反応がある場所に転移する。

 

 転移した場所にいたのは三人。

 一人目は私が転移のマーカーとしては利用した小柄で眼帯をしている金髪の真なる人類、

 二人目は険しい相貌と鋭い眼光が特徴的なロマンスグレーの髪の吸血鬼(ヴァンパイア)

 そして三人目は飄々とした雰囲気の上に赤胴色の肌に真紅の角をもつ火精人(エンキ)

 

 まあ、とりあえず失礼なことをしてしまったのだから挨拶と謝罪から入ろう。

 

「こんにちは。それと申し訳ありません、入るには面倒な結界だったので破壊してしまいました」

「喧嘩を売っているのかな?」

 

 火精人がそう返してくる。しかし仕様がないではないか、急いでるんだから。

 

「いえいえ、とんでもない。私は今回の、そちらの真なる人類の方に調停者として質問があったから赴いたんです」

「調停者だと!?」

「私に?」

 

 吸血鬼と真なる人類が驚いたように声を上げた。

 これは少し時間がかかるなあ、と思いながら、私は彼らに事の経緯を説明し、彼らにも事情を話してもらった。うん。話してもらったのだ、が────

 

 

 

 

 

 ─────結論から言おう。コイツら殺そう、世界の害悪だ。

 

 神祖が作った生命体の始祖達は一体を除いてその殆どが『失敗作』だったという。

 親に失敗作扱いされて精神が歪んだのは同情しよう。しかし、流石にこれは酷すぎるんじゃなかろうか? 

 

 高弟八位のプリクレスというらしい吸血鬼───本来の種族名は真夜中の吸血鬼(ナイトストーカー)というらしい───は人類を糧としか見ておらず、奴隷として使役して吸血鬼の繁栄を目指すつもりらしい。これは正直どうでも良い。彼も覚醒魔王級かそれ以上の力を持っているが、それを進めようとすればルドラたちが立ち塞がる。彼の計画に未来はない。

 

 高弟四位のアシュレイというらしい火精人は弱肉強食というこの世界の絶対不変のルールの下、強者がより高みを目指すための社会を構築したいらしい。正直彼の意見は否定するつもりはない。弱肉強食というのはそれほどまでに根源的な世界のルールだからだ。

 

 しかし最後、高弟十三位のピピンというらしい真なる人類。事件の下手人である彼女の考えは許容できなかった。

 

 彼女はマッドサイエンティストだ。

 

 曰く、人類という()()()()()()()()()()()()を文明の発展のため、()()()()したいらしい。

 どうやら今回の事件も彼女が実験素材確保のため、独断で起こしたものだったらしい。そして彼女は戦闘能力が皆無なため、テュロス王国の裏で名を馳せていた者に代わりに襲わせたと。そしてそれに悪びれる様子もない。

 

 うん、論外だ。

 そして彼女たち最古参の三賢人(トリニティワイズマン)にはもう一つ野望があるらしい。

 

「・・・・・それで、貴方達は竜種を支配したいんでしたっけ?」

「ああ。竜種が最強という永遠不変の真理。これを覆すのが僕たちの命題だ」

 

 正直言って馬鹿だし無謀だ。

 支配できたとしてもアホで考え無しなヴェルドラだけだろう。現存する他2体の竜種がこの程度の奴らの支配に抗えないわけがない。

 

「ん?」

 

 しかしそんな事を考えていた時、何らかの術の干渉を受けた。

 

「かかった!」

 

 これはどうやらピピンが発動した術のようだった・・・・・・正直に言うと、彼らと話している時からずっと術を構築しているなと気づいていたけれど、特段問題ないと判断したので受けた。

 

 私を動けなくしてエネルギーを絞り取る術のようで、普通の覚醒魔王程度ならこれで片が付いていただろうと思えるほどの術式だ。

 だが、今回は相手が悪すぎた。

 この程度の術ならば、亜種とはいえど竜種であるこの肉体が自動的に無効化する。マジで何の影響もなかった。

 

 というか、なんかもうコイツらが可哀想になってきた。

 最初は、魔塔という空間内においてだがラミリスさんの権能を再現しているピピンに感心し、流石に古くから生きているだけはあると思い、敬意すら抱いたのだが蓋を開けてみればこれだ。

 

 しかしこれ程までの術を自らの手で作り上げた先人達へ敬意を表して、普段は使わない一撃で終わらせてあげよう。

 

