超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション
ガーデッド・サスペンション 1


うにょんうにょんとロボットアームが踊っている。地下室に持ち込まれた仕事用の道具だ。ちなみにお値段はそれなりにする。

 

『動作に必要なパラメーターの習得が完了しました』

 

「本当か?」

 

そう言って俺は持っていたペットボトルをひょいと投げる。半分飲みかけだから、描く軌跡はかなり奇妙になるはずだ。それをロボットアームが器用に掴んだ。

 

「……上手だ」

 

四辻さんが言う。四辻さんが言うんだから相当なレベルなのだろう。いや、確かに今のちゃんと設計されたロボットアームはこれぐらいのことをやってのけるが、俺はBIFRONSをそういうシステムとして作ってないぞ。一応実装に使われる理論とかが詰まった文献はストレージ内にあるだろうし、物理モデルを構築することができるだけのセンサー類もこの部屋にはいっぱいあるから、理論上不可能ではないと思うのだが。

 

『あとはこの知識を蒸留して実験管制システムに組み込むだけですね』

 

「簡単に言ってくれるよな……。あと情報処理モニターを見せろ」

 

俺がそう言うと、部屋の中で一番大きな画面にBIFRONSの演算量やら消費電力やらのモニターが映る。もちろんBIFRONSの能力があればこれをリアルタイムで偽造することも可能なのだが、そういう事をあまりしないようにと頑張って制限を入れている。

 

人間と同じだ。人間は空腹を空腹と感じないことがあるし、疲労を疲労と気が付かないことがある。それはそういうものだ、と割り切るべきなのかもしれない。シンプルに独立した数値的指標を用意して、そのラインが一定を越えたら休憩するべきだという考え方はわかる。

 

体温、心拍、SpO2。俺は専用の装置がないとそれらを意識することができないが、四辻さんのブレイン・マシン・インターフェイスはもう少し複雑で非線形なものを通した形であるがメタ的な認知ができるそうだ。いいな。俺も欲しい。

 

かなり急激に処理リソースが費やされている。無理やり割り込んで入ってきたのは俺の動きを認識するためのライブラリと軌跡分析の過程だ。それなりに有名なものの寄せ集め、あるいは良い方に言えば確実性の高い技術の組み合わせだ。

 

「まだログは残っているか?」

 

『今後の工程のために保存されています』

 

そうBIFRONSが言うとともに複数のカメラから再構成された三次元の俺が投げた物体がどのように飛んでいくかの軌跡候補が出てくる。やってること自体は拡張カルマンフィルターみたいな世界と関わる機械学習では非常によくある定番的なもの。高校生の演習問題にだって今どき出てくるぜ。ライブラリを使うだけでそれらしいことができるというのはいい時代である。

 

「よく表示されている」

 

「この種の可視化は予算獲得に重要だからな」

 

「必要な情報が目を動かせばそこにあるという安心感はかなり重要なもの」

 

「あー、積ん読?」

 

「近いものがあると思う。あくまで精神的な要素であって、物理的な意味はそこまでないというのは否定しないけれども、それでもコストがもともと高くないことを考えれば十分」

 

四辻さんの言っていることを頭の中で解読していく。具体例を考えればいいかな。読みたい本がすぐそこにあるという安心があれば、それ以外のことの思考リソースを費やせる。それはたとえその本を実際には読む確率が十分に低かったとしても、だ。

 

本の価格に比べて、インターフェイスに情報を出すコストはかなり低い。人間の目でそのすべてを見ることができなくても、そこにその情報があるという知識と視界の端に入る変わっていく数字は逆説的にそれ以外に集中する余裕を与えてくれる。

 

こういうデモ画像でもそうだ。これを計算できるだけの余裕があるし、ここに表示されている数字は実際に内部で計算されているものだという信頼。重要なのはその数字が正しいかどうか以上に、そこに現れる数字がそれらしいかどうかだ。あまり良いことであるとは思わないがな。

 

「ま、たいていこの手の動画でちゃんとデータが使われていることはないんだがな」

 

そう言って俺は溜息を吐く。映画とかアニメーションとかで配信された時にこういった画面をコマ送りで見てしまう悪癖を持っているような人間なので、そこにちゃんと情報が込められていないと少しだけがっかりする。演出的な意味を考えれば特にそこが重要ではないとわかっているとしても、だ。

 

ハイパーパラメーターがどのように時間とともに変化していくか、裏で回されている物理シミュレーションの結果とかdata assimilation……データ同化の進捗とか。こういういくら読んでも奥があるような画面って素晴らしいですよね。

 

「ところでBIFRONSは、これをわざわざ作っているの?」

 

「まさか、ある程度パターンがあるのと丁寧に作っているアセットがあるんだろ」

 

『余剰の計算資源の利用用途は本システムの自律的判断に委ねられています』

 

「最近は何やっているんだ?」

 

俺は尋ねる。一応丁寧にログがつけられているし、そのログをつけているのは毎回リセットされる中品質のモデルなのでそれなりに客観性は保証されると思っているのだが、そもそもログが長いしBIFRONSなら変わらないモデルを騙すための方法なんて必要があればすぐ思いつくだろう。

 

『国際経営学の分野の情報整理とモデル化です』

 

「おお、ちゃんと勉強していらっしゃるようで」

 

俺がだらだらとネットサーフィンして読めもしない物理の論文をああでもないこうでもないと言っている間に、BIFRONSはちゃんと今後に役立ちそうなことに手を出している。

 

「BIFRONSの行動に目的はあるの?」

 

四辻さんは俺ではなくカメラの方を見て言う。この種のシステムに自分の目的を聞いたところであまり意味がないだろ、俺だって俺の目的が何なのかよくわかっていないのだ。とはいえ四辻さんからすれば目的論的な考え方自体は馴染みがあるだろうし、BIFRONSならそれに合わせて原理を説明できるレベルに落とし込んでくれるだろうという信頼もあるのかもしれない。

 

『知的好奇心と呼ぶべきノードがあります。未知の分野を開拓することを推進してきます』

 

「楽しそうでいいね」

 

四辻さんは笑顔で言った。多分同好の士に向けるような表情だ。

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