超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション 4

スマートフォン一台のために、使われているものを考える。量子力学に基づいた材料開発、論理演算から始まる集積回路の作成、行列に基づいたニューラルネットワークの計算に、画像処理と表示を行うハードウェア。通信を保証するために規格が必要で、と考えていけばこれを作るためにはそれなりの社会が必要だな、となる。

 

四辻さんを見る。ブレイン・マシン・インターフェイスは有機マニピュレーターとしての人類の制御のためのものだ。肉体と精神の調整のために、遺伝子が組み替えられている。教育とトレーニングに相当するものが、より合理的に作られている。

 

それは俺の持つ言葉である程度説明できるものだ。ただ、説明できるからといって納得できるかは別だ。二千年前の哲学者が理解できるように電気を説明して、その放電が電磁場に波を作ることが言えたとしても、そこから無線機が作れるようになるには時間がかかるだろう。

 

そこまでに何年かかるのだろう、と考える。俺の一生を使っても、四辻さんが示した最後の飛び石までたどり着けないかもしれない。そもそも構造体は人間が制御できるスケールをおそらく超えているものだ。もしそう言ったものを作るのが「文明」の目的であれば、人類という生物学的種は「文明」の表舞台から早めに退くべきなのだろう。

 

「やっぱりこれ、人間が理解できるものじゃないだろ」

 

千件を超える概念がグラフによって結ばれている。一つ一つの概念は引力と斥力のせめぎ合いで一定の距離を保つように動きながら、関連する要素が近づくように誘導されることで複雑な形状が作られている。

 

まだ日本語になっていないためにトークン番号を仮に割り振ったものがある。人類が一般的に使っている数学記号で表現すると指数関数的に膨らむのでマイナー省略記法を活用してどうにか押し込めたものがある。性質がわかっているものの具体的な作り方の情報が足りない物質も、配列がわかっていても組み込むために必要な要件が多すぎる遺伝子も、あるいは純粋に人類の今の時点の倫理では到底使えないようなアイデアも。

 

例えばいきなり知らない言語の知らない分野の専門書を渡されて、第一章にある見たことある図から解読をしていくようなものだ。四辻さんとBIFRONSのおかげでBIFRONSの中に移植や解剖が可能な知識としてこれらをまとめることができているが、逆に言えばそれを人間の頭の中に落とし込むためには特定分野に集中してそれなりに時間をかける必要がある。

 

「生身の脳でもこれぐらいの情報量は入れることができると思う」

 

「そういう暗記できる人間がいないわけじゃないが、ああいうのは特殊な記憶法とかを使っているんだよ」

 

よくあるのは身近な場所とかと特定の記憶を結びつける方法ですね。そう言われて俺はどうやって自分の記憶を管理しているのだろうと考えてしまう。言語ベースの人工知能がやってはいけないことの一つは自分の考えがどこから来ているのかを考えてしまうことだという話がある。それを監視できるシステムがない場合、表面上の知識を超えた場所に到達できることはないから、みたいな。

 

「適切な学習方法と時間がないから、まだこの世界の人類はこれらを理解できない」

 

「じゃあ適切な学習方法と時間を出してくれ」

 

「では時間を作るので適切な重力特異点を用意して」

 

「俺の負け」

 

そっかこいつら時間と空間を好きに弄って物理法則すら書き換えてくるんだった。つまり必要とあれば待っている人を亜光速で飛ばしてその間に作業をすることとかができるのか。これって実際どれぐらい有用なんだろうな。

 

「これを残しておく必要は、どこまであると思う?」

 

四辻さんがディスプレイで小刻みに震えているグラフを見て言う。絡まりが激しいので安定構造を作るのが難しいし、仮に安定構造があったとしてもそれが実際に見たい要素を反映しているとは限らない。

 

「使わないから消す、というのは保存に必要な資源を考えて評価する必要がある」

 

「デジタル系は事実上無いに等しいんだが、これが存在しているって事実がもたらす問題もそれなりにあるんだよな」

 

「具体的には?存在しても実現できないなら存在したところで問題はないし、詰まった時に参照できる物が増えるのは悪いことではないと思う」

 

「選択肢が多すぎて投入可能な資源が分散する」

 

選択と集中という概念がある。二十一世紀初頭、日本がこの選択をしなかったことがその後の科学国家としての凋落の原因であるだなんて人もいるが俺は正直そういう文句を言う人ってたとえ選択と集中をしていてもそういうものが日本の科学技術の礎になっていた幅広い分野の研究を損なったのだとか真顔で言ってそうだから嫌なんだよな。

 

少なくとも営利企業において、持っている資源に見合った選択と集中が事業の維持のために必要だというのはある程度同意されるところだろう。例えば基礎研究に力を入れている企業であっても、それらが間接的に企業に、あるいは企業のまわりの何かにとって何らかの利益をもたらすという打算が少なからずあるはずだ。

 

資源は無限ではない。BIFRONSが解ける問題は限られているし、動かせる時間も一日に二十四時間が限度だ。確かに同じような計算機をもう一台用意すれば一日に四十八時間相当動かすこともできるだろうが、そこは本題ではない。

 

「だから、須藤さんたちが考えている計画に従って情報を公開して、できるだけ早く実用的な技術を手に入れるべきだ、と古瀬さんは考えている?」

 

「そのつもりだが」

 

「おそらくあなたはそれを疑っている」

 

そう言って四辻さんは俺を見る。うん、たしかに俺はそれは良くないとどこかで考えているところがある。それはたぶん科学会への信頼とか、あるいは黒幕気取りの存在への自己嫌悪混じりの不信みたいなものだ。四辻さんなら俺が持っている逡巡ぐらいなら読めるだろう。

 

「疑っていることは全面否定を意味するわけじゃない。これを公開してよってたかって対応したほうが結果的にはより良いことになるかもしれない」

 

何を良いとするかはともかく、とこっそり考える。このあたりの倫理問題とかは真面目に考えるとそもそも人間はこういう知識を持って幸せになるのかどうかとか、うまい定義に落とし込んで測り得ない幸福とかをどう扱えばいいんだとなる。

 

悩むことに意味がないとは思わないが、悩みすぎて動かないというのは多分もっと問題なのだろう、と俺は自分に言い聞かせている。そういう面倒な悩みは、四辻さんに理解できるものなのかね。

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