 ピピンが発動した術を無視し、鞘から刀状態の九曜を抜く。そして───

 

 

「九曜────偽装解除」

 

 

 瞬間、魔塔が軋んだ。

 

 その気配が出現し、最古参の三賢人の三人は心核の底から、いや、魂の底から震え上がった。

 濃密な死の気配。圧倒的で、超常的で────何より絶対的なその『力』に、かつて無いほどに悲鳴を上げる生存本能が全身の細胞に逃げろと、この場から離れろと命令する。

 

 ノウェムは何もしていない。ただ刀を握り、呟いただけ。

 しかしその刀の秘める力は正に『怪物』

 

 

 

 それが『九曜』────世界に僅か八本のみ存在する、創世級(ジェネシス)のひと振りである。

 

 

 

 そして、

 

 一閃

 

 その斬撃は最古参の三賢人の持つスキルや耐性の一切を斬り裂いて、塵すら残さず一瞬にして彼らをこの世界から消し去った。

 

 

 

 

 

「っっ! あれが使われた!? ────ティリヤ!!!」

 

 最古参の三賢人を葬り去った直後、九曜に偽装をかけ直したタイミングでティリヤに渡していた魔物の遺骸が砕け散ったのを感知し、ノウェムは脇目も振らずに魔塔を去った。

 

 こうして、余りにも呆気なく、かつ余りにも不格好に、最古参の三賢人は───事件の黒幕は永久にこの世を去り、そしてノウェムはティリヤの元に駆けつけたのである。

 

 

 

 

 

 ****************

 

 

 

 

 

「お、おまえ・・・・は・・・」

「? 貴方は私を知っているようですね」

 

 ノウェムとアルバートが言葉をかわす。

 それだけの行為が、たったそれだけの行為が、ティリヤにとってはノウェムの声が聞けるという点で何よりも喜ばしい瞬間だった。

 ふいに、ノウェムがなにかに気付いたように目を見開く。

 

「この匂い・・・・・魔薬? それにその顔立ちは南方の─────ああ、そういう事ですか」

「───っ!」

 

 アルバートが声にならない声を上げる。そして互いに、目線を合わせた。二人とも、相手が誰だか分かったのだ。

 

「貴方は───

「間違いねぇ。お前は───

 

 両者同時に口を広げ、

 

 ───ヴァロワの生き残りですか」

 ───おれの故郷を滅ぼした化け物か!」

 

 

 そう、互いに結論づけた。

 

 

 

 

 

 ──────────

 ───────

 ────

 

 

 

 

 

 アルバートという男は大陸の生まれではなかった。

 彼は大陸の南方の沖に位置する『ヴァロワ』という島国で生まれ育ったのだ。

 

 ヴァロワは特段目立った資源もないありふれた弱小国家の一つだった。特徴といえば、島国のため漁の邪魔をする海からの魔物に常に悩まされていたことと、その海のお陰で食料には困らなかったことぐらい。

 

 しかしアルバートが10歳の頃、とある魔物の出現がヴァロワの運命を変えた。

 

 それは虫型の一見すると普通の魔物だった。しかしその魔物から採れる鱗粉は気分を高揚させ、吸った者に幸せな夢を約束した。

 ヴァロワの者達はその鱗粉に夢中になり、研究した。鱗粉に改良に改良を重ね、そうして僅か7年で出来上がった逸品。それは、後に『魔薬』と呼ばれることになる薬の雛形だった。

 その薬は瞬く間に国の主要な販売店に流通するようになり、広がっていった。そしてヴァロワの人々はそれを世界にもばら撒こうとした。

 

 それが『調停者』の逆鱗に触れた。

 世界を危険に晒す禁忌を犯したと、判断されたのだ。

 かくして、ヴァロワは一夜にして島ごと歴史から姿を消した。

 

 偶然にもそれは、アルバートが夜間の漁に出て、船に乗って島に帰っていた最中に行われた。

 

 天から降り注ぐ禍々しい黒い光の奔流。

 それがアルバートの眼の前で島に吸い込まれ─────目を開けば、島は消滅していた。

 アルバートは空を見上げ────黒い光の主を目にした。

 

 黒い髪に白と赤の服。そして頭頂部と尾てい骨の辺りから生えた、人間にはない器官。

 

