超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アブノーマル・コンバスチョン 3

「……読めるの?」

 

「読める」

 

四辻さんが見るのは色のついたコマンドユーザーインターフェース。つまりは黒い画面に文字が流れているあれです。子供の頃はあれがかっこいいと思っていましたが一時期は全部GUIにしたほうが情報が取り込みやすいだろうと思ってこつこつと汎用のそう言うやつを作って今は全部コマンドでいいやになりました。

 

それでもこれを直接読むのは難しいだろう。差分とか特徴的な要素とかに色を付けているから目で追いやすいし完全に把握しなくても流れさえ確認できればいいというなら理論上は可能だろう。でもそれは慣れが必要な作業だ。

 

「よくそこまで慣らしたな」

 

「ブレイン・マシン・インターフェイスからやってくる情報の一部は視覚野で処理される。その流用」

 

「ああいうのってどういうふうに見えるんだ?」

 

「……視覚とは別の感覚。視覚野を使っているけれども、相対的に使われていない脳神経を刺激する。その感覚を言語化するのは難しい」

 

「三本目の腕を動かしたりする感覚とか、紫外線を見ることとはどういうことかに近いのか」

 

「そう、だと思う。腕を複数動かす感覚を私は知っているけど」

 

「どういうこと?」

 

「作業用の装置にはそういうものがあった」

 

俺はなんとなくだがそれを想像する。確かに手足に人間は慣れているから、そういったものをもう少し増やしたような機体があることはわからなくはない。

 

「……その話は一旦後にしようぜ。作ったやつが動くかどうかを見たい」

 

「こちらに」

 

そう言って四辻さんは人間向きの画面を出してくれた。一日かけてインターネット上を検索して得られた今の学術界の動向である。

 

「……物理学、思ったより動きがあるんだな」

 

「私が来たときに起こった爆発事故で検知されたニュートリノについて、強磁場下での標準理論の限界を示すものがいくつか」

 

「……これ、須藤さんの仕込みかね」

 

「発表している国際グループの中には高エネルギー科学研究中心(センター)の名前があるけれども、私をここに引き渡すまでに付き添っていた専門技術職員の名前はない」

 

「まあ、よくある話だよ」

 

「よくある、というのは?」

 

「研究者は研究者、技術者は技術者。名誉はそれが必要な人に渡るものなのさ」

 

研究者は論文を通して名誉を得ることを前提とした文化圏を築いている。大学とかで働く技術者はそれに比べて名前が出る機会が少ない。その一方で安定した雇用とか実績に追われない立場とかを手に入れているんですけれどもね。

 

「ある種の合理性があるのは理解する」

 

「何を求めるかの違いなんだよな、きっと」

 

名誉も欲しい、安定も欲しい、大いに結構。強欲というのは人間の本性の一つであり、資本主義を加速させる燃料の一つだ。それはそれとして世界の資源は有限である。名誉は物質的資源を使わないが、人間の集中力という資源を使うのでこれまた上限は存在するのだ。

 

「このあたりの物理学コミュニティはまだ須藤さんにも見つかっていないかもしれない」

 

「そんなことあるか?」

 

「私たちが以前発表した数学の論文とは別系統で進んでいる。ただ、たぶん成功はしない」

 

「どうして?」

 

「私が来た時に起こった現象は、人類の持っているモデルでも、私の持っているモデルでも説明できない」

 

「……そんなことあるのか?」

 

「エネルギーが圧倒的に足りない。あの加速器で生み出すことのできる磁場は足りていたかもしれないけれども、粒子がどう衝突しても物理定数を書き換えるほどの現象は起こらない」

 

「ならあれだ、タイミングよく高エネルギー荷電粒子が宇宙からやってきた」

 

「否定も肯定もできない」

 

「なるほど仮説としての強さはかなり下の方か」

 

そんな事を言いながら、まとまっている今の人類の知識を見ていく。かなりよくできたシステムで、複数の論文の関係を整理してくれていた。磁場下で加速器実験をするというのはかなり難しいらしく、具体的な再現実験はできていないらしい。そもそもあれはISEULTが終わるからその最後に好き放題やろうぜって研究の一つだったわけだからな。

 

「……ただ、この方向を誘導すれば私たちの理論に近づける可能性がある」

 

「何も起きないんだろ?」

 

「そう、エネルギーが数桁足りない。けれども、今の時点ではそれがわからない」

 

「……勘違いの誘導、か。性格が悪いと言われたことは?」

 

「性格は善悪の存在しない特徴では?」

 

「冗談にならなかったな、面白いことを言えなくて申し訳ない」

 

鼻を鳴らす四辻さん。こういうジェスチャーがちゃんとうまくできるようになった四辻さんは強いのだ。

 

「ただ、そのような介入をする場合には、私たちの存在が気がつかれる可能性が跳ね上がる。匿名の物理学者としてこれらの話し合いに参加するのは不可能ではないけれども」

 

「……いっそのこと匿名前提のコミュニティのほうを見てみるか?」

 

「そんなものが?」

 

「匿名掲示板だよ」

 

インターネットは複数の層から成り立っている。現実と隣接した発言者と個人がかなり紐づくような場所から、アカウントレベルで定まっているもの、そしてトリップコードと呼ばれる暗号学的ハッシュコード以外は個人を匿名できる要素を持たないものまで。ちなみにこのあたりの文化は古き悪しき日本のインターネットの伝統文化に起因している。

 

「物理系の会話がそこでされているの?」

 

「噂で聞いたことある程度だがな、あのあたりの界隈は比較的インターネットとの親和性が高いそうで」

 

「……ここでのインターネットの意味は、一般的なものとは異なる?」

 

「そうだ。細かいニュアンスを読み取れているじゃないか」

 

俺はそういうインターネットに昔は浸かっていたが、大学に入ってから比較的距離を置くようになった。一人で人工知能を弄っているとなるとそのあたりの情報は雑すぎるし、BIFRONSに読ませておけばいいやとなってしまう。というかそうか、BIFRONSを使えばいいのか。

 

「そこに介入する、独自のエージェントを用意する」

 

「BIFRONSと同じぐらい複雑なものになるが、それでも物理学の議論の仲裁をする人格を作ることはできるだろうな」

 

匿名掲示板にいるのは設立者と、俺と、お前だけだという有名なホラーがある。今のSNSのアカウントの中にはかなりの割合で自然に話す人工知能がいる。なら、コミュニティに潜入して勝手に物理を発展させる知性がいたっておかしくないじゃないか。

 

「……やる?」

 

「……須藤さんに許可を取った後でな」

 

四辻さんは頷いて、椅子に戻ってキーボードを叩き始めた。

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