超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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フィッション・プライマリー 5

会議室を一つ使わせてもらっている。机の上に散らばった紙と、タブレット端末に並ぶ文字。いつもの地下室ならBIFRONSが使えるのだが、今回はかわりに四辻さんと水城さんを使わせてもらっている。あるいは俺が彼らのエージェントとして動かされている。

 

「一定のモデルが立つにしてもそれを処理できるだけの計算資源があるとは限らなくて」

 

そう言って計算量のオーダーの見積もりをしているのは水城さん。

 

「その対応自体は比較的簡単に解決できます」

 

図を描きながら返しているのが四辻さん。この二人が噛み合うと恐ろしいな、BIFRONSを連れてきたいところだけどあまりやりすぎると俺が場違いになってしまう。

 

そんな会話が一時間弱も続いただろうか、二人はかなり疲れているようで、俺がすっと差し出したチョコレート菓子をもしゃもしゃと食べていた。

 

「……四辻さん、やっぱりうちに来ない?」

 

「行きません」

 

「そっか……」

 

落ち着いたらしい二人は書類をまとめていく。あまり整理された状態ではないが、二人の頭の中では今後何をするべきかがだいたいまとまっているのだろう。俺から見ればさっぱりだが。

 

「……水城さんは、全部をやろうとしますよね?」

 

「私が?」

 

そう聞き返す水城さんに四辻さんが頷く。

 

「水城さんは古瀬さんと違って、何かを人工知能に完全に委ねたり任せたりという手法を取っていないように見えます」

 

「あー、それは私の悪い癖だと思うよ。今どきのやり方はちゃんと信頼して投げろ、ある程度はガードレールで守れってことなんだろうけど」

 

「実際に組むのが難しい論理部分であるとか、あるいは処理の問題を洗い出すためとか、そう言った場所を中心に人工知能を使っている印象がありました」

 

「そうなんだよ、マイクロマネジメントっていうやつだろうね」

 

なるほど、確かに水城さんは最前線では活躍できるが中間管理職には向かないタイプだ。いや、やればできなくはないんだろうがパフォーマンスが落ちるというか。BIFRONSは最初から人間との協働を前提として開発されていたし、他の人工知能システムを呼び出したりして連携するための構造を持っているが、水城さんはそうではない。

 

彼女と一緒に、隣に立って一緒に何かをするためには同じぐらいの思考速度が必要だ。俺は水城さんと仲がいいが、それは概ね同じ方向でありながら考え方というかアプローチが違うからだ。どうやっても俺は水城さんの同類にも理解者にもなれない。

 

それはまあ、悔しいというか寂しさはある。俺だって隣に立って理解してくれるやつとか欲しいよ。でもそれだいたいBIFRONSで終わるし、BIFRONSにそういう事を言うとこれだから人間はみたいに煽られるんだよな。あの煽りって心理学的背景があったりするんだろうか。

 

四辻さんは比較的水城さんに近いと思う。勝手な印象だが。二人とも俺から離れすぎていて違いがわからないというか。まあいいやこの話はこのへんにしておこう。

 

「水城さんは、自分で作らないと満足しない人か?」

 

俺は確認も兼ねて聞いておく。

 

「もちろん妥協はするし、限界はあるよ」

 

「普通の人はそこに限界があることに気がつかないだろうし、自分のやっていることを妥協と認識しないんだよ」

 

「……それは怠惰だと、私は思うよ」

 

「水城さんが特に勤勉なんだよ、あるいは四辻さんも」

 

俺は息を吐く。世界が馬鹿であってほしいと願う気持ちはわかる。自分が正常であって欲しい、自分と同じぐらいのやつが世界にはきっといるはずだという願いから来る、無自覚な傲慢さ。自分の実力を正しく把握することなんて出来やしないから、多くの人がこういう誤謬をしてしまう。

 

「……古いやり方だとは思うしさ、効率的でもなければスケールもしない事はわかっているんだよ。でも私がそれでなんとかなるなら、結構世界って雑なんだなって思うのは、なんていうか……悪くない、よね」

 

「そういう話は定時後にするべきじゃないかな」

 

まだ時刻は午後ちょっと過ぎである。というか昼食食べずにずっと議論していたな。こいつら時間感覚とかないんだろうか。水城さんはともかく四辻さんはそういうのバックグラウンドでちゃんと回しておけよ。多分面倒だから切ったとかそんなところだろう。そういう怠惰なところを学習しなくてもいいんだよ。

 

「あーもう!私は久しぶりに楽しく話せて満足だったのに」

 

「私もそう。今日はありがとうございました」

 

「えーまだ続きしようよ、私はまだ足りないよ」

 

「……彼がちょっと不満そうなので」

 

「先帰ってもいいなら別に構わないが」

 

一応四辻さんの隣にはできるだけ物理的に立っているようにはしているのだが、それにどれぐらい意味があるのかは正直わからない。だってたかが細めの成人男性一人ですよ。特殊な装備を持っているわけでも訓練を受けているわけでもない。銃弾一発で殺せるわけだし、身を持って四辻さんを護るつもりがあったとしてもそれが実現できるかはわからない。

 

だからと言って仕事を放棄するつもりはないが。たぶん具体的にはこの研究所の入口辺りでのんびり待つことになるだろう。

 

「……いや、今度先工研のほうでBIFRONSを揃えた上でやろうよ。そっちの研究室じゃなくて普通の会議室でいいからさ」

 

どうやら水城さんは俺達の作業空間に当たりをつけているらしい。それが四辻さんの快適な生活空間になっているとまではわかっていないようだが、それでも特別な場所になっているとは読んでいるのだろう。

 

となると類似環境を構築するためにカメラとかマイクとかを持って移動させて作業用にマーキングとかするとある程度勘付かれるな。なんで共同研究者相手に産業スパイ行為のリスクを考えなくてはならんのだ。別に彼女はそこで裏切って自分に名誉とかを集めるタイプではないし、もしそうしてくれるならそれはそれで助かるので上手く巻き込みたいところではある。

 

「……考えておきます。それなら古瀬さんも参加できるでしょうから」

 

「なーんか生身では俺が使い物にならないみたいな言い回しがされている気がするな」

 

俺はちょっと悲しくなりながら言う。

 

「気遣いは素直に受け取っておくのがいいと思う」

 

そう四辻さんに言われたので、色々と言い返したい気持ちを深呼吸で全部吐き出して、俺は素直に従うことにした。

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