超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トランスファー・オービット 10

「……やっぱり人工知能は楽しい!」

 

色々なポスターを見て満足して俺は言う。いやぁ俺の学部時代と違ってもっと人工知能が発展しているので全体的にレベルが高くなっているんですよね。BIFRONSの支援なしではどこまで対応できたかわからないし、学部三年生が俺が考えたこともないような見事なアイデアを持ってきている。

 

おかげで名刺は切れてしまった。先工研の事務に頼んでまた刷ってもらおう。四辻さんもあまり離れない範囲で勝手に色々やっていたからな。もちろん互いに位置情報を共有していますし、一定以上離れると音が鳴るようにしています。雑に誘拐とかできると思うなよ。

 

もちろん向こうが本気でやってくれば防止は不可能なのである程度以上は諦めている。この手のことはコストをかければいいってものではないのだ。ある程度のコストを掛けておくことは向こうに対する警戒姿勢の表明にもなりますがね。

 

「知らない知識体系だから面白い」

 

そう言いながら、彼女はコンビニで買ったおにぎりを食べている。学会で食堂が開いていないのってよくないと思うんですよ。我が母校である三河工業大学の空気を半ば忘れかけているが、あそこで食べていた日替わりランチBの味はまだ覚えている。

 

「学ぶっていうのはいいものだよな」

 

「すでに持っている理解と繋がるときは楽しい」

 

四辻さんにとって学ぶことはそれ自体に価値がある娯楽だ。存在しない虚構の印刷された紙を読むこと、どこに移動するわけでもないのに走ること、あるいはわざわざ人で一杯の場所に行って向こうから見られるはずもないのに大声を出してオンラインでも聞ける曲を体験することは、それに興味がない人からすればどうでもいいことだし、俺達のやっていることもそういう意味では娯楽だろう。

 

「……気のせいだと思いたいんだが、物理とか材料系の人工知能の話が多く目についた気がするんだよな」

 

「気のせいでは?」

 

「なら気のせいか……」

 

四辻さんが気のせいと言うなら納得するしかない。純粋に人間というのは特定の物に注意を払っているとそれを見つけやすくなるみたいなバイアスがあったはずだ。心理学は定期的に古典的と呼ばれた知識や概念が再実験で検証されなくて混乱しているが、それでもまあまあいいモデルを提供してくれる。そうでなければBIFRONSがあれだけ人間らしい行動ができるものか。

 

「それでも、私が学んだことよりも数歩進んだものが出てきている」

 

「特に人工知能は自己改良が激しい業界だからな、どうせここに出ている人でちゃんと手打ちコードでニューラルネットワーク作った事ある人はほとんどいないぜ」

 

「古瀬さんは?」

 

「ない」

 

そもそもどこから作ればいいのかなんて難しい話だ。ライブラリ使ったらアウトか?コンパイラは自作したほうがいいか?すでにあるものを使えばいいだけなら、手打ちするのはエージェントをダウンロードするためのウェブサイトに行くための検索ワードだ。

 

「……私は、こっちに来るまでは自分のいた場所の土台を考えてこなかった」

 

「俺もそうだがな」

 

そう言うものを専門にする人は確かにいるし、疲れたときとか人工知能とかとの対話とかでそういう話題に頭が切り替わることはある。自分が触っているものがブラックボックスだと知っていると言うだけで誠実ぶりたくはない。それは結局は何も説明していないのだ。

 

ブラックボックスに手を突っ込んで、中の部品を取り出して、組み替えて、動かなくなったことを確認して、色々とやったあげくもとのやつよりできが悪いものが手に入る。何かを理解して使おうとするためにはそういう取り組みが不可欠で、つまりはほとんど成功しないってことだ。

 

「なにか大きなものを作ることを、私は楽しいと思う」

 

「人工知能って大きさ的にはどうだ?」

 

「ちょうど楽しく感じられる範囲に調整可能だと思う」

 

「いいことだ」

 

人類の科学技術文明をいじるというのはかなりでかい。それを見るだけでも大変だと思うし、それになにか影響を残すだけでも大仕事だ。それを意図的に操作し、その影響をフィードバックして調整するとなればそれは文明そのものかもしれない。なんか考えが大きくなってきたな。

 

「……ちょうどいいことだけやって、生きていきたいな」

 

俺は呟く。

 

「具体的には?」

 

「その日の仕事が終わったらすぐに寝たりさ、休みたい時に休んだりとか、そういう感じ」

 

「……あまり具体例が思い浮かばない」

 

「確かに似たようなこと俺はしているけど、なんていうか、常に俺じゃなくっちゃみたいなのがあるんだよ」

 

「そんな事はもうないと思うけれども」

 

「それはそれで不満なんだよ、面倒くさい人間でね俺は」

 

特別でありたい。自分の仕事を誰かに褒めてもらいたい。それはそれとして誰にも知られずに秘密の仕事をやっている自分は嫌いじゃない。ただ、その裏にあるのは属人化されてしまった仕事だ。

 

現実は誰か一人がいきなり消えたぐらいで終わるものじゃないなんてことは良くわかっている。暗殺事件を見て見ればいい。ああいうものの標的ってその人が消えたら大事になるような相手が選ばれているわけです。それでもせいぜいが第一次世界大戦を起こすぐらいだ。それは巨大な悲劇であるが、歴史の一幕で終わってしまう。

 

もし俺達が消えたり、あるいは情報を洗いざらい流してどこかに逃げたりしても、世界は素直に回っていくだろう。国際的な開発競争の裏で弾丸が飛び交ったり、あるいは今の陣営とか勢力とかのバランスが崩れて戦争が起こったりなんてことはありうるが、ブラックホール兵器とかを作らない限りは人類が滅亡するということはなく、そしてブラックホール兵器が作れるなら俺達は苦労していないんだよ。

 

「……私達は、うまくやっていると胸を張っていいのかな」

 

「日々の仕事に対しては自信を持っていいだろ、その結果については知らないが」

 

真面目に働いていることと、その仕事が世界のためになっているかは別だ。お金はそのあたりを多少考えやすくしてくれているけれども、それでも限界はある。金を貰うために無意味な仕事をする人は少なくないし、そこで得られるお金はおそらく給与を出すための仕事のためのお金だ。それでも、そこで働いている人にとってその仕事と給料に価値があるってことは否定しないほうがいいのだろう。

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