超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アブノーマル・コンバスチョン 4

「……理屈は、理解できる」

 

先工研本部第一棟の会議室で、俺と四辻さんは須藤さんに向き合う。紙の書類は鍵付きの鞄で運んできたもので、このあと持ち帰ってシュレッダーにかけた後で燃やすことになっている。小型の焼却炉を換気系と繋いでいるので、このあたりの処分が楽なのは助かる。

 

「もちろんこれをやると俺達が前に出過ぎます。とはいえ、俺達以外がこの種の秘密を墓まで持っていけるほどうまくやるとは思えないのも事実です」

 

俺はそう言いながら、俺でもわかるように噛み砕いた結果できたノートを渡す。介入のために必要な物理学の知識はかなりのものだ。少なくとも、学部生のレベルではない。四辻さんが平気な顔をして操り、BIFRONSが教科書を書いているので忘れそうになるが、それはまだ人類が見つけ出していない知識体系の一角なのだ。

 

「完全に匿名にできるかね?」

 

「適切な経路を通せば問題ありません。一般的な匿名化処理よりは強くなりますが、それを全部回避することは難しいはずです」

 

「……通信系については、以前論文の投稿を担当した人物にも確認してもらう。それでいいかね?」

 

「もちろんです」

 

というか専門家の支援はありがたい。俺達は所詮三つの知性に過ぎないし、それが埋めることのできる空間は狭いのだ。一人があらゆる分野と発想を網羅するということは基本的にはできない以上、問題に対して詳しく突き詰めた専門家というのは、その対象分野の知識の深さのみならず、その周囲の知識について持っている感覚という意味でも重要なのだ。

 

「私からもいいですか?」

 

四辻さんが手を挙げた。

 

「ああ」

 

「できるだけ誘導に見えない形で、しかし失敗する方向を塞ぐように動くのはどうでしょうか。もちろんそれは容易なものではありませんが、私達ならそれができます」

 

「……本来なら君たちとも私とも関係がない第三者の意見が聞きたいところだが、私の知り合いにそこまで信頼できる人がいない」

 

「信頼というのは、どの水準でですか?」

 

そう聞きながら、四辻さんは少し身を乗り出す。

 

「アセット42が何かを知ることができるかどうか、だ」

 

「……誰が知ってますか?」

 

四辻さんの言葉に、須藤さんは黙って指をまず自分に、そして俺と四辻さんに向ける。三人だけか。

 

「……他の人はアセット42を知らないか、あるいは何かを知らないか、ということですか」

 

俺は呟く。かなり重要な秘密を、俺達は知らない間に握っている。いや、理解してはいるつもりでいたのだが改めて突きつけられて混乱がないとは言えない。

 

「あまり大声で言うなよ」

 

「わかってますよ、ここ綺麗なんですか?」

 

「全部の会議室に仕掛けられてはいないと信じるしかない」

 

そう言う須藤さんに俺は頷く。この場所自体も直前になって決まったものだし、そもそも須藤さんが今日ここに来ているのを知っている人がどこまでいるかもわからない。一つは須藤さん自身に盗聴器をつけるとか持っているスマートフォンを乗っ取るとかだが、まあ須藤さんのことだ、今頃端末は防音ボックスにでも入っているのだろう。

 

「さて、四辻さんを表に出すのは必要だと私も考えている。きちんと理解をしている人物は必須だ。裏で動くのにも限界があるからな」

 

「物理系のコミュニティが発火すれば、たぶんそれは一気に波及しますよ。必要ならそういう爆発を起こせるプランはそちらに」

 

俺はそう言いながら須藤さんが持っている書類を見る。大統一理論の綺麗なモデルから重力特異点の可能性を示し、それと並行して相転移によるエネルギー圧縮の基礎理論を出す。そうすれば気がつく人が出るだろうし、それで加熱する議論に合わせて投資を調整していけばいい。表に出なければならない機会は、実際には数えるほどだ。

 

「ただ、その貴重な一回を最初に使うべきかは難しい」

 

「複数の発明や発見を、一人がするべきではないということですか?」

 

四辻さんの問いかけに須藤さんが頷いた。

 

「確かに、歴史を見れば複数の分野で大きな貢献を残した人はいる。それに、君たちなら本当に些細な、その価値を専門家以外見いだせないような分野の貢献を作ることもできるのだろう」

 

「須藤さんにそう評価していただけるのは嬉しいことです」

 

「……そうか」

 

お世辞にしてはまっすぐ言われたので須藤さんのペースが少し崩されたらしい。いいなそういうの。俺も本心からそういう事を言ってみたいものだ。無知から来る純粋さではなくて鍛え上げた上の純粋さみたいなものを四辻さんからは感じるな。

 

「ただ、須藤さんはそれが危険だと感じているのですね」

 

「ああ。いくら匿名であっても口調や行動のパターンは残る。もちろん、適切なツールを入れてもだ。そこに投稿するという事実自体がもたらすものがある」

 

「……その場所を知っていて、そこが有用だと判断できるだけの背景がある、ということですか」

 

「四辻さんの背景はそれを知ることができるようなものから少しずれているが、それでも疑われる範囲内にはあるだろう。オンラインで若い時期を過ごしていた、というカバーを使っているならなおさらだ」

 

そういえば四辻双葉って人は通信制の高校を卒業して先工研に雇われたんだったな。高卒の書類が存在するのかは知らないが、須藤さんなら魔法のごとく用意してきてもおかしくない気はする。実際はどうするんだろうな、天下りした文部省系の人経由で書類を作らせるのだろうか?

 

「他に、私たちが出るべき場所はありますか?」

 

「一つは人工知能の専門家としてだ。青原さんの件は知っている」

 

青原さんは俺達の上司であり、俺達が秘密作戦をしているとはいえ先工研の職員なのをいいことに仕事を支援するオフラインの人工知能システムの開発を投げてきた人だ。普通なら半年ぐらいは欲しいものを二人でもっと短期間で終わらせたぞ。ボーナスには期待しています。

 

「そこから、私たちの名前を出すようにすると?」

 

「そうすれば専門分野がないこと自体は怪しいものではなくなる。知性はあらゆる問題を解決しうるものだからな」

 

人工知能をそういう風に見る風潮は嫌いだが、人間ができる知的生産の多くを代替できるのも事実だ。そして実際、多くの問題を人間に代わって解きつつある。そこで一足先に進んだ知性が人類のわからない情報を出してくるのは、ありえないこととは言えなくなってきている時代なのだ。

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