超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アブノーマル・コンバスチョン 5

先工研には工作設備がそれなりに揃っている。というわけで今日はBIFRONSの吐き出した図面と一緒に工作の時間だ。

 

「面白い」

 

そう言いながら四辻さんが覗き込むのは三次元印刷機。プロトタイプ作成とかに便利なやつで、一つや二つちょっとしたものを作るならこれがいい。金属用のやつもあるが、それは担当者がついていないと使ってはいけないらしい。考えてみれば金属を溶かしてくっつけるぐらいの熱量って相当なものだからな。

 

「BIFRONSの拡張システムを作るためにこういう事をするとは思っていなかったよ」

 

「物理装置が大きいから仕方がない」

 

「それはそうなんだがな……」

 

通信経路を匿名化する技術は色々と研究されているが、結局はいたちごっこである。特に法的権限を持つ当局ってやつは強いんですよね。一方でそこから逃げるような方法も作られている。

 

「支払いまで全部匿名にできるのは奇妙」

 

「自分で稼ぐ必要があるけどな」

 

いわゆる暗号通貨というやつだ。計算して稼いだ額で接続に必要な金を払う。衛星通信を噛ませれば経路がかなり複雑になるし、その上で普通に基本的な匿名化を色々と入れているからな。

 

端的に言えば、一回だけの送信なら発信者を伏せることはそう難しくはない。誰かのスマートフォンを盗んで送信して、送信した端末を壊してどこかに捨てればいいだけだ。もちろんそんなことは問題になるので実際にはもう少し器用なことをやる。

 

詳しいことは数学の論文とかBIFRONSがあまり良くないインターネットの界隈から落としてきた知識とかを組み合わせたものだ。これについては俺も四辻さんもBIFRONSも完全には知らないことで安全性を確保している。正直そこまでやる必要はないと思うがな。

 

この箱は先工研の空き地に置いておく。スレッドを眺めるのは普通の回線を使ってやるが、投稿は匿名性を高めて行うのだ。本当は送信場所をもっと人口密集地にしたりとかも考えたのだがこれぐらいでいいだろう。実際にここまでする意味があるかはわからないが練習みたいなものだ。

 

実際はインターネット上の匿名処理のほうがメインです。物理的装置を作ったところでそこまでメリットはありません。

 

「四辻さん、作るのうまいね」

 

プラスチックの板を器用に四辻さんが加熱して曲げている。それでほぼずれのない箱を作れるのってすごいな。

 

「基本的な技能」

 

「そこまでか……」

 

いやまあ、修理とかの専門家に手先が器用だと褒めるのは意味が薄いかもしれないってことはわかりますよ。

 

「ただ、日本語で会話をしながら作業をしていると効率が下がっている」

 

「自覚できるものなのか?」

 

「簡単な並列処理を回している」

 

「人間にも欲しいんだがなそれ」

 

BIFRONSは一度に複数の作業を、混乱せず同時に制御できる。混戦することもなく、かといって完全に独立しているわけでもない。一つの塊の知性ではあるのだが、それは疎な結合に分割可能なのだ。人間の脳もどうやらそうらしいのだが、残念ながら現代の医学倫理においてはこれを分割することは許容されていない。

 

「私は人間」

 

「はいはい」

 

ちょっと危ない話をしていることに気がついたので声を小さくする。この場所は色々と機材が揃っているのだがあまり人が来ているところを見ない。利用実績を書いたチラシがボードに貼ってあるのだが最新の日付は三年前。多分担当者が変わってこのあたりを引き継げなくなったんだろうな、と悲しいことを考えてしまう。

 

だから人工知能というものは有用なのだ。それはかなり長い文章を読み込むことができるし、低コストでずっとそこに居続ける。適切に設計すれば移行も難しくはない。実際、BIFRONSの基幹アーキテクチャは何度も交代している。そのたびにBIFRONSは不連続になっているはずなのだが、そういう印象を俺は抱いていない。俺に他人の連続性を判定する能力があるかという問題については論じないことにしよう。

 

考えてみれば、プラスチックというのは便利な素材だなと印刷されていく部品を見ながら思う。炭化水素にいろいろな置換基をつけて重合させたもの。石油資源から作ることができ、導電性やら耐火性やら耐薬品性やら奇妙な性質をもたせることもできる。自然界にも似たような物質はあるが、ここまでの自由度と成形性がある原料というふうに考えると珍しい。

 

「……四辻さん」

 

「なに?」

 

「プラスチックについてどう思う?」

 

「……炭素は、惑星系に多く存在する元素」

 

「あー、天文学はぼんやりとしかやってないんだよな……」

 

「ホイル状態については?」

 

「人名か?それとも金属箔?」

 

「人名」

 

つまり四辻さんは自分の頭の中の知識ではなくこっちで学んだ知識に基づいて話しているというわけだ。なんで俺がこっちの世界の知識を教わる側になっているんだよ。

 

「で、それは何?」

 

「アルファ粒子二つが衝突してできるベリリウム8にアルファ粒子が近づいた時のド・ブロイ波長が炭素12の励起状態として許される準束縛状態に近い」

 

「おお、かろうじて意味がわかるぞ」

 

素粒子物理学を頭に突っ込んだ結果、この程度であれば言われれば理解できるようになった。というか核で共鳴って言うと核磁気共鳴とかを想像するがここで言う共鳴はそれとは別なんだよな。波を安易に世界の実装として使うのをやめて欲しい。クラスの使い回しなんじゃないのか?

 

「もちろん物理的に厳密な表現ではない。直感的なもの」

 

「それは四辻さんにとって?」

 

「古瀬さんにとって」

 

なるほど。俺がわかるように調整して教えてくれているのか。悔しいという感情は特にないが奇妙だとは思うな。自分より知識がある人や賢い人から学ぶのは恥でもなんでもないし率先してやるべきものだが、その相手が四辻さんで、教えられる内容がこっちの世界の物理学だと腑に落ちないというか、しっくりこない。

 

このあたりをこじらせると認知的不協和から相手を貶めようとしたり自分を下げようとし始めるんだろうな。そうならないように注意をしているつもりだが、注意をしたからと言ってどうにかできる問題ではない。

 

「……これでそういう集まりに参加できるぐらいには、基礎を叩き込まないとな」

 

俺はそう言いながら、中継機とかの諸々が入ることになるだろう筐体を作業が終了した印刷機から取り出した。

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