超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 4

「……それは修正なの?」

 

俺の説明を聞いて、四辻さんが言う。コピー用紙に描かれた雑な図はリアルタイムで見ているBIFRONSが清書してくれていたが、やはり正確性よりもそれらしさを優先する手描きを上手く形にするのって難しいよな。

 

「実験値に理論を合わせているんじゃないかと?」

 

「そう」

 

四辻さんは疑り深い目でこちらを見る。多分わざとだ。読みやすいノンバーバルコミュニケーションを取ってくれるのはかなり助かる。

 

「たぶんそう」

 

俺は素直に自白する。シミュレーションとは多かれ少なかれそういうところがある。どの要素を切り捨てて、どの要素を重視するかなんて言うのはどうしても恣意的なものだ。実験値との系統的な一致がそれを正当化してくれるというのが一般的な認識だが、十分学習したシステムが性質のいい系を内挿することは珍しくもなんともない。

 

問題はそれが新規の現象をきちんと予測できるかどうか、そして起こっている現象をうまく説明できるかどうかにかかっている。そして今のところ、それは半分ぐらいしか成功していない。

 

名無し凝縮で生まれる準粒子の振る舞いの測定自体は進んでいる。ゴールドラッシュというか、物理学の面白い鉱脈が見つかった扱いされていて予算が余っているところであるとか新規で取れたところは余裕を見て色々と試している感じだ。

 

「補正をどこまで合理的に説明できるかが重要だと私は考える」

 

「うーん、合理性でいえばこのモデルはどれも同じぐらい合理的だと思うんだよな、だからこそ実験値の比較ぐらいでしか選ぶ要素がないわけで」

 

長距離作用をうまい具合に切り分ける方法というのが求められている。例えば距離をもとに影響を考える方法と、距離の逆数をもとに影響を考える方法を両方用意して、それをうまい具合に組み合わせれば零とか無限大みたいな面倒な要素をうまく回避できるみたいな考え方だ。

 

そもそも、今回計算するレベルの系では結晶というか規則性を持った二次元空間の広さが名無し凝縮の強さにかなり影響を与えてしまう。だから面積というか不均一性のパラメータを追加してそれで補正をかけようみたいなことも考えたのだが、それは結局フィッティングになってしまいかねない。表面の性状を名無し凝縮を用いて求める測定手法の一種といえば聞こえはいいが、曖昧なもので曖昧なものを測ったところであまり意味はないのだ。

 

「……近似をそもそも考え直す必要がある?」

 

「やらなくちゃいけないことが多いから詰まっている。いま得られた実験値と照らし合わせて、かつそれらしいモデルを立てても、同じぐらい信憑性のあるものがいくつも作れてしまう」

 

「……少し時間をかければ、私の知識を展開できるかもしれないけれど」

 

「大丈夫なの?」

 

彼女の知識はそれなりに圧縮されていてブレイン・マシン・インターフェイスのマシン側に入っているらしい。本来それは巨大なメモリーシステムと繋がって四辻さんに膨大な知識を与えてくれたのだが、今ではキャッシュのために残しておいたものだけらしい。その情報量だけでもかなりのものなのだが、問題はそれらが圧縮されていたり不完全な状態しかなかったりすることだ。

 

「処理できる空間を広げていけば、ある程度は慣らすことができる」

 

「脳の可塑性はそれなりにあるとは思うけれど、無茶じゃないか?」

 

「……完全な安全は、保証できない」

 

例えばコンピューターは自分の中にあるファイルを全削除するような命令を、少なくとも実行することはできる。遂行されるかは別としてだが。

 

彼女は自分の脳を、そう扱うことができる可能性がある。別に俺達だって適切な銃を頭に突きつけて引き金を引くことはできるし、刃物を自分の腹に刺すことだって可能なのだ。道具を使って思考を強化することができるなら、それを使って思考を壊すことができたっておかしくはない。

 

もちろん、ある程度のセーフティーはあるのだろう。知識に基づいた恐怖心みたいなものも実装されているのだろう。彼女にとっては高いところにあるものに手を伸ばすために柔軟体操をする、ぐらいの感覚なのかもしれない。俺の持っている世界についての認識と彼女が持っているそれがかなり違うし、そこをすり合わせることでえられるものもあまりないから本当にそうかはわからないが。

 

「わかった。無理をしない範囲で試してみてもらえるか?」

 

「範囲をもう少し明確にするべきでは?その責任はあなたにあるわけで」

 

「……BIFRONS!」

 

俺は面倒になって叫ぶ。誰かに頼ることは逃げじゃない、と信じている。ただし逃げでなくとも避けるべき気があるという事実からは目をそらしている。

 

『本システムは個人の価値判断を支援することはできますが、価値判断およびそれに伴う責任を引き受けることは構造上できませんし、致しかねます』

 

「市場に出ている人工知能みたいなこと言いやがって」

 

『免責事項もご確認ください』

 

「BIFRONSがやらかしたところで責任取るのは結局作った俺なんだよ、まあとはいえどう選んだところで大抵は問題ないわけだからな……」

 

何かを選ぶと責任が伴う、なんていうのは当然のことだ。BIFRONSの開発は法的リスクが常に伴っていたし、四辻さんと一緒にこの地下施設にいるということは色々と問題を引き起こす可能性が高い。それでも、俺はここにいることを選んだ。

 

それは覚悟というより諦めに近いのかもしれない。何かがあっても受け入れるから、俺は何かを真剣には選ばないみたいな。結果として過去の自分を呪ったとか恨んだとかそう言う経験もあまり記憶にないからな。忘れているだけかもしれないが、もしそうだとしたら所詮その程度の事件だったということだ。

 

「古瀬さんは、どうする?」

 

「やって。ただし知識が失われたり、連続性が失われるぐらいまでなにかが変わるようなら、そこで止めて。そうなる可能性が十分あるようになったら伝えて」

 

「……曖昧なものだけれども、厳密に割合を決められても私も計算をしきれないから曖昧に行く」

 

「……俺にできる対応はする」

 

「ならアイスを買ってきて、バニラを、今すぐ」

 

「……はい」

 

外は少し暑い時期になっていて、このクーラーの効いた地下室から先工研の敷地内のコンビニに走って行って溶ける前に帰ってくるとなると息切れしそうなぐらいに辛い予感が今からしていた。

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