超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 5

四辻さんの作業を見ていると、俺とは根本的に何かが違うなと思い知らされる。

 

「四次までの変数を事前に格納しておけば速度を下げることなく処理できる……そう、いや違う、それよりも累積処理がいい、計算速度を倍にはできるはず」

 

普通の人間であれば、人工知能と同速度でプログラミングをするというのは至難の業に近い。実際にはできるだけ放置するためにどうやって逸脱を管理するかみたいな方向で研究というかバッドノウハウの蓄積が進んでいるのだ。

 

それを彼女はリアルタイムでログを読み、理解し、それに介入することで対応している。マイクロマネジメントはこの種の委任型プログラミングでもあまり良くないとされているが、BIFRONSが速度を調整しているのもあってかかなり上手く行っているように見える。

 

もちろんこれができる人間がそうそういるわけがない。脳の中にすでにある程度設計図ができていて、それを現実世界に広げるみたいなことでなければまずは理解が追いつかないし、その上で様々な知識を人工知能の選択と同程度かそれ以上の精度で出していく必要がある。

 

それらが全て噛み合えば、俺が人工知能を見張ってログを読んで承認のためにエンターキーを叩くのと比べれば、数倍の速度と高い品質を生み出せる。完璧に整備された機械が、一般のものの数倍の性能を叩き出すように。

 

「あと五分で作業を停止するから、準備をして」

 

「わかった」

 

なので俺は彼女のご機嫌取りみたいなところがある。いやでも環境整備って重要なんですよ。彼女はかなりアイスクリームが好きになっていた。色々なフレーバーを楽しんでいるが、それは体が冷える時の落ち着きみたいなものも混じっているのだろう。彼女は俺達よりも味の概念が広いというか深い。その感覚を統合したのが最近だというのもあって、かなり独特な印象を持っているようだ。

 

俺達は味というものを匂いと触覚とで認識する。塩辛いと辛いは違うし、後者は痛みの感覚だ。渋みも味覚とはまた別だっけな。そういうものをひっくるめて俺達は味を感じる。四辻さんもある程度はそうだが、そこにもっといろいろなものが入っていそうなのだ。

 

匂いと記憶が結びつく、とかにも近いかもしれない。俺だって特定の柔軟剤の匂いが母方の祖父母の家の香りに繋がっている。木の匂いで思い出す学校の教室がある。彼女にとっての味覚というのはそういうものに近い、イメージとかを複合した感覚になっているのだ。

 

「……いいよな、色々と見えるっていうのは」

 

俺は冷凍庫からアイスを出して机の上に並べてから、ソファーに座る。俺は視野が狭い。BIFRONSに強化されたところで、もとの理解力に限界があるからきっと他の人が見えている構造を把握できないことも多いのだろう。

 

「終わった」

 

「お疲れ様。見ていたけれども相当進んだ?」

 

「基本的な骨子を古瀬さんが作っていたから」

 

そう言いながら彼女はざっくりと金属のスプーン山盛りにアイスを掬って口の中に入れる。

 

「うん、アイスクリームはこの痛みがいい」

 

『ストレスの原因となるのであまりおすすめするものではありません』

 

BIFRONSが言っているが、俺は彼女の表情から痛みが読み取れないな、なんてことを考えていた。微妙に眉の周りの筋肉が動いたりとかそう言うのが本来はあって叱るべきだと思うんだけどな。

 

「なあBIFRONS、四辻さんの表情って読めるか?」

 

『アイスクリームを食べる時に起こる頭痛に伴う表情はパターンが存在します』

 

「なら俺の目が悪いだけか」

 

BIFRONSは俺とは違う複雑な分析能力を持っている。それに俺が何を考えそうかを大体理解している。言われれば確かに推測できそうだなと後から思えば納得できるものでも、それをリアルタイムでやるのは難しいのだ。具体的には俺がそれが苦手なので。

 

「問題を見つけて解くのは楽しい。かつてはあまり重要視されていない技能だった」

 

「自律して修理するような仕事があるなら必須じゃないのか?」

 

「その場合でも問題の発見には人間の感覚と思考は決して向いているわけではないから。人間の目が認識できる波長は限定的で、分析に必要な現象を捉えられない」

 

「まあ確かにあれは恒星と大気依存だからな……」

 

宇宙は真空で、存在するのは材料だ。分子の振動が生む赤外線も、あるいは電子の動きが生む紫外線も、そこにあるはずなのに人間の目はちゃんとは確認しない。宇宙に構造体があったのなら、そこに必要なのは人間の目ではないだろう。

 

「もちろんある程度の改造をすれば人間もそれを処理できるようになる」

 

「……直接、か?」

 

「視神経を置き換えるような操作を含めていいのなら」

 

頭の中で人工網膜の話を思い浮かべる。ブレイン・マシン・インターフェイスの方向を語るなら外せない分野だが、成功しているとは言えない。生き残っている視神経がないといけないし、それでもできるのは眼の前に物体があるかどうかみたいなものだ。場合によっては晴眼者が明るい場所で目を閉じているよりも得られる情報が少ないし、それなら周囲の環境を音とかに変換して骨伝導イヤホン経由で聞いたほうがいいだろうなんて話も普通にある。

 

「そっちの技術というか認識がどうなるかは知らないが、すでにある精巧な光学受像素子と置換するだけの価値があるのか?」

 

「大抵はない。それに変換機を入れれば大抵は解決する」

 

「……その変換機の定義が、広いのか」

 

赤外線を見ること。超音波を聞くこと。難しい問題を解くこと。いずれも普通の人間にはできないけれども、特殊な装置を用いれば可能なものだ。見えないとか理解できないというのは程度の問題に過ぎず、人間が扱えるところまで引きずり下ろしてしまえばいいという発想。

 

「それはそれとして、その機能は衰えていたわけではなかったらしい」

 

「転移、かね」

 

どこかで学んだものを他の分野に流用するためのもの。四辻さんの脳はブレイン・マシン・インターフェイスと繋がる過程でかなり強化されていたし、送られてくる信号を解読するために推論とかを行う脳の領域が鍛えられていたというのはありそうな話だ。あくまで表面的な印象に過ぎないが。

 

「基礎体力に近いものかもしれない。ただ、このあたりの言葉をいじくり回しても適切な概念は多分ない」

 

「実体験しないとわからないもの、か」

 

俺が知らない感覚は色々とある。その全てを経験することはできないだろう。それは少し悔しいことでもあるし、逆に言えばコンプリートしなくたっていいと少しだけ安心させてくれるものでもある。

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