超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 8

「問題とは思っていないが、念のため裏で調査をしている」

 

久しぶりに先工研に来た須藤さんとのお話である。青原さんと色々と調整をすることがあるらしくその打ち合わせで来ていたということになっているが、公的にはそろそろ俺達のつながりを作ったほうがいいかもしれないみたいな判断もありそうだ。

 

何かを隠し続けるというのは難しいが、タイミングをずらすことはそれに比べればまだ簡単だ。俺とか四辻さんが現代技術の最先端を行っているのが、アセット42について国家がより注目を始めたからだ、みたいな立ち位置に調整できれば一番なんだがね。

 

「あれをちゃんと精査したんですか?」

 

「実際に読んで確認した」

 

「お疲れ様です……」

 

一般的に言えば怪文書と呼ばれるタイプの未来予測を丁寧に読解するというのは拷問とかの類な気がする。ただ残念ながらこれを規制する法律とか条約とかはないので須藤さんには苦しんでもらうしかないだろう。

 

「ただ、我々は青写真を出しすぎたのではないかという危惧は当然ある」

 

須藤さんが言う。俺は頷く。

 

「引用の元文献書いていないので断定ができるものではありませんが、用語の使用自体は俺達が手を貸していた論文から引っ張られているように思えます。それらが同じような方向を示していることを人工知能が素直に見てしまった場合、独立に発見された事象が大きな流れの一部であると誤認識することは十分ありうる話かと」

 

データがどこから来たかみたいな話は案外難しい。例えば教科書に乗っていないほどに一般化してしまった一般論を人工知能が手に入れていることがあるが、それはしばしば明白な出典があるというよりも多くの行動というか入力を分析して見えたパターンを処理したものだ。

 

同じぐらいにニューラルネットワークの重み付けに使った学習や、動的重み書き換えの過程で組み込まれた文章なんかは確かに人工知能の出力に影響を与える。ただ、それは小説を読んだら文体とか独り言がその小説によるみたいな話で、無断利用とか無断転載とは違うのだ。とはいえ著作権法上どうなるのかについてはここ数年判例が重ねられながらあまり統一された見解が出ていない分野である。

 

だってこういうことを知らないで雑に人工知能に触ると今でも反人工知能主義者に出会うんですもの。インターネットを使っていて人工知能の恩恵を受けていないわけがないのだが、しばしばこの種の声の大きい人は足元を見ていない。

 

いや、見ていたら見ていたらで現状をしっかりと受け止めた上で議論していることになるので、話す分には楽しいとは思うが、俺のポジショントークという側面から言わせてもらえば社会政策には絡んでほしくない。俺は人工知能を自由に作って改造できる世界がいいんだ。その過程で人類が人工知能に滅ぼされるリスクは交通事故で人間が死ぬたった数倍しかないんだぞ。結構ある気がしてきたな。

 

もちろんこの確率は非常にざっくりしたものだし、まだ一度も起こっていないイベントについての議論はあくまで思考実験以上の価値は薄いという前提をおいて捉える必要がありますがね。

 

「……それはそれで、悪い話ではない、か」

 

「科学史とか産業史とか技術史系の人が欲しいところですけれどもね。ただ、後から見ればどうなったかはっきりわかるものを今見ようとしたところで限界があります」

 

「限界があるからといって止めるわけには行かないのだよ。少しでも見ておけば、他の人々より一歩分でも早く全体像を掴めるかもしれない」

 

「素人がやると陰謀論一直線ですからね、このあたりは情報分析をちゃんとやっている人におまかせしたいところです」

 

科学とか技術とかは断言の前に証拠を集めようとする傾向がある。すでに全部起こることは起こっている歴史系であるとか、あるいは情報がないことを前提にしている経営とかとはそのあたりの趣が多少は異なるのだ。もちろん程度だと言われてしまえば何でも程度に落とし込むことはできるが。

 

「陰謀論のような世界の捉え方は、案外人間にとって普遍的で根本的なものだとしたら?」

 

「人工知能もそういう認識を持つでしょうね。記号化して、ストーリーに乗せやすい形のものしか彼らは認識できませんから」

 

「……そう来るか」

 

須藤さんは口元を抑えながら口角を上げている。無表情というか仏頂面と評されるようないつもの様子からしても表情筋が豊かだ。というか表情は非言語的コミュニケーションだからボイストレーニングみたいに鍛えておいて損はないんだよな。あまり詳しい鍛え方は知らないし、俺が多少やっているのはBIFRONSが読み取りやすいように筋肉を動かすトレーニングに近いが。

 

「人工知能は言葉だけの世界に生きています。SNSばっか見ていて現実の人と話していないようなものですね」

 

「かなり言葉がきつくなっているぞ」

 

「……失礼」

 

須藤さんに言われたということは注意すべきものなのだろうな。今後俺が表に出る機会も増えてくるだろうからこのあたりは修正していかないと。

 

「四辻さんはどう思うかね?」

 

須藤さんが声を変えると、四辻さんは一拍遅れて背筋を伸ばした。ぼんやりしていたというよりなにか考え事をしていた感じだな。いつもは平気な顔をしてやっている並列作業を切っていたというかできてなかったということはなにか面倒なことを頭の中で弄っていたのだろう。

 

「私は……そういう風に世界を見るのはいいと思います」

 

「いい、か」

 

「自分で世界を作って、選べるというのは私に与えられていなかった選択肢なので」

 

こいつ理解する過程を盆栽か何かだと思ってないか?とはいえその考え方は一理あるな。本を読んだり、何かを学んだり、あるいは人間と交流したり。そういったものは脳の中で記憶として、知識として、そして判断の材料として構築されていく。人格の涵養みたいな単語を何処かで聞いたことがあるようなするが、人間というのは作れるのだ。

 

もちろんこれは綺麗な言葉で語れば教育だが、普通に洗脳の裏返しでもある。もし誰かのアイデンティティや世界の認識の方法を書き換えることができたとき、その書き換えの基準がどうあるべきかなんて話は非常に難しいしやりたくないものだ。少なくとも俺はそのあたりを個人としては考えないで生きていきたい。

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