超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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フィッション・プライマリー 4

水城さんの作業机はシンプルだった。ワイドディスプレイが上下に二つ、サブモニターも兼ねているのだろう液晶タブレット。机の上にはなんかのグッズらしいもちもちした存在がつぶらな瞳でこちらを見ている。

 

「すごい、古瀬さんと違って散らかっていない」

 

「四辻さんの机だって結構色々積み上げられているだろ」

 

俺と四辻さんがしょうもない争いをしている横で水城さんがコンピューターを起動してパスワードを打ち込んだので俺達はすっと目をそらす。

 

「……別に気にしなくていいのに。ここに入ってくるほうがパスワードを覚えるより難しいよ」

 

「リスクを減らすためだ」

 

「人間の意志を信用しないほうがいいと私は考える」

 

俺と四辻さんに詰められる水城さん。案外俺達って気が合うのかもしれないな。

 

「ええと、本当はあまりこういうの見せるのはよくないんだけどね、もう機密保持契約はしているから別にいいか」

 

そう言って水城さんは国立情報通信総合研究所のポータルを開いてがしゃがしゃとコマンドを打ち込んでいる。接続、認証、ディレクトリ移動。やっていることを隣から見る分には追いつけるが、俺がクリックとGUIでやっているのと同じぐらいの速度をマウス無しでやっているな。

 

「材料工学系の複数のソフトウェアを統合したパッケージについては知っている?」

 

「生まれては消えていったり数だけ増えたりみたいなやつだな」

 

オープンソースで定番とされるシステムを組み合わせれば色々なことができるだろう、というふうに考えるのはある意味当然だ。組み合わせるとライセンスが複雑になることがあるが、そのあたりは色々とテクニックがある。結果として権利を主張できなくなることもあるが、それはあくまでライセンスとかの問題に過ぎないのでそのソフトウェアを作ったという栄誉がなくなるわけではないみたいな話だ。この辺は結構難しい。

 

「それを自動化するシステムを開発した」

 

「は?」

 

俺の口から変な声が出ていた。いや、不可能ではないのはわかる。ソフトウェアの仕様書は公開されているし、それらを変換する機能を持ったソフトウェアは存在する。ただ、今画面に表示されているものはかなり広範囲のものだ。

 

電磁場における応答。量子力学的スケールでの……これはスピンの分析とかだろうか?応力が集中しているところが赤くなっているヒートマップ。ナノメートルからメートルぐらいのサイズまで、幅広いオーダーを対象としたソフトウェアが動いている。

 

「……どうやっているの?」

 

四辻さんが聞く。

 

「基本はよくあるデータ同化だよ、一つ下のレイヤーの理論を応用し、一つ上の現象を説明できるようにする。実際は階層構造じゃなくて複雑に組み合っているし、それぞれのソフトウェアが出せる精度や扱える問題もあるからそのあたりは動的に組み合わせるんだけれど」

 

「その組み合わせが一番重要なやつだろ」

 

俺は言う。例えば針金を曲げることを考えよう。素材は炭素鋼でいいか。マクロレベルでは片持ち梁(カンチレバー)とかの微分方程式に落とし込めるが、疲労とかを考えると破壊力学の数学モデルを使うことになり、それらはしばしば実験的に、あるいは経験的に知られたパラメーターを含んでいる。

 

確か結晶塑性有限要素法ってやつだ。一応は工学部卒なのでこのあたりを色々とやるのだよ。エンジンとか扱っていると亀裂とか損傷のあたりはかなり叩き込まれますからね。あとはもっと小さくなると転位動力学法というものになって、これは転移を対象として計算を行う。

 

もう一つレイヤーが下がると粒子一つ一つをあらわに扱う分子動力学とかそこからさらに下の第一原理計算という結構恣意的なパラメーター混じりのやつになってくる。俺の理解している範囲での問題は、実験に合わせるために恣意的にすればミクロレベルの整合性が取れなくなるし、ミクロレベルから積み上げていくとなると膨大な計算量が必要なわりにあまりいい予測ができないというものだ。

 

「なんかやったら思ったよりうまく出来たんだよね、この種の材料系は触ったことが今までないから専門家に見てもらいたいところだけど」

 

「なら古瀬さんがいいと思う」

 

「だよね、大学時代の経歴とか出してた論文とか見てるとそういう素質はありそうだなって」

 

四辻さんと水城さんが話しているが問題はそこじゃない。ここのあたりはあからさまに金になるというか産業発展に寄与するから色々なところが力を入れているし、統合したいというのは夢のはずだ。誰かがやっているだろうと思って間違いないと思っっていた範囲だ。

 

「……ベンチマークが存在するか怪しいから作る必要があるが、それはどうにかできる。一個一個の評価はまあ既存ソフトウェアだから信頼していいか。入出力の調整はどうやっている?」

 

「普通にそれぞれのソフトの構文解析器を見てそれに当てはめるようにスクリプト組んだだけだよ、そこは手作業でやっていないしテストケースも多めに回した」

 

「ならバグが潜んでいたとしても本質じゃないだろうな……」

 

これはすべてを変える、というようなものではない。今まで多くの研究者が材料情報学(マテルインフォム)に挑んでは消えていっているし、これもそういうものの一つとなる可能性は高い。とはいえ、アイデアは結構洗練されている気がするし今後を考えれば持っておく価値はあるとは思う。

 

「古瀬さんはどう思う?」

 

水城さんが聞いてくる。

 

「画面を見る範囲では……デモンストレーションであることを差し引いても悪くないように見える。使い心地、ユーザーインターフェースをしっかりとやっておきたいな。BIFRONSにガワを作らせてみる」

 

「君がやるわけじゃないのか」

 

「俺はあくまでテスターみたいなところがあるからな。俺が使いやすいソフトウェアになるのが嫌ならそっちも協力しろよ、必要な機材はこっちで持ち込むから」

 

「機材?」

 

「眼球運動とか脳電位とか、そういうもので違和感とかを読み取るんだよ。まだ試験段階だが」

 

ガジェットがいっぱいあるのでそれとBIFRONSを繋いだら楽しいんじゃないかと考えてあまりうまく行っていないやつだ。時間はかかるかもしれないが、それでもかつての手動開発の時代でも可能だった代物だ。いまなら一か月もあれば作ることができるだろう。

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