通知が右下の方にポップアップする。そういえば応募していた計画の審査が終わる頃か。
三年がかりでソフトウェアを作るというプロジェクトということになっているので頑張って三人。俺と四辻さんと水城さんだけで終わってしまう。いやまあ人件費はそれぞれの所属組織に出してもらえってことかもしれませんがそれはそれでなんていうか搾取的じゃないですか?
というわけで計算資源とか専門家に使うお金に一千万円ぐらい、あとは有望な若者を何処かから捕まえてこようみたいな話になった。できるだけ現場で材料工学やっている人からフィードバックも得たいし、そのフィードバックを得るためにはちゃんと彼らの生活とか研究環境を整えないといけませんからね。
「つまりは書類仕事か……」
『本システムに業務のほとんどを担わせておいて、人間とはなぜこのように傲慢になれるのでしょうか』
「行動に比べれば決心に価値はないのにね」
BIFRONSと四辻さんから刺されている。いやまあ確かに面倒というほどでもないし、普段の業務に組み込める範囲だし、なんならBIFRONSが調整したものをそのまま投げ返すようなことに近いけれどもさ。
「……やるよ!やればいいだろやれば!」
そう言って俺はわずか三分で事前に噂話をしておいた人たちにメールを送り終えた。早い。俺はやはり天才ではないだろうか。だいたいの文面とか計画のプランとかをBIFRONSがすでに作っていたことからは目をそらす。
「終わった?」
四辻さんが後ろから覗き込んでくる。
「終わった。久しぶりに岩間先生のお世話になることになるかな」
暇な大学生か大学院生を一年ぐらい使ってソフトウェアのテスターをしてもらって、その成果を卒論とかに使っていいよという取引である。工学部で学部生程度だと就職も大変だみたいな話があるが、あいにく俺の母校は三河工業大学である。つまり結構工場が多いんだよ。
自動化とか機械化とかで人の数はかなり減ったが、それでも需要というのはあるし地元との関係とかなんやかんやで工場の閉鎖が難しいみたいな話はある。あとロボットよりも効率とか性能がいいので人間を使えるところには使っていきたいというメーカー側の事情もある。
大卒でライン工かよと思われるかもしれないが単純作業はもう機械が担うので人間のやることのレベルは相当高くなっているのだ。具体的にはかなり体力を使う。色々と工学的にやりやすいようにはなっているが、支援があるとはいえ一日八時間立ったり座ったりを繰り返すというのはかなり疲れるものだと思う。俺はそれができる気がしなくて博士課程に逃げたのである。
「そういえば私はその人に会ったことがない」
「俺の……まあ、恩師の一人って言っていいだろうな」
「経歴は知っている」
会ったことがないというのはただの事実の主張か。固体物理学で実験も理論もやっているけれども理論寄り、とはいえ何かを作ることにも手を抜かない人。ああいう場所なら雑多な材料をうまい具合にモデル化するとかもやってそうだよなという勝手な印象からお願いをしてみる予定だ。多分通るだろう。通らなくてもアドバイスは貰えるだろう。
もちろんそれは一人の人生を丸ごと変えかねない活動だというのはわかっている。俺だって学部時代にいた研究室の教授が定年でいなくならなかったらこんな紆余曲折の末に四辻さんと一緒に働くなんてことにはならなかっただろうからな。
付け焼き刃とはいえ言語学ができるのは宮部名誉教授のおかげであるがあの人についてはまた関わりたいかと言われると微妙ですね。老人は大人しく引退して欲しい。言語学の一分野が消え去るのは悲しいことではあるけれども、きっとこの先それなりに残るだろうリポジトリに理論を残すことができたんだからそれで満足してくださいよ。
「まあ今度顔を出す時には連れて行くよ」
「わかった」
その時に宮部先生がいないことを祈ろう。もしいたら言語系の話を振りかねないからな。あれでもまだそれなりに言語系の能力があるのはかなり驚きである。新しいものを学ぶ能力って加齢とともに衰えるというのは常識だったはずなのだが。
「あとは水城さんと研究計画書の調整か……」
一応メインで予算を取っているのは水城さんになるので、俺はあくまで裏方だ。表に出るメリットも基本的にないんですよ。だって得られるものが少ないじゃないですか。
俺は今の生活に十分満足しているし、やりたいこともできている。だって普通の人は自由に使える計算資源にかなり限りがあるんですよ、BIFRONSを動かしているやつをクラウドサービスでやろうと思ったら下手するとランニングコストだけで今の俺の月収が飛んでいくわけですからね。
ただ仕事でやっている人はもっといいのを使っていると言われればそのとおりである。一般的な汎用モデルの作成にはなんと重力特異点をいくつか作れるぐらいのエネルギーが要求される。そう考えると結構簡単に作れる気がしてきたな。
それだけの力を、たかだか数百人のチームが扱えるのだ。もちろんその裏ではメンテナンスのための人間とