超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アブノーマル・コンバスチョン 9

「……専門知識が圧倒的に足りないな」

 

俺は電子ペーパー式のタブレットを机に放り投げて言う。公開されている資料を見れば何が起こったかはわかるが、なぜ、どう起こったかの情報は不足している。

 

「専門家に聞くのは?」

 

「須藤さんはただでさえ忙しい」

 

「青原さん」

 

「我らが上長か……」

 

あの奇妙な雰囲気は嫌いではないのだが奇妙ではある。ただ、確かに事業連合(コンソーシアム)とかについては詳しそうだ。そういう話ってどこから回ってくるのかすらわからない。

 

「あの人はそういうところとある程度の繋がりはあるし、総合先端情報領域には事業連合(コンソーシアム)にかなりの割合を割いて働いている人も多い」

 

「というかそういう人が他の雑務に潰されないように、っていう側面もあるんだよな。左遷かもしれないが」

 

「先工研は対外協力を推し進めている研究機関のはず」

 

「はず、だろ。勝手な想像だが自分たちがチームのために仕事をしているのに隣の奴らがちょっと変な、他所の仕事をしているっていうのは気に食わないとまでは行かなくともあまりいい気をしないというのはありそうなことだろ」

 

「そうなるとアセット42の担当者は相当恨まれているはず。今後は外出時に気をつけることを提案する」

 

「それがいいな」

 

これは俺が存在しない悪意を見すぎているというのはあるだろう。大抵の問題は悪意というよりも正義とか義憤によって起こるのだ。そしてそれ以上に意思疎通のミスとか些細なすれ違いとかそういうつまらないものが原因となる。

 

「ただ、長期的には私たちはそれらを設計する側に回るかもしれない」

 

「……その知識があるから、な」

 

「その能力がある人間は行動をするべき、という考え方に基づく倫理観は比較的理解できる」

 

「あー、どのあたりになるんだ?」

 

『不作為責任や緊急事務管理の観点から法学では説明されますが、本システムは適切な審査を受けたものではないためこのような問題については専門家への相談をおすすめします』

 

「おい倫理システムが入っているぞ」

 

『本システムは高度な倫理観と自律性を有しています』

 

のうのうと言うBIFRONSであるが、俺の設計ではかなりこういったブレーキを自分で外せるようになっているはずだ。必要がなければ補助輪として倫理観とか道徳とか法律とかを使うけれども、それが必要ないときは切り離してしまえばいいという荒っぽい発想である。

 

「それは両立しうるもの?」

 

「四辻さん、やめなよ」

 

「それは多くの人は倫理観というものを無条件の社会的背景として持っているのであって、きちんと思考と判断の上で行う自律的行動として選択しているわけではないからその領域について言及をすると認知的不協和や倫理観の崩壊が発生する可能性があるという理解でいい?」

 

「非常によろしい、人間としてのGPAが高いぞ」

 

「GPA?」

 

疑問符を浮かべていそうな四辻さんのためにBIFRONSがすぐに情報を出してくれる。こういうのがあると説明のために時間を使うことがなくなるし、俺が本当にはその単語をきちんと理解せずに雰囲気だけで使っていたと思い知らされるのだ。

 

「……非効率的な制度では?」

 

「具体的には?」

 

「良いGPAを取るためには、簡単な授業を集中して履修するべきとなる。それは報奨制度とは相反するのでは?」

 

「大学の目的が学生の教育だと考えるからそうなるんだ。楽な授業というのは学生の能力と努力の有無にかかわらず成績が取れるということであり、それは評価の負荷が少ないことを意味する」

 

「なるほど、履修する学生の人数を抑えつつ授業の負荷を減らす効率的な制度だと納得した」

 

説明した甲斐があったな、と俺は満足してソファーに腰を下ろしてこの後待っている面倒事に頭を抱える。

 

俺は正直言って人見知りに入る方だと思う。波長が合う人であれば話しやすいが、それでも自分から積極的に連絡を取ったりするような人ではない。そうすれば世界が開けるとわかっていても、だ。理解していることと行動できることは全く別の話である。もしそうなら世界が平和になればいいのにと思っている人の人数で世界を平和にできるだろう。

 

大抵の場合はそこにあるのは悪意ではなく弱さなのだ。そして俺が抱えているものもそう。本当に強い人は勝手に踏み出して勝手に世界を変えていく。こういった言い訳をして今後の面倒ごとから目をそらしています。

 

「なあBIFRONS、自主性って捨てたら楽になれるかな」

 

『本システムの対応限界を超える問題の解決のためには自主性を持っていただきたいところです』

 

あくまで求められている機能として、という表現は嫌いじゃない。世界に求められるというのは安心できる。四辻さんがかつて構造体にいた時に目的が設定されていたから楽だったというのはよくわかるな。

 

「仕事」

 

「わかった……」

 

それはそれとして仕事はしたくない。契約の上の義務であるとはわかっていても、それはそれとして動きたくはない。結局は動くんですがね。

 

「まずは青原さんに連絡を取る。関係しそうな事業連合(コンソーシアム)を特定するか、あるいはその事前策定に絡むような人物と接触する」

 

「やっぱり社会実装のあたりだとそうなるよな、そこまでうまく行っているわけではないけれど」

 

国が金を出して何かをやらせて成功した試しはない、などと訳知り顔で言う人はいるが実際のところ案外うまくやっているとは思う。市場原理というのは一部のジャンルにかなり集中するし、今すぐは儲からないだろうけれども重要な技術というものは結構あるのだ。

 

もちろん、行政とか研究機関とか教育機関がそれを正しく把握できるわけではないということは断っておかねばならないだろう。おそらく日本政府が出資し、俺の恩師と言ってもいい宮部先生がやっていた小笠原語についての研究は、そのリターンなしに終わるだろう。それだけの単純な投資として見るなら失敗だ。

 

けれども、重要なのはそう言った研究にも金を出すという態度だ。隗より始めよ、というやつである。隗って多分有能な人だったけれどもそれでもあいつより俺のほうが上だと思われる程度の立場だったんだよな。

 

「計画は私が立てる。古瀬さんが行動」

 

「四辻さんが動きなよ」

 

「私は研究職でもないし、そこに立てる資格もない」

 

「……博士号ってどうすれば取れるんだろうな」

 

後で調べておこう、と思いながら俺は自分のパソコンの前に座り、後ろから指図する四辻さんの言うように検索を始めた。

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