超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 9

材料技術領域における革新的な競争力強化に向けた通商産業行程戦略なるものが総理府から出された。有識者会議が開かれていたからそろそろ出るんじゃないかなと思っていたし、この手のものは年に百本ぐらい出ている気がするのでそこまで世界には影響がないだろう。

 

「……やっぱり官僚の作るスライドってわかりにくいな?」

 

そう言いながら俺は画面に映し出される文字を見ていく。具体的に何年後までに何をするかという計画がしっかりとまとまっているが、どうにも魂が入っていないというか、具体性が欠けているように見える。これもしかして国家が投じる資金を吸い取るだけのスキームじゃあるまいな?

 

とはいえ色々と投資が行われるのは事実だ。今の時点でも量子系のデバイスのための欠陥スピン材料とか、次世代固体電池として期待される金属リチウム・空気電池とか、低Z材料によるX線メタマテリアルとか。

 

「かなり必要な要素を込めているように見える」

 

「知ってるとちょっとわざとらしすぎやしないかとまで思えてくるな、これ」

 

金属リチウム・空気電池はともかくとして、量子系を扱うための手法とX線メタマテリアルは俺達のやりたいこと、つまりミリメートルサイズでありながらナノレベルで制御された物質のために必要なものだ。いや、ある意味ではそういう大きな目標自体は四辻さんが来る以前からあって人類の技術がやっとそのあたりに指をかけたと言うべきだろうか。

 

もちろんこれは偶然ではない。もし四辻さんが百年前に来ていれば、効率が悪くともリソグラフィーに基づくマイクロ構造素子を作るように言っていただろう。それは今の俺達が集積回路とか微小電機系(M E M S)と呼んでいるものに、しかしながらそれとは微妙に異なったものになるだろう。

 

系譜を辿るなら、常に目標は指に引っかかるぐらいの高さにあるのだ。それは今まで気がつかなかっただけかもしれないが、言われてしまえばずっとそこにあったものになる。そして身体を持ち上げてさっきまで掴んでいたものが当たり前になると、また新しい目標がやってくるのだ。

 

「……これには、どれぐらいの資金が投じられるの?」

 

「国家が出すというか支援するみたいな方が近いだろうな、前のブレイン・マシン・インターフェースの事業連合(コンソーシアム)と方向性は似ている」

 

突っ込まれる金額は……二千八百億円。えっ、相当では?ある程度の長期間にわたって行われる研究に投じることを前提に考えてもそれなりのものだ。単純計算で数千人の研究者を十年間動かせる金額である。

 

もちろん現時点ではこれは試案である。とはいえ出たってことは根回しは終わっているんだろうな。有識者会議のメンバーは以前調べたからあらかた見当はついているが、各業界のなかなかいいところの人を引っ張ってきていた。ちょっとだけ防衛というか巨大プラント系の匂いが見えたのは気のせいだと思っておこう。須藤さんのコネクションだとそういうのが中心になるのは仕方がないのかもしれない。

 

「この予算は通ると思う」

 

四辻さんが言う。あくまで感想みたいな口調だが彼女のことだ、色々と頭の中で考えているのだろう。

 

「どうして?」

 

「類似の資金例をいくつか思い出したけれども、どれも大きな反対はなかった。予算の詳細について与党が何かを言うかもしれないけれど、それで変わるようなものではない」

 

「……須藤さんだけじゃなくて、もっと上の方まで巻き込んでいるのかね」

 

政治の動かし方というのを俺は知らない。誰かに頼めばいいというのはなんとなく見当がつくが、じゃあ誰にいつどうやってとなると何もわからない。そもそも普通の政治家というのはいきなり話を持ち込まれて乗ってくるような人なのだろうか。そこも知らない。

 

「それにしては人選が微妙だから、須藤さんの行動を黙認している、あるいは弱く支援しているという形が近いと思う」

 

「そういうものか……」

 

この手の分析は四辻さんもかなりのものになっているというか、俺よりも社会常識というやつを鍛えていそうな気がする。むしろ俺が最近のニュースとか見るの比較的サボっているからな。

 

国際情勢は比較的小康状態、つまりは世界の何処かで小さな紛争が起こっているというあたり。日本国内では首相の失言を野党が追求しているが失言ってほどでもないと思うので結局騒いでいるだけ。大きな事件がないというのはありがたいことだ。

 

もちろん、科学技術の方ではかなり大きな動きが始まっている、気がする。欧州の複数の機関が共同研究を立ち上げ、アメリカも大きめのプロジェクトを立ち上げた。それに比べれば我が国の投資は相対的に落ち着いたスケールである。背伸びをしているわけではないと言うべきだろうか。

 

もちろん、それが小さな額ではないことはよくわかる。呼び水として使う金だとしても、回収できるかどうかはかなり怪しいところだ。それで産業が大きくなったところで、その利益の全額を回収できるわけではない。それでもなんだかんだで三分の一ぐらいは持っていくのでかなりのものではあるが。

 

世界に数個しかない産業を、日本はいくつか持っている。半導体分野は今は維持がかなり厳しいみたいな話があるが、それでも世界で五指には入るだろう。それなりの人口と産業力を持っていて、ちゃんと勉強した人員を抱えるのは難しいのだ。

 

「ただ、これで一気に動きやすくなると思う」

 

「測定対象にも、測定技術にも、名無し凝縮は使えるわけだからな」

 

俺達は名無し凝縮のモデルを作った人として、それでもなお裏方として名前を出していく。先工研のポストを踏み台にするのはちょっと誠実さが足りない気がするが、まあ研究者というのはいろいろなものを足蹴にしていくものだからある程度は仕方がないか。

 

「目標が見えたわけだから、あとは回すだけ」

 

「そのだけってやつが一番時間かかるんだよな、核融合より先にはできそうだが」

 

山登りみたいなものだ。頂上は見えたとしても、そこまでのルートがどれだけ険しいかは案外実際に踏破してみるまでわからないものだ。そしてその難易度を理解したときには山を登りきってしまっていて、その知識が無意味になっていることも珍しくない。そんなものだ。

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