超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ガーデッド・サスペンション 10

俺達の出張費というのはあまり安いものではない。宿は半ば自腹だとしても、旅費はしっかりとかかる。そしてその予算を審査するということになっているのは青原さんで、俺達は一応彼に説明責任を持っている。

 

「……もし本当に私が君たちの上長としての仕事をしなければならないのなら、これについては却下したいところだが」

 

彼は俺達が出した報告書に不満があるようだ。そりゃまあBIFRONSで適当にでっち上げたものだからな。それなりの整合性があるようにはしているし、俺と四辻さんの手癖をちゃんと混ぜてはいるが、慣れている人から見れば違和感が残るのだろう。

 

「色々と秘密があるんですよ」

 

「わかっているとも、それにこれも仕事ではあるからな」

 

「……ありがとうございます」

 

「労ってくれるのはありがたい」

 

そんな会話をして、俺達は部門長室を出た。あの部屋はなんか雰囲気が独特なんだよな。

 

「昼食は何にする?」

 

四辻さんが隣から聞いてくる。

 

「今日はこの後予定もないし……ちょっと散歩でもするか?」

 

「良いね」

 

楽しくファミレスが並ぶ道まで歩く。帰りが面倒になったらバスにでも乗ればいいだろう。先工研では外に食事に行く人は多くはないが、先工研に用事があって来た人は仕事を終えたらこういうところに食べに行くのだろう。

 

「……始まった、と考えていいと思う?」

 

「何がかを明確にできない以上、言いたくはないなぁ」

 

一応、俺も何かが来ているという感覚はある。きっと人工知能ブームの時代の人とかはそういうのを感じていたんじゃないだろうか。あるいはいわゆるパラダイム・シフトを見ていた人々は。

 

ただ、それは具体的に何がどう変わっているかとはっきり言えるものではないのだ。例えば今は日がどんどん長くなっているはずで、まもなく夏至になるはずだ。けれども、昨日と今日しか覚えていない俺はそれを変化と感じることはできない。かつての記憶を辿ると夜六時には暗くなっていたが今は違うな、というだけ。

 

「そう」

 

「いや、たぶん俺達は後世のインタビューで語られるかもしれないけれども、それはトリビアみたいな枠だし、その頃には俺達はもう安定した場所にいるか、あるいは消えているわけで」

 

「古瀬さんは、未来からの追及を恐れないの?」

 

「……そりゃまあ、名誉を保ちたいとは思うよ」

 

馬鹿にされるのは嫌だ。努力は評価してほしい。けれどもそれはある種の幼稚な願いだ、と俺は思っている。悪いとは言わない。叶うべきだとも思う。ただ理想論や原則に過ぎなくて、現実を前には折られることも多いものだ。

 

けれども、結局は俺の知りようがない後の話じゃないかとも思う。もちろん俺の後継者とか、俺の名前を背負う人とかがいれば、そういう人には迷惑をかけることになるので多少の罪悪感はある。顔の見えない人に何かを押し付けるのは嫌だし、それは知りようがない相手だとしてもそうだ。

 

「……古瀬さん?」

 

「ああいや、俺って結構俺のことを軽視しているんだなと」

 

「人間は大抵そういうもの」

 

「四辻さんがそれを言うのか」

 

「それを止めるために、相当苦労がされている」

 

そう言いながら四辻さんは肩甲骨の間ぐらいまで伸びる髪をちらりと持ち上げて、うなじについているブレイン・マシン・インターフェイスを見せるようにする。

 

「隠しなさい」

 

俺がそう言うとすっと四辻さんは手を下げた。隠されたものを見ると変な気分になるのは良くないことだと思う。

 

「……私は、自分を抑えるのが苦手な方だと思う」

 

「それ、なしではか?」

 

「そう。生の感情をきちんと扱っていることについて、私は古瀬さんを尊敬している」

 

「俺は別に言うほど生じゃないぞ、けっこう抑圧していることがある」

 

「……そう」

 

微妙な距離感。四辻さんが非言語的な問題に取り組めるだけの基盤を手に入れられたのはいいことなのだろうが、そうすると今まで見えてこなった断絶がはっきりとしてきかねない。

 

それでも俺達には共通点が多いはずだ。そもそもどちらもヒトだし。違いを見ればいくらでもあるし、共通点を数えればかなりのものだ。人間は見たいものだけを見るようにできているので、俺は仲良くしていきたいという意志の下で彼女とやっていくことにしよう。

 

「そろそろ資金投入のフェーズだろうな、投資家たちが気がつき始める」

 

「気がつかせるようにする、の間違いでは?」

 

「受け取り方の曖昧な違いは誤差の範疇だろ」

 

そして俺達は金回りの話には手を出せない。根本的にそういう知識がないのだ。こと物理学と工学においては人類の知識をはるかに超えるものを持つ四辻さんでさえ、我々の経済を扱い切ることはできない。俺達だって進んだ文明を持っているが、単細胞生物一つ第一原理シミュレーションできないのと同じだ。

 

複雑な系は、それ相応の理論を必要とする。それはヒューリスティック、悪くなれば雑な外挿にすぎなくなるのだが、少なくとも現在経済学は何となく機能しているように見える。少なくともドルがハイパーインフレーションを起こしてはいない。

 

四辻さんの過ごした場所では、そこまで複雑なシステムが生まれる余地がなかった。おそらく構造体とやらの内部で知性がいろいろ議論というか仮説検証とか優先順位決定している時には相応のものがあったのだろうが、それは四辻さんのレイヤーまでは降りてきていなかった。

 

「……最近、他人に任せるのが怖いと感じる」

 

「信頼できないのか?」

 

「私よりも賢くない人が、私と同じぐらい衝動的な人が、世界を決定していると考えると、そうなる」

 

「賢いって言葉をその言い回しで使うのはやめたほうがいいぞ、人間は賢さを結構重要な指標だと思っていて、それを否定されると価値を否定されたような気分になる」

 

別に足が遅いとか視力が悪いとかと同じで、人間は頭が悪いことがあるとは思う。それは確かに何かと不利で不便ではあるが、その程度だ。むしろこの世界は一定の知性を前提としすぎていて、制度なんかも知性的にはバリアフルになっている。馬鹿でも理解して変えられるようなシステムにするべきという理念は、実用上ろくでもないことになりそうだという気配を置いておけば理にかなっていると俺は思う。

 

「……気が立って出た悪口」

 

「そうか、落ち着け」

 

四辻さんがそういうことを言えるようになったのは成長なのだろうが、人類にとってはきっと良くないことだな、と俺は小さく笑った。

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