超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 2

「人類は本来こういうものを作るのに数年がかりだったんだけどなぁ」

 

俺はそう言いながら裏で並列で試されているGUIのバグ取りを見る。BIFRONSが低レベルのエージェントを百個ぐらい並列させて回しているのだ。それぞれのエージェントの行動は人間の二倍ぐらいの速度で内部クロックとか色々考えると一晩でテスター一人の一年分の仕事をしているのである。もちろんそうやってもバグはあるのだが。

 

今作っているのは一般公開されているレーザー物理シミュレーターの改造版のGUIの作成。基本的にこの手のシミュレーションシステムは文字列を読んで文字列を吐き出すのだが、それだとやっぱり直感的に使いにくいし、出てきたものが正しいかどうかもわからない。

 

「視覚情報が重要なのは理解するけれども過剰な装飾だと思う」

 

「CLIに人間は慣れていないんだよ」

 

コマンド・ライン・インターフェイス。入出力は全部画面に流れる文字として表現されるものだ。画像を表現するためのシステムにコストがかかっていた時代の産物であるが、同時にテキストベースの人工知能の活用に伴って見直されてきたシステムでもある。

 

なにせ言語システムは視覚情報を入れていないので、テキストだけでやり取りすることに特化したインターフェイスのほうがやりやすいのだ。まあそれでも使っているのはディスプレイだし普通に斜体と回路とか出てくるんですけれどもね。

 

ちなみに四辻さんはそれをそういうものだと既に理解して使えるようになっている。強い。このあたりの可塑性というか汎化性はかなり高い。標準的な人間以上だろう。まあそうでもなければ人間のみで超巨大な構造体の修理なんてさせようとは思わないからな。

 

まあ、脳に直接インターフェイスを仕込んでいる存在にとっては別のインターフェイスを使うことにもためらいはないのかもしれない。本当はあの後頭部のやつを改造してLANケーブル刺せるようにしてやりたいのだが、それは原理的に無理だと言われたので諦めている。

 

「それでも投じた時間と計算資源に見合うものが得られるの?」

 

四辻さんが痛いことを言ってくるが、それに対する正当化ぐらいは用意してあるのだ。

 

「このあたりは別にコストってほどコストでもないだろ、デザインの微調整とかはある程度学習したデータでできるようになっている時代だからな」

 

「既存の配置の組み合わせに過ぎないように思える」

 

「世の中そんなもんだよ」

 

複数の要素をそれぞれ個別にオンオフするならチェックボックス、一つだけ選ぶならラジオボタンかドロップダウンリスト。そこから作ったテキストファイルの方を直接編集してもいいようにしておく。

 

よくあるソフトウェアに合わせるというのは重要だ。道具というのはその形が機能を示していることが望ましい。危ない道具は見るだけで危ないような形をしているべきだ。もちろんシンプルすぎたり歴史上洗練されているとその道具の使い道が一目ではわからなくなってくることがあるというのは否定しない。

 

ところで俺の生まれ育った愛知県では奇妙なカトラリーでラーメンを出す店があるんですが今度四辻さんを連れて行って初見であれを使えるのか見てみたくなった。

 

「それで、時間をかけている外観に対して中身は?」

 

「全然うまく行かない」

 

いや、原理上は問題ないはずなんだよ。名無し凝縮のメカニズムは解明されつつあるし、大規模シミュレーションで結果も出た。だからそれを上手く対称性を前提に落とし込んだ組み込みモデルを用意すれば相対的にコストを抑えた状態で扱えるはずなんです。少なくともそういうふうに複数の論文が言っています。

 

さて、ここで問題が一つあります。こうやれば実装できるだろうと言われている論文がいくつもあり、このあたりのコミュニティは結構オープンソースに積極的です。それなのになぜ具体的なソフトウェアが出ていないのでしょう。

 

「……これを作ることができたら、私達は有名になりすぎるのでは?」

 

「いやまあ、その基準で言えば俺はもう有名人だよ」

 

「それもそうかもしれない」

 

四辻さんが納得する程度には、俺は人工知能分野のごく一部の界隈で有名だ。ここで言う有名というのは、そこから一歩離れれば誰も知らないことを意味する。仕方ないだろ今の時代はいろいろなものが細分化されて尖りすぎているんだから。

 

少しの努力で小さなコミュニティの中でかなりの立場を手に入れることはできる。それでもそのコミュニティがいつまで保つかは全くわからないし、少しでも変なことをすればずっと残る烙印がユーザー名に対応して刻まれることになる。幸い俺はずっと同じIDを使い続けているし、調べれば俺の本名とアカウントを紐づけることはできるが、そこに出しているのはもし見られても大丈夫なものだけだからきっと問題はない、はず。

 

「具体的な問題は?」

 

「長距離でカオスになってる気がするんだよな、多重極展開しても微妙な項が残っているというか」

 

「その部分を対象として追加の計算項を入れるのは」

 

「やってみたが閉じた式に丸めるのができていない、ニューラルネットにも落とし込めない匂いがする」

 

「人間の感覚を信用するべきではない」

 

「BIFRONSは今ちょっとGUIで回しているから止まっているが、これについてはおそらく結構な人がやっているから別に俺達がやらなくてもいい気はする」

 

「私が挑んでみるのは?」

 

「そこまでの価値があるかな……」

 

四辻さんの頭脳は切り札というほどではないが十分に強力だ。思考速度が人間のかなり上澄みの水準というのは素晴らしいが、それは知識に比べればありふれたものだ。俺個人としては自分の持つ知識を過小評価しているところがある気がするし、それを四辻さんに当てはめるのはすごい失礼になるよなというかろうじての理性で自己嫌悪と他者への攻撃をなんとか防いでいる。

 

「趣味でやる。だから教えて」

 

「……わかったよ」

 

俺が教えるというのは無駄が多い、なんてことは四辻さんは良くわかっているだろう。むしろこれは俺のためなのかもしれないとは思う。ただ、四辻さんが本気で考えてくれるのであれば、俺だって多少は助けになれるような関係を築けているしその程度の力関係だという認識が積み上がっているのでちゃんとやるとしよう。

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