超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション 8

レーザー物理の研究者。もともと理論系だが、実験方面に移っている。大学では教育よりも研究メイン。そんなことが手元の端末で少し調べるとでてきてしまうというのは恐ろしい時代だと思うとはいえこういう情報を自分から積極的に出していかないと研究者同士のつながりとか就職とかで不利になるらしいので難しいところだ。俺も四辻さんもまともなアカデミアで働くことはできなくなっている。

 

「だからですね、この観測自体はここ最近確認されている凝縮でして」

 

今回の学会ではエネルギーの凝縮現象がいくつか報告されている。理論系の詳しい話が出てから半年も経っていないし、学会の申込み期日とかを考えればかなりギリギリのはずだ。それを加味すると、本当に急いでこれをやったのだろうとは思う。ただ今となっては一番乗りをする段階は終わって、それをいかに再現性よく起こすか、あるいはよりシンプルな、はたまた精密な系でやるにはどうすればいいかを考える時期になっている。

 

今回の話もその一つだ。もともとこの准教授が専門にしていた分野と俺達が裏で手を回して世界に出した現象は比較的近い。この人はモード同期レーザーを使ってこの凝縮を観察しようというアプローチを取っていた。

 

そしてそれは普通に成功して、予想通りのデータが出ていた。いや、俺達はその原理を知っているから予想通りに見えるだけで、実際は様々な見つかりつつあるこの現象についての示唆の一つという位置づけになるのだろう。

 

「……素直だ」

 

隣で四辻さんが小さく言う。この会場にはそこまで人がいるわけではないから、周囲には聞こえないだろう。大学の教室で行われる学会というのは会議場とかで行われるものとはまた違って日常の学生気分が染み付いているような気がする。もう三河工業大学を卒業して時間が経っているのに俺の魂は九年間を過ごしたあの学び舎に残されているようだ。

 

「素直になるのか」

 

俺は呟き返す。まあやっていることはこの人の専門通りだし、研究内容もマイナーではあるが少なくともこの人にとっては確立された手法で行われている。それは素直なのかもしれないが、王道とも言える。文句のつけようがないやり方だ。いやまあ詳しく見ていけばどこか独自の点はあるのだろうし、それが専門家としての強みなのだろうけれどもね。

 

「難しいことを考えすぎず、一つ一つの問題に取り組む姿勢はいい」

 

「わかる」

 

そんな会話をしているとまもなく時間ですの澄んだ鐘の音が響く。スライドの進捗的には多分間に合いそうだ。こういうものは大抵どんどん遅れて昼休みがなくなると相場が決まっているのだ。

 

「ご発表ありがとうございました。それではご質問のある方は挙手をお願いいたします」

 

スーツを着た学生が言う。前に立っている人と部屋にいる人は大抵ラフな格好だ。このあたりのドレスコードというのは本当に難しい。理論物理系の学会ではスーツは堅苦しすぎるが教え子が出ているとか企業系の人であれば許容、ぐらいのラインのようだ。こういうところに企業が出るのかと思ったが案外基礎研究を発表しに来る人はいる。情報系で量子コンピューターとか使うようになりましたからね。

 

「……では、そこの方」

 

「お話ありがとうございます、先工研の四辻です」

 

俺の隣で立ち上がった彼女はマイクを受け取ってぺこりと頭を下げる。こちらに視線が向いたのを感じて、俺は組んでいた足を戻した。

 

「……つまり、この検出を利用することで凝縮が起きている物質自体の特性を把握できるのではないですか?」

 

「……良い、質問ですね」

 

相手の人の表情は遠くて見えにくかったが、それでも驚きに似た顔をしているのはわかる。困惑はどうだろう、見えていないのかしていないのか俺が読み取れていないのかはわからない。

 

スライドが切り替えられる。エラーバーのかなり長いグラフ。しかし俺から見ても悪くない実験環境だと思うから、もっと細かいところを時間をかけて詰めるか、あるいはデータ分析を工夫するとか、そういうことをしないといけないやつだ。

 

発表者の説明は悪くはない。とか考える俺は相当に失礼なやつだと思う。四辻さんはまあいいとして、俺が質問したくないのはそういう態度がにじみ出ていると思うからだ。

 

「……ありがとうございます、非常に面白いお話が聞けました」

 

四辻さんがそう言って司会の人にマイクを戻した。次の次でランチョンセミナーだからな。予約はきちんとしてあるのでご飯を食べながら最近の超伝導量子干渉計(S Q U I D)の話とかを聞きに行こう。

 

「こちらこそ、ありがとうございます」

 

発表者がそう返して、また手を挙げた別の人への質疑応答に移っていく。ここで四辻さんが言ったことが、どこまで周囲に影響を与えるかは正直わからない。ただ、ここに座って話を聞いているような人の少なくない割合が四辻さんの言った手法を試してみようかなと考えるはずだ。その中から一人でもうまくいってくれればいい。

 

最近の学術研究は容易に国境を超えるようになった。英語への翻訳のハードルは人工知能のおかげでぐっと下がったし、人工知能が粗製乱造するとはいえちゃんとした審査のハードルが上がっているせいで真っ当な学術誌には真っ当に書かれたものしか掲載されない。

 

それは裏返せば人工知能の協力と推敲なしにはちゃんとしたものを書くのがかなり難しいという話になるんですけれどもね。よくあるジョークとして現代の学術共通語はナイジェリア英語であるというものがあります。人工知能のモデルの改良のために不可欠な強化学習のためのフィードバック評価は英語話者が多くて物価の安いナイジェリアで行われているからというものですね。

 

膨大なベースとなるテキストがあっても、ほんのわずかな調整で出力というものは変わってくる。特殊な言い回しであったり、文法上の微妙な選択というものは事後学習で結構弄くれるものなのだ。なので今からBIFRONSの発言に方言を乗せることも可能です。もとの学習データがインターネットに散らばった似非関西弁になりそうな気がするのでやりたくはないが。

 

「それでは発表を終わります、次の発表者の方は準備をお願いします」

 

少し焦ったのか、司会の学生が進行をしてしまう。俺はちょっと考えてから、拍手をすることにした。そこから広がるまばらな拍手に、発表者は小さく頭を下げていた。

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