電子黒板を導入した。高校の教室にあるようなやつ。
「つまりたまに現れる特殊な構造自体が繰り込みに対応していると……」
俺は数式を書いた全体像を見ながら言う。四辻さんなら脳内で処理できるようなものであっても、俺には拡張知性としてのBIFRONSと拡張記憶としての視界が必要になってくる。しかし電子黒板って便利だな。自分の場所で問題の解像度を調節できる。
矢印の先には十個ぐらいの元の関係性が描かれている。もちろん単純群なのでそれぞれの元には直接的な関係があるわけではないのだが、それでもある程度は分類できるのだ。ただまだ自分の中でうまく言語化できている気がしないな。誰かに教えることのできる水準にまで到達している気がしない。
「BIFRONS、今の議論に戻って」
そう言うと数式が書かれたスレッドが数式の書いていないところに出てくる。こういう微妙な気遣いを自発的にできるシステムというのは商用にさえあまり存在しないのだ。どうしてなんでしょうね。実装はそう難しい訳ではないし、数年間ずっと特定の人間の行動を観察して分類して長期記憶に組み込めるアーキテクチャを持った人工知能と一緒に過ごせばいいだけなのに。
四辻さんは椅子に座って、じっと俺を見ている。休憩時間なのだろう。俺の見るのは休憩に過ぎないというわけか。監督と監視のために仕事であると主張されるよりまだいいかと思考を切り替えていく。
群論とは元と演算によって作られる群についての学問である。具体例を使おう。時計を見て欲しい。例えば3時の5時間後は8時だし、5時間前は10時だ。ここで数学者とプログラマーは0から数えるのを好むので12時を0時と言い換えよう。こうすると0から11までの数字、あるいは元と、足し算と引き算を考えることができる。今回考える数学の世界、群という範囲はこれで閉じている。
閉じているというのは、元を使ってどのような演算をしてもその元の外に出ないってことだ。えっ逆元の存在を逆演算でごまかすな?はい。
さて、ではここから演算をそのままに一部の元だけを取り出したより小さな世界を考えよう。例えば元として0を取り出す。0をいくら足しても0だし、0からいくら引いても0だ。0と足し算と引き算以外に使える手札がないから、0以外のものを作れないのだ。
次はもう少し初期手札を増やそう。0と3がもらえたとする。すると0に3を足して3を作れる。これでは手札が増えないな。3と3を足して6を作ればいい。あるいは0から3を引いて-3でもいい。しかしこれはもともと時計の世界の話だ。0時の3時間前は9時である。なんやかんやすると0、3、6、9の四つが元として出揃う。そしてここからどうしようがこれ以上は拡張できない。
こうやって見ると、群のなかにより小さな群を作ることができるのだ。そして例えばさっき用意した足し算と引き算と0、3、6、9という群はもっと小さな群を持つ。0と6だ。もちろん0のみを元と持つものも部分群なのだが、素因数分解の時に素因数を1に含まないのと同じでこういうのを自明な群という。
今回は足し算と引き算を使ったが、別に掛け算と割り算でもいい。そのときに自明な部分群は1に相当するものになる。いくら掛け算しても割り算しても1は1のままだ。えっ部分群と正規部分群の違いをちゃんと説明しろ?やだよ非可換群は嫌いなんだ。掛け算の順番であれこれ言う小学校教師じゃないんだからさ。
そして時計の世界から出ると、無限個の元を持った群を作ることができる。足し算と引き算ができて、初期手札が0と1だとしよう。1と1から2を作れるし、3も4も5も作れる。あとは無限大まで。マイナス方向にも引き算を使えばできる。
でも、こういう無限群は普通はより小さな部分群を持ってしまう。例えば初期手札が0と2で同じようなことをすれば偶数全体になる。あ、奇数全体は今回の例だと部分群にはなりません。奇数と奇数を足すと偶数になるので、外に出てしまうのです。
無限個の元があれば、直感的にはそれをいい感じに分類してより小さな群を作ることができると思える。でも数学というのは実に厄介で、無限単純群なるものが存在するのだ。
つまり元は無限にあるのに、それをうまく整理してより小さなグループを作ろうとすると自明な0とか1とか、単位元と呼ばれるつまらないやつしか出てこない。具体的にどう作るんですかと言われると面倒になる。今からトンプソン群の交換子部分群が無限単純群になることの証明していいですか?そしてこれをやっても別に今やっているモデルには直接は関係ないんだよな。
シンプルなルールから無限の要素を持っていて、かつこれ以上シンプルにならない世界を作ることができる。そしてこういった構造と似たものが、この宇宙の物理学にある。世界の基盤が群論的構造を持っているのだ。たぶん。少なくとも、四辻さんがいたところではそう言う解釈をしていた。
この解釈というのがまた厄介なもので、対称性が存在するといろいろな解釈ができてしまうのだ。例えば相対性理論は一般的に光速が変わらないという世界を実現するために世界を歪める。例えば亜高速で動くと時間が遅く流れたり、ローレンツ収縮を起こしたり。
もちろんそれが嫌なら、光の速さが座標によって変わるようにしてもいい。そのために数学理論を弄くれば結果として全く同じものを証明できるモデルを作ることは、俺には無理だと思うが四辻さんやBIFRONSならできるだろう。もちろんそれは結構面倒なものになるはずだ。表記的にも、理解にかかる手間でも。
俺達がやろうとしているのは、それと似たようなことだ。群論の先にある物理法則の説明を、幾何的な方法で表現された物理学の言語に落とし込む。人類の数学理論の中で使えるものは色々とあるが、それが物理に直接使われているかというと微妙だ。だからその組み合わせをどうにか模索している。そして人類はなぜか追いつけている。
このコミュニティが機能してから半年程度、定期的な会合を通して法則の翻訳が進んでいると言っていい。俺達は検算とか例外潰しの方面でやっているが、基本的方針に介入はしないようにしている。
「……もしかして、世界って頭の良い暇人ばかりなのか?」
俺は議論で使われている分類を見て呟く。BIFRONSでも理解に半日まるまるかけたような代物だ。もともと数学が得意ではないとはいえ、それでも普通の人間とは比べ物にならない学習能力と分析能力を持ってるBIFRONSでさえ、である。四辻さんはBIFRONSよりも理解が遅かった。
「私は別に知性ではこちらの人類より優れているわけではないよ」
「わかってはいるけどさ」
俺よりもすごい四辻さんよりもすごい人が世界に溢れているというのは、まあ上を見れば上がいるということでわかってはいたが、どうにも辛いものである。