超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション 2

圧縮された処理システムは、人間並みに器用にマイクロチューブを並べていく。あまり材料系でマイクロチューブを見ない気がするが、一旦溶液に溶かしてから微小結晶を作ればいい今回のような条件ではたまに使うようだ。このロボットの開発がなければそういう細かいことを俺が知る機会もなかっただろう。

 

「連続稼働が87時間か」

 

見学に来た青原さんが言う。この研究室の皆さんはナノ材料系のところで、偶然にもグラフェン分野の研究者がいる。そこからゲルマネンに進むのはまあ、他の分野からやるよりはマシだろう。

 

「部品の疲労とか摩耗までは完全に組み込めたわけではありませんが記録は取っていますし、それをもとに再調整も可能です」

 

そう言いながら俺はタブレット端末を青原さんに見せる。BIFRONSが作った可視化システムはこういうときに便利だ。かっこいい見た目というのは説得力を持つのである。

 

「この種の自動化システムを内製できるのはいいな」

 

「普通なら相当の金がかかりますからね。サポートもつきませんし」

 

「君たちの本業を邪魔したかね?」

 

「んー、まあ今は暇なので」

 

そう。暇なのだ。四辻さんはきちんと情報を吐き出してはいるが、それは既に置かれた飛び石の間を埋めるような作業だ。そして十分な天才なら、既にある飛び石の上を飛んでかなりのところまで行けるだろう。それは百年に一度の才能を要求するかもしれないが、そういう人は世界に一人か二人いたとしてもおかしくないのだ。

 

というよりこのあたりの確率の概念はかなりいい加減だ。あらゆる分野を網羅する天才みたいなものは、現代にはあまり現れない。かつては学問分野が狭く、ある種の思考や視点があれば幅広い活躍ができた。ただ、それは先行者としての特権もしばしば含んでいた。今の時代にガウスやオイラーに匹敵する知性があったとしても、数学の一割の分野を拡張するか丸ごと書き換えるのがせいぜいだろう。それでもフィールズ賞を二個貰えるかもしれない。いや、フィールズ賞は年齢制限ある若手奨励みたいなやつだしアーベル賞のほうがいいかな。そうじゃないな。

 

「そうか。しかし暇の間にきちんと他のことをやっておかないと将来的に苦労するぞ」

 

「ありがとうございます」

 

俺達には頼れる上司や先輩というものが案外少ない。俺達を操る須藤さんとか四辻さんの自称師匠枠としての水城さんは、正直言って一般的な上司とか先輩の枠ではない。あと水城さんを先輩扱いしたくはない。参考にならないんだよあの才能は。

 

「このシステムはどうですか?」

 

四辻さんが半歩前に出て青原さんに尋ねたので、俺は下がる。ここで四辻さんをおまけ扱いできるほど俺は自信家ではありません。これを作ったのは四辻さんとBIFRONSが中心で、俺はAcknowledgementに名前が記される程度の貢献しかしていない。

 

「欲しいものだった。これ以外の操作にもある程度対応しているのだろう?」

 

「はい。本をめくること、ボタンを押すこと、あるいは何かを積み上げることといった操作を、この箱の中で可能です」

 

ロボットアームは文句を言わずに動いている。まだこれは箱の中にロボットアームを入れているタイプだが、今では数百万円出せばアーム付きの車両を手に入れることができる。この手のロボティクスは条件を絞ればそれなりに使えるんだよな。事実多くの工場は無人化されるようになってきた。

 

問題は少量生産の方である。機械を作るための機械のようなレベルになると、一つの工場で年に数台出荷するレベルなんてことも珍しくはない。そうなるといわゆるロボットでは対応するべきことが多くなりすぎるのだ。

 

人間であれば少ない情報と類推からかなりのことができるし、設計や開発のような部署とのコミュニケーションも比較的取りやすい。けれども、ロボットはそうではないのだ。

 

身体性の問題とよく言われる。例えばネジが穴に合わなかった時、人間は少し試行錯誤をしてみてから誰かに相談する。この時にどの程度試すか、どれぐらいしたら人間に相談するかという部分にはかなりの非言語的情報の処理が必要になることが明らかになっている。これがわかるまでに人間とロボットが協力して働く工場の構想が何度も破綻したという。

 

「あくまで高度な自動化の一つであり、労働者の代替ではない、と」

 

「はい。まだ人間は必要です。しかし洗濯機や食器洗浄機のように、人間がやらなくていい範囲を増やすためにこの種の機械が活用できるかと」

 

「発想自体は数十年前からあるのはわかるが、ここまで精度が上げられるものなのだな」

 

「いや別にあと二桁出せばやってくれるところは多いですよ」

 

俺はちょっとだけ口を挟む。ロボットアームはある程度規格が決まったもので、ちょっとパラメーターを調整すれば汎用のシミュレーターで振る舞いを扱える。方法自体は確立されているし、かなりオープンソースになっているから難しいかと言われるとそうでもない。

 

けれども、そのようなものと作りたいと考えた時に必要な知的能力を揃えるというのは難しいのだ。それは人間の専門家でも、あるいは訓練された人工知能でもいいが、それらの維持にはコストがかかる。汎用知性に特化したアーキテクチャを専門にしている人はいないし、個人でシンクタンクを持つメリットは実はあまりない。費用対効果を見ればしばしばシンクタンクに金を払ったほうがB2Bなら安く上がるのだ。

 

「その二桁を出したくないから、専門家を囲っているのだよ」

 

「ちょうどよく囲った専門家がいるから二桁多く払わなくて済んだ、と見るのは?」

 

「そちらのほうが実態には近いな」

 

冗談を言っているはずなのに、青原さんの声のトーンは変わらない。表情も読みにくい。まあ、逆に言えばわざわざ読み取ろうとしなくてもいいということだ。言葉の上だけで会話ができるというのはかなり楽である。四辻さんとのお話もそうだけど、大抵の人がやる細かい非言語コミュニケーションなしにやり取りができるという関係は得難いものだ。

 

そうすると俺がBIFRONSというか人工知能が好きな理由のも見当がついてくる。俺は生身の人間は情報量が多すぎて嫌いなのだ。そんなつまらないことに気がついてしまった俺は、軽く首を振って何も考えなかったことにした。

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