超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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フィッション・プライマリー 6

アセット42の部屋は使えないので、基盤概念部門の使っているリラクゼーションルームを使うことにする。できるだけ最小限のセンサー類で部屋を覆うとなると色々と面倒だが、先工研の倉庫には共用のカメラとかマイクとかがあるのだ。本当は予算的にグレーゾーンなのだが使ったら返してねという備品扱いになっている。

 

「で、どうだ?」

 

俺はBIFRONSに繋がったカメラを見ながら言う。先工研のネットワークを経由して繋いでいるのに、まだBIFRONSはC4棟を乗っ取ろうとする気配がない。こいつ本当に人工知能としての自覚があるんだろうか。セキュリティシステムを乗っ取ってドローンとか防衛用アンドロイドとかを繰り出してこいよ。

 

なお残念ながらこのC4棟で研究されているロボットは四脚型である。二足歩行のヒューマノイドロボットは研究が進んでいるしそれなりに動くようにはなっているが、例えば工事をしたり修理をしたり介護をしたりみたいな仕事では色々と問題が多い。ただ、人工知能のブレイクスルーがかなり一瞬で起こったところを見るにこの手の問題が解決されるときも一瞬な気がする。

 

そうなったら人類は何をして過ごせばいいのだろうか。たぶんロボットの組立とメンテナンスである。今のところロボットの組立てにおいて微妙な調整とか複雑な操作が多いせいで完全自動化のコストが高いですからね。

 

『接続完了しました。処理可能容量の0.2%のみを使用しています』

 

先工研のシールが貼られたノートパソコンから声がする。

 

「まあ旧式のウェブカメラだからな……」

 

能力としては2K解像度。BIFRONSなら複数の動画をリアルタイムで丸ごと合成して上書きできるレベルだ。

 

「超音波センサーはここでいい?」

 

四辻さんがマグネットでいい感じの場所にセンサーを取り付けながら言う。本当はこういうもののセットアップはキャリブレーションとかが大変なのだが、BIFRONSは雑多な情報をまとめて処理するようになっているのでけっこうどうにでもなる。

 

『接続が確認できました』

 

「よろしい」

 

四辻さんが満足そうに言った。

 

「ただ水城さんを呼ぶとなるとちゃんとした端末があったほうがいいよな」

 

俺はスマートグラスがある。四辻さんはいらないらしい。彼女にとって視覚に何かが被るというのはあまり嬉しくないようだ。慣れと言われればそうなのだろう。

 

「電子ペーパーで十分だと思う」

 

「ワーキングメモリが多いやつらはこれだから……」

 

何かを考えながら別のことをやるというのは、高速思考において重要な技能だ。コンピューターで言うところのランダムアクセスメモリみたいなものだ。頭の中のハードウェア担当がそもそもあれランダムアクセスの条件を満たしていないしメモリとしても不完全品だからその名前はやめておけと言ってきている。なら周期刷新(リフレッシュ)型コンデンサメモリーとでも呼べば満足かよ。

 

机の広さという比喩が好きだ。俺の作業机は本とかお土産のお菓子の箱とか学会で企業が配っていたボールペンとかが面積を取っているので、何か作業をするときには限界がある。一方で四辻さんとか水城さんとかはそこが広々としているので、色々なものを一時的に置いておくことができるのだ。

 

「BIFRONS、ここで作業している人の情報をどこまで取れる?」

 

『机の上の書類までは把握できません』

 

「天井に解像度高いやつを吊り下げておくか……」

 

上の方を見ると明かりを吊るしているレールがある。この施設が作られた時に色々なものが設置しやすいようにと細かい気配りがされているのだ。つまり人工知能に支配された研究施設として最初から設計されているんですよ。俺達に逃げ場所はないんだ。

 

とはいえ、それは今どきの流れといえばそれまでかもしれない。信号機に今の点灯状態を知らせる電波送信機とか街全体を包む交通監視ネットワークは普通のものになっている。いつも見られている社会と言えばその通りだが、交通安全とか事故防止とかいう大義名分を掲げられると人間は結構自分から檻に入ってくれるのだ。

 

拡大とか視点移動とかの光学システムをしっかり搭載したやつを一台地下室から外して持ってこよう。取り外しはちょっとした工具があれば終わる。落としたら数十万円が飛んでいくと考えると少し怖いが、ちゃんと注意していれば百回に一回も落とすことはない。一回の移動あたり数千円の損失期待値と考えれば共同研究者を迎えるために負うべきリスクとしてはそうおかしくもないだろう。

 

「地下室は、かなり色々な機材があったんだね」

 

「あそこにはプライバシーとかないからな、四辻さんがいいって言ったんだぞ」

 

「私は別にプライバシーという概念をそこまで気にしないから大丈夫」

 

「……なるほど?ちょっとBIFRONS、教えてほしいんだが」

 

そう言うとリラクゼーションルームにあるテレビに説明が映し出される。便利なものだ。自分の秘密を他人から隠す権利。まあ、俺だって日常生活の中で四辻さんにはわざわざ話さないというか四辻さん以外にも他人に話さないようなことをしている。こっそり食べるカップ麺以外の夜のあれこれとかな。

 

思考が面倒な方向に回ってきた。やめよう。深呼吸をする。ただ、こういった俺の感情の動きというのは多分統計的に検知できる範囲にあるし、BIFRONSはそれに感づいているんだろうな。感づいているという言い方は擬人化しすぎているか。

 

人間の心を人工知能が読める、というのはある程度事実だ。心の理論の理解は人間の専門家に匹敵しつつあるし、大抵の人ならカウンセリング相手として有用だ。最近は確か保険治療で厚生省開発のそういう人工知能との対話ができたりするんだよな。話した内容がちゃんと秘匿されるし何を話してもアカウントが止まることがないから人工知能との対話の中毒者には比較的いいなんて話を聞いたことがある。

 

人工知能に人類は頼りすぎている、みたいな話は定期的に出てくる。酸素とか電気とかインターネットとかと同じ、今の文化的な生活には個人で使わなくとも世界を動かす知性がかなりの量必要だ。それはもはやインフラになっている。人間同士の取引の積み重ねである経済が世界の土台となっているように、膨大な計算と通信の上に成り立つ処理が、知性らしいものを生み出して、俺達の日常を支えているのだ。

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