 その存在を目に焼き付け、17歳のアルバートは意識を失った。

 

 

 

 

 

 その後、大陸に流れ着いたアルバートは旅をした。

 旅をする中で『操心者』のスキルを手に入れ、テュロス王国に流れ着いた。

 

 こうして、故郷で学んだ例の魔物の鱗粉から依存性の高い魔薬を作り上げ、テュロス王国の裏社会を支配する傑物『アルバート』が誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 ────

 ───────

 ──────────

 

 

 

 

 

 互いに声を上げた二人の間には数瞬、凍えてしまいそうなほどの静寂が訪れた。

 

「───はぁっ!!」

 

 しかし、その静寂はアルバートによって破られる。

 ボロボロになった体での最後の力を振り絞り、眼の前の化け物を殺さんと、一矢報いんと剣を握って走り出し────

 

「『耐性があったとしても薬は体に回る』でしたか? 正にその通りですね」

「なっ、にを─────」

 

 ────洗狂師の操り人形と化した。

 

「ティリヤ、大丈夫?」

「ありがとうございます、ノウェム様。でも、大丈夫です」

 

 ノウェムは心配そうな表情でティリヤに声を掛ける。大丈夫だと言っても神聖魔法で治癒を施してくれるのはそれだけ大切にされている証だろう。

 そんなノウェムの様子に身を裂かれるような想いをしながら、ティリヤは身体の自由のみを奪った自らの操り人形に語り続けた。

 

「貴方は幼少期から『魔薬』を摂取していたのでしょう。だからこの高濃度の中で動き回れるほどに魔薬への耐性が強かった。でも、限界はあるんでしょう? 長時間の戦闘にし、息を乱れさせればいつかは『魔薬』が体に回る。それを狙うのが二人の計画でした・・・・・どうですか、気分は?」

「・・・・・あぁ、最悪だよ」

 

 スキルも魔法も、肉体の操作すら封じられて、可能なのは思考と口を開くことのみ。

 たとえ動けたとしても肉体は既に壊れかけで、なおかつ彼女に触れようとすればあの化け物が俺をまた殺すだろう──────完全に詰みだ。

 

「魔薬の解毒薬は?」

「・・・・・俺用に一つだけだ」

「・・・クソッ・・・」

「ははは、はっははっはは!! ああ、最後にいい顔が見れた!」

 

 そう言って笑うアルバートは、やはりどうしようもない程に人でなしで、どうしようもないほどに人間だった。

 その笑顔は、彼への悪感情が一瞬霧散してしまうほどに純粋な笑みだった。

 

「・・・・・どうせ俺はもう、長くない・・・武器、でもスキルでも・・・・好きに持ってい、きやがれ・・・・」

 

 それだけ言い残し、彼は目を瞑り、二度と目を開くことはなかった。

 彼の最後を看取ったティリヤは、一瞬だけ顔を伏せ掌を合わせた。

 

「アルバート。大嫌いだけど、一応は弔ってあげる」

 

 

 

《確認しました。個体名ティリヤ・セイリオスはユニークスキル『操心者(ドミネーター)』を獲得しました》

 

 

 

「げえ!?!」

「あーらら、『操心者』獲得しちゃった・・・・・えーと、ドンマイ?」

「ノウェム様!!」

 

 最後まで厄介な男だったと、ティリヤの記憶にはアルバートの名が改めて刻まれた。

 彼女はそんなもの刻まれて欲しくなかったであろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 **************

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ティリヤ」

 

 感傷に浸れる刻限も近づき、いつになく真剣な顔つきでノウェムがティリヤに話しかけた。

 

「ノウェム様」

 

 ティリヤも、さっきまでの気持ちではいけないと悟ったのだろう。顔つきが変わる。

 二人がいる場所は依然として魔薬の煙が蔓延する危険地帯かつ、正気を失い、命令する主も失った民たちが彷徨っているのだ。これを放ってはおけない。

 

 ノウェムは自分たちを囲む彼らを一瞥し、ティリヤの方に向き直り、問いた。

 

「ティリヤ。貴方、覚悟はある?」

「覚悟?」

「そう。何かを失ってでも、街の皆を元に戻す覚悟」

 

 少し迷った。ノウェムがこういうことを言う時は決まって、なにか重大な決断が迫られている。

 しかし、この判断には、そこまでの時間はかからない。いや、少しも迷う理由がなかった。

 

「あります」

「うん。良く言った! ・・・・・じゃあ、始めるよ」

 

 ここで? という疑問もあったが、口に出さないことにした。皆を助けるのなら早いほうがいいだろう。

 

「九曜───鉄扇」

 

 ノウェム様が手に持っていた刀にそう呟いたと同時、刀の形状が扇へと変化した。

 

 彼女はその扇を手に持って─────横にひと振りした。

 

 瞬間、暴風が吹き荒れる。

 その風は何もかもを飲み込むかのような勢いを持っていたのに、眼前にかざした腕の隙間からは、領都全域から『魔薬の香』の白煙だけがノウェム様の手の中に吸い込まれていく光景が見える。

 

「・・・・・すごい」

 

 吹き荒ぶ風が収まり、辺りを見渡せば、晴れ渡る青空と音のしない街の景色が広がっていた。空気中から『魔薬』の成分は何一つ感じられない。

 

「うん。後はティリヤの仕事だよ」

「っはい! ・・・・でも、何をすれば? 私の力では皆を救うなんて不可能です」

「君は今、感覚と感情の共有と洗脳を得意とする『洗狂師(エヴァンジェリスト)』と、状態の共有と意識の誘導を得意とする『操心者(ドミネーター)』の、精神系でも上位に位置する二つのユニークスキルを持っている。それに、今の君の心ならできるよ」

「・・・なにg────」

 

 言葉は続かなかった。

 

 

「────『世界宣告』」

 

 

 世界の言葉が響き、それにあっけにとられてしまったからだ。

 

《告。個体名ノウェムより、個体名ティリヤ・セイリオスに祝福(ギフト)が贈与されました》

 

 ノウェムからの祝福。

 その響きは甘美で、まるで甘い密のように私を蝕む。

 

 嫌ではなかった。むしろもっと私を犯して欲しいと、そう思った。

 

『全部全部溶けてしまって

 二人一つになるまで

 もっともっと締め付けて奪ってほしい』

 

 それくらいこの愛おしい感覚に溺れていたかった。

 

『ずっとずっと傍にいて腐って

 声が体が枯れるまで』

 

 それぐらい彼女に恋して───愛して止まない。

 

《確認しました。ユニークスキル『洗狂師』が祝福を得て、ユニークスキル『操心者』を生贄に進化に挑戦・・・・・・・・・・成功しました》

 

 私はこんな人間だったんだって、覚えていて欲しい。

 私は貴方に恋してたんだって、ずっとずっと永遠に、覚えていて欲しい。

 

 

《ユニークスキル『洗狂師』は究極能力(アルティメットスキル)聖劇之王(シリウス)』に進化しました》

 

 

 ああ、だめだ。

 喜びで、歓喜で、愛で、恋で、狂喜で────おかしくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 至福の時間が過ぎ去り、体に新たな能力(スキル)が馴染んできた。

 その絶妙なタイミングで、ノウェム様は話しかけてくる。

 

「・・・聖劇之王」

「使い方は分かるでしょ? 補助はしてあげるから」

「・・・・・はい」

 

 地に倒れ伏すマリーナの近くに行き、彼女を抱き抱える。

 

 息を吸い、深呼吸をする。

 これからやるのは今までとは比べ物にならない規模のスキル行使だ。私一人の演算能力で進化したてのこの力を扱い切ることは難しいだろう。

 

 しかし───

 

「・・・・いきます」

 

 背中にノウェム様の柔らかい手が当てられる。

 ああ、これだけで緊張なんてどっかに行っちゃうんだから、この人はすごいなあ。

 

「───『桃源侵舞』」

 

 記憶を代償に、演算能力や解析能力を含めた私の全能力が飛躍的に上昇する。

 前の世界での記憶全てを生贄にしたから次に目を覚ました時、私は今とは少し違う人間になるだろう。それでも良かった。

 

「───『共感』」

 

 領都に住む人達全員に進化により変化した『共感』を施し、記憶と感情にパスを作る。

 本来なら、ここから彼ら一人一人を能力の対象として選別しなければならないが、それはノウェム様がやってくれているから、私は術の行使に専念できる。

 

「───『洗魂』」

 

 聖劇之王にスキルが進化したことで『洗魂』の権能も変化した。

 元は洗脳しかできなかったのだが、アルバートがやっていたように対象の状態を別の対象にも共有させ、多くの人に一瞬で同様の効果をもたらすことが出来るようになった。

 

 ノウェム様がマリーナに神聖魔法をかけた。神聖魔法では魔薬の効果は取り除けないが、洗魂が発動した状態でかけられた魔法のため、洗魂の影響下にある者全ての肉体的損傷が綺麗さっぱりと消え去った。

 それを確認した後、マリーナの口にアルバートから奪った唯一の解毒薬を含ませ、嚥下させる。

 

 効果は直ぐには現れなかった。

 しかし、聖劇之王の支配下にある狂気に墜ちたセイリオス領都の住人20132人の瞳に、光が戻りかけていることは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリーナの瞳がゆっくりと開かれる。

 そのまま辺りを見回し、瞳に輝きを取り戻した人々を視界に入れた彼女の顔には安堵の色が宿った。

 そして、ゆっくりとティリヤの方に向き直り────

 

「・・・・・お疲れ様、ティリヤ」

「────っ、うん! マリーナ!」

 

 少女たちの再会を、邪魔する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・こんなものかな」

 

 老いた女が筆を置いた。

 つい先程まで書いていた紙を封筒に閉じ、引き出しにしまう。

 女は椅子から立ち上がり、ふらつく体に鞭を打って書斎から出て、寝室に向かった。

 

 女の歳は71。この世界ではかなりの長寿で、いつ死んでもおかしく無かった。そのうえ女は数年前、不治の病に犯された。

 彼女は自覚している。自らはもう長くはないのだと。

 

「まったく、年は取るもんじゃないね」

 

 強がっても、部屋の移動にはかなりの労力を要した。

 寝室前に辿り着いた女はドアを開け────

 

「久し振り、ティリヤ」

 

 ────愛しい人を目にした。

 

「お久しぶりです、ノウェム様」

 

 家には彼女以外に誰もいなかったはずだが、ティリヤは気にせず挨拶を返した。

 

「最後に会ってから3年、案外早かったですね」

「最近は召喚者が多くなってきたから忙しくてね」

 

 少しバツが悪そうにそう言って頬を掻く彼女の姿は、初めてあった時から何一つ変わっていない。まるで彼女一人だけ、世界に取り残されているかのようだった。

 

 ノウェムは未だにドアの前に立つティリヤに手招きし、ベッドに寝かせて毛布をかけた。

 ティリヤからしたら敬愛する彼女にこんなことをさせるのは躊躇われたのだが、そんな事考慮せず、彼女はそれを敢行した。

 

「過保護ですよ」

「・・・・・ティリヤも薄々気づいてるでしょう?」

 

 苦笑するティリヤとは対象的に、ノウェムは顔を暗く、鬱屈としたものに変化させた。そんな彼女の表情を見て、自分の直感は外れていなかったのだとティリヤは確信を持つ。

 

「・・・・やっぱり私、今日死ぬんですね」

「うん。生命力が限界。死んでないのが不思議なくらい。それにスキルの制御も最近は衰えてきているんでしょう?」

「バレてましたか・・・・はい。ここ数年はスキルを熾そうとすればそれだけで倒れそうになります」

「寿命だから、仕方ないよ」

 

 そう語る彼女は穏やかな声音とは裏腹に、今にも泣き出してしまいたいのを必死に堪えているような、そんな顔をしていた。

 

「ねえノウェム様」

「なに?」

 

 優しい声色だった。心と体の一致していない、私の嫌いな優しい声だった。

 ねえ、私知っていたんですよ。あの時、貴方が私に黙って『桃源侵舞』の代償を肩代わりしてくれていたこと。貴方の想いを無下にしたかったし後から気づいたというのもあるけれど、知ってて黙ってたんです。

 そんなことをしてしまう程に優しい彼女が、その優しい声をやめてくれるのなら、何だって良かった。それに、これは私にとっても都合の良いことだ。だから───

 

「死んだ後、私はずっと貴方と一緒にいたい」

「────! それがどういうことか、分かってる?」

「もちろん」

 

 未来で貴方が寂しくならないようにとマリーナと興した神使教。しかしそれだけでは、きっと彼女は寂しさに包まれてしまう。

 だって彼女は人間よりも、人の歴史よりもずっとずっと長い時を生きるのだから。

 

「はぁ・・・・初めてですよ『帰りたい』ではなく、『私といたい』と言った子は」

 

 私の言葉に、そう言って彼女は微笑んだ。

 優しい色の声音にピッタリの、優しい顔で微笑んだ。

 

「良いですよ。貴方の死後、魂は絶対に回収します。泣いたって手放してあげないですからね?」

「喜んで!」

 

 私達はどちらも堪えきれず、かと言って抑える気もなかく、互いに苦笑し、目尻に涙をため、抱き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはいつも通りに話をした。

 他愛もない話をダラダラと、止め処なく。

 

「私、頑張りましたよ。マリーナと一緒に興した神使教を国教にまで押し上げて」

「あれは恥ずかしかったよ! ・・・・でもとっても嬉しかった」

 

「昨日ヴェルザードと遊んできてね、思わず結構ハッスルしちゃったんだ」

「ノウェム様、何回ヴェルザード様と戦ってるんですか? それ前にあった時も聞きましたよ?」

 

「この前ライシマカスのひ孫が生まれたんですよ。可愛くって可愛くって、墓の中のライシマカスに自慢いっぱいしちゃいました」

「そうなの!? ・・・・・なら今度、会いに行ってみようかな」

 

 そうして話していると、時間はともも早く進んで、夕暮れが近づいていた。

 

 私は夕暮れの茜色が夜の藍色に変化していくこの時間が好きだった。

 大した理由はないけれど、ただ、綺麗な色だと思ったから。

 その色に染まり、窓から外を見上げる愛しい人はどこか寂しげで物憂げだ。

 

 そんな彼女にすら見惚れている自分に、少し呆れた。

 でも人生の最後なのだ。だから、少しくらいはっちゃけてもいいだろう。

 窓の外に向けていた目線を外し、こちらに振り返った彼女に言葉を送る。

 

「やっぱり、大好きです」

「うん。知ってる」

 

 彼女の声はとても穏やかだった。既知の事実を聞いたときのように、瞬き一つしなかった。

 

「大好き」

「分かってる」

「愛してます」

 

 何度も何度も愛を囁いた。

 言っている途中からすごい眠気が襲ってきたけれど、それでもずっと、唱え続けた。

 唱え続けて唱え続けて、やがて観念したように、その言葉をこれまで決して言ってくれなかったノウェム様は、漸くその言葉を口にしてくれた。

 

 

 

 

「・・・・・私も、愛してるよ」

 

 

 

 

 ずっと、欲しかった言葉だった。

 その言葉が耳朶を打ち、喜びに包まれる。

 

 最後の瞬間と云うものがこんなに嬉しくて良いのだろうか? 

 

 そんな疑問が頭の隅に湧いた。

 しかし考えるまでもなく、答えは決まっていた。

 ノウェム様に頂いた人生の最後に発する言葉。

 

 それはこうでなくちゃ────

 

 

 

 

 

「お休み、ティリヤ。良い夢を」

 

 

 

 

 

 ────ああ、楽しかった! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ティリヤ・セイリオスという少女の長い旅路は、終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて閑話聖劇之王は終わりです。
なんか今回はめっちゃ筆が乗って19000字近くなりました。
それとユーチューブ見てたらこれめっちゃティリヤにぴったりじゃん!って曲があったので使用させていただきました。

あと最古参の三賢人って自分の中で滅茶苦茶カマセ感すごいんですよね。だからこの小説の彼らはこうなってしまいました。本当はルミナスのナイトローズがヴェルドラに襲撃されたのは最古参の三賢人が手引きしたものなんですが、三人が退場してしまったのでこの世界線ではヴェルドラの単なる気まぐれです。
そして九曜を一度くらい創世級で登場させたかった!
はい。欲求が満たせて大満足です!

魔塔は偽装解除した九曜の一撃を受けて崩壊したんですが、後でノウェムがちゃんと直してちゃっかり主人のいなくなった魔塔を私物化しています。ここには常に彼女の並列存在が一体は常駐することになりますね。

では、ありがとうございました!

あっ、こんなラストっぽい締め方ですがまだまだ更新は続けます。

みんなは魔王と勇者で誰が好き(リムルは除外)

  • ギィ
  • ミリム
  • ラミリス
  • ディーノ
  • ダグリュール
  • ルミナス
  • レオン
  • ルドラ
  • サリオン
  • グランベル
  • クロノア
  • マサユキ
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