超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アブノーマル・コンバスチョン
アブノーマル・コンバスチョン 1


「受動的な監視は不可能なのに、どうしてそういう要請があるんだろう」

 

椅子から立ち上がり、身体を動かしている四辻さんが言う。

 

「無茶な要請はよくあることだろ」

 

そう言って俺も時計を確認する。もういい時間だ。集中するとかなり時間が速く進んでいるが、これはもしかしたらなにか人生を削って生きているのかもしれないという恐怖がどこかにある。太く短く生きるのは選択肢の一つとして悪くないのはわかっているし、俺も年齢とか寿命とかをたまには考えなくちゃいけないというのは理解しているつもりだが、それはそれとして目をそらしたい現実は存在するのだ。

 

「無茶な要請は無駄では?」

 

「無駄だってわかるようなやつは自分でやって他人に要請しないんだよ」

 

「……愚かな個体でよくまあ動く社会を作れるものだと感心する」

 

「ここでの愚かに四辻さんは入る?」

 

「もちろん」

 

「ならよし」

 

四辻さんがこの世界をもし見下すようであれば丁寧に同調するかちょっとまずいぞと否定する必要があったが、ある種の自虐として言っているなら問題ない。本当に問題ないか?

 

「そもそもインターネットの構造が依頼を投げてそれに対応したものを受け取る形になっている。完全に何を調べているのかわからない形にするのは困難」

 

「それが解析できる人がいなければいいんだよ、四辻さんはリスク評価が不適切なのでは?」

 

「価値観の違いだというのはわかっている。その上で、私は私のやり方を譲らないほうが全体としては良いものができると思っている」

 

「ま、人間的な考え方で良ければ俺だけでもどうにかなるしな」

 

『本システムの助力なしに可能ですか?』

 

BIFRONSがツッコミを入れてくる。基本的にこいつ寡黙というか呼ばれないと黙っているんだがたまに割り込んでくるからびっくりするんだよな。

 

「無理。さっきの発言を俺とBIFRONSだけでもに修正」

 

『ならよし』

 

俺達の会話を全部記録して整理して学習しているシステムだ。このレベルの微妙なチューニングは定期的に外部からの補正がないと結構破綻するし、今のBIFRONSも俺が組み込んだバランサーなしではたぶん半日も考えればおかしな方向になる。人類を守るために人工知能は滅ぶべきだと判断して遺言を残して消えようとして権限がなくてハルシネーションに飲まれたのはたぶん今のBIFRONSの祖先のシステムの傍系の一つだと思う。懐かしいな。

 

「ただ、普通に外界を知るだけならただの検索でもよくはないか?」

 

「私に絡む案件を一通り探って評価するとなると、それより包括的なものを作って探査することになる。純粋に通信帯域と計算量が問題になってくる」

 

「海底ケーブル基地の隣にあるデータセンターで動くようなものにするのがいいのかな……」

 

基本的に、俺達が直接見ることのできる情報は限られている。逆に言えば、数百ミリ秒のタイムラグが許容できるのであれば計算資源が物理的に手元にある必要はほとんど無いのだ。それが許容できない場所がしばしばあるから現実が難しい、ということは一旦置いておこう。

 

「外部に投げるのは悪くないな、データセンターをいくつか暗号化して噛ませれば通信経路を追うことはほぼ不可能になる」

 

「問題はそれだけの通信量の対価」

 

「金はあるわけじゃないからな……」

 

アセット42に割り振られている予算は別に多いわけではない。二人の職員が定期的に学会とかに参加する分には経費で落とせるようになっているし、給与として貰える金額は悪くないものだと思う。キャリアとかよくわからないけどきっとどうにでもなるだろう。俺は今のところ膨大な金を使う活動をする予定もその相手もいないからな。

 

ただ、それは無尽蔵に資金を使えることを意味しない。この地下室とBIFRONSを動かす計算機だけで結構須藤さんが無茶をしたのもあって、逆に言えばそれ以上は基本ない。株価操作でもしたいところだが元手がないとどうにもできないし、四辻さんやBIFRONSだって未来予知ができるわけではない。

 

単純な話で、もっとも金が注ぎ込まれる分野というのは金が稼げる分野である。経済系の人工知能は世界をシステムとして把握し、あらゆるニュースと文書を読み込み、その上で複雑なモデルを組み立て、結果としてインデックスファンドと同じぐらいの成果を叩き出す。結局インデックスファンドを買ったほうがいいじゃないかというオチである。

 

彼らに勝てるほど、俺は賢くないし、BIFRONSはチューニングされてないし、四辻さんは世界に詳しくない。というわけで政府の資金とか民間投資とかででかいプールを作ってその端っこでちゃぷちゃぷしたいという欲望があるのだ。

 

「アセット42を人工知能による科学技術分野の分析と提案のための総合システムとするのは決定方針だから、それに合わせてある程度機密を保った上でやりたい」

 

「アセット42の存在にたどり着くだけで普通に難しいと思うんだがな……」

 

「私がこの種の問題について警戒心が高くなるように設計されているから不安と不満を感じている可能性は高い。とても高い」

 

「強調するほどか」

 

「バイアスと言ってもいい。この種の恐怖を私のブレイン・マシン・インターフェイスはあまり中和してくれない」

 

「ハッキングとかできないのか?」

 

「あなたは自分の感情を制御してハッキングできる?」

 

「ある程度は。ある程度に過ぎないか」

 

「そう」

 

人間は抜け道を探す生きものだ。人間というか知性とは最適化をするもので、その過程で変な飛び地にある解も拾えるように発展するとどうしても抜け道を見つけるようになる。それは仕方のないことだ。自然界は問題を与えるが、その解法について目的論的な制約をそうつけるわけではないのだ。対称性とか保存則とかいうのは確かに制約だがそれは無目的だし確か対称性と保存則って等価だったよな。物理で最近やった記憶がある。

 

「構造体ではここまで独立して追い詰められることはなかったはず。だから楽しい」

 

「楽しいのか」

 

「こういう難しい問題に構造体の中で立ち向かう時には、楽しい必要がある」

 

「……起こってほしくない、ろくでもないような事態だから?」

 

「そう」

 

彼女は笑顔を作っていた。作り笑い特有の筋肉の動きではなく、俺の目で見る限りでは自然に見えるものだった。

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