超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション 5

今の時点でのロードマップを確認する。論文は最先端の研究よりも数ヶ月遅れているが、社会実装には数年先んじているのでまあ悪くない指標ということになるだろう。

 

「……材料がどうしても停滞している」

 

四辻さんが文字の流れる画面から目を離して言う。彼女は頭の中でこれらの膨大な情報を処理できるのだ。おそらく人間の上位0.1パーセントぐらいなら彼女と同じ事ができるんじゃないかな。

 

「まあ、難しいよな」

 

俺は詰まっている場所を具体的に確認しながら言う。高圧技術がまだ足りないそうだ。一応世界でその手の技術を持つ企業が存在しないわけではないが、なにぶんマイナーなんだよな。

 

Lögseimr(ログセイムル)社は候補の一つである。北欧の大学ベンチャーで、今では世界各地に営業所を置いている。とはいえ営業所も雰囲気からして一人か二人、常勤かどうかも怪しい感じだ。向こうの方の政府情報の閲覧によれば社員は二十名以下らしい。

 

つまり、この特殊な高圧装置を作ることができる人間が少ないのだ。少なくともこの分野では頭一つ抜けているという評価が周囲からある以上、現地政府とかがアホみたいな補助金突っ込むかどこかの大手企業に買われるかとかしないといけないんだよな。ただそういうことをするとベンチャーの良さが消えるという問題もある。そもそも世界にそんな高圧物理学に必要な機材を求める人が少ないというのもあるが。

 

「かわりに物理理論の検証は結構進んでいる」

 

「思ったより例の無限単純群のモデル、証明が楽だったんだよな」

 

やられたことは比較的簡単だった。感圧接着テープ法と呼ばれる非常に高度かつ繊細な手法で原子一つ分の厚さを持った炭素膜であるグラフェンを作り出し、それを液体ヘリウムとレーザー冷却で非常に冷やした後で、ある種のポンピングに似た励起状態を作り出す。この種の研究は偶然にもまだされたことはなかったが、それができる条件はずっと揃っていた。おそらく二十年ぐらい前から。

 

そういうことは、決して珍しいことではない。後から見返せば自明だし当然だとしか思えないようなものが、ずっと見過ごされていることもあるのだ。それに比べれば今回みたいな起こす条件がわからないとまずそのための実験ができないみたいなものが見つかっていないのは当然と言えるだろう。

 

この現象は大手物理論文誌の表紙になりました。CGで作られたかっこいいイラストレーションは気に入ったので印刷して壁に貼っている。こういうのってどうやって作るんだろうな。俺は生成系についての知識はあるが、ちゃんとソフトとかで作る方法についてはろくに知らない。

 

おそらく、この研究は十年後には転換点になると思われるものだろう。ただ、今の時点ではちょっと奇妙な現象が理論から導かれた程度だ。このエネルギーが相当なものまで圧縮できるということはまだ実験的には示されないし、物理的にも未特定のパラメーターがいくつかあるせいで言えることも少ない。

 

「だから、重力特異点とまでは行かなくとも特殊な物理現象を引き起こすための場は確立できる」

 

「そういうので素材を作ったり分析したりとかってできないのか?」

 

「……私は、知らない」

 

「なら考えるか、BIFRONS」

 

『適切なモジュールの不足を提言いたします』

 

「なに入れればいいんだよ」

 

俺が言うと一ダースほどのライブラリとか諸々のリストが吐き出される。ああなるほど、確かに数式処理入れていたけれどもこの種の理論物理系の数値計算の要素はいらないだろうと思って入れていなかったんだよな。あとこれはたぶんBIFRONSでは追いつかないな。

 

「……先工研の理論物理系の人を探すか」

 

一応俺も材料系の研究室にいた身だ。このあたりの空気は人工知能業界と同じぐらい馴染みがある。というわけで既にBIFRONSが用意していた名簿を確認。先工研の一角はまるまる我々が自由に覗き見できるのである。監視カメラの内容とか分析して不審者がいないかどうかとか変な動きをする人がいないかどうかを確認するシステムも組み込んであります。

 

「この人は?」

 

四辻さんが顔写真の隣の専門分野を指す。

 

「多分この中で一番いいんだが、じゃあどうやってつながりを作るかだよな」

 

「青原さんに尋ねる」

 

「第一候補だが第二と第三ぐらい用意しておこうぜ」

 

そんな計画をこつこつと用意し、BIFRONSの中にあるデータと合わせてその計画がどこまでうまくいくだろうかなんてことを考える。もちろん人間をデータだけで見るのは愚かな行為だが、データもなしに人間を見ようだなんて言うのも無理な話だ。

 

「共同研究にすればいいのか?」

 

俺はそう言いながら手元にあったボールペンを指の間を踊らせるように回す。

 

「私たちが必要な計算に支援をしてほしいという形のほうがいいと思う」

 

「あくまで事務系だぞ俺ら、ただ計算システムの活用って点では悪くない気はするんだよな……」

 

測定や分析についてはそこまで詳しいわけではない。BIFRONSも百科事典的な知識があるがそこで実際に作業をした人間に勝てるかと言われれば微妙だ。手を動かす人間が持つ身体性は、言語ベースの人工知能ではまだ越えにくいのである。

 

ひとまずは説明用の書類づくりをしよう。官僚主義やら文書主義みたいなものは根回しの割合があまり高くなくてもシステムを動かせる悪くないシステムだ。少なくない人間は提案書を先に読んでから口頭で内容を聞く人を好むし、BIFRONSがやった心理因子分析はたぶんそういう交渉が適しているだろうという結果を出している。

 

もちろん、この種の検査を頭から信じるのは馬鹿だ。人間は多かれ少なかれ似たようなところを持つし、多かれ少なかれ読めない部分を持つ。だからその中間の、個性と呼ぶには強く、傾向というには弱いような微妙な場所でしかこの種の分析は役に立たない。

 

ただ、それでも俺の直感程度には当てになる。あとで青原さんとかから情報を合わせて確認してもらって、紹介をしてもらうとかしたほうがいいのだろう。四辻さんの行動力とコミュニケーション力があれば大抵は問題ないと思うが、世の中にはどうしようもない理不尽とか悪い噛み合わせとか言うものが存在するし、それを少しの手間で避けられるなら避けるべきだ。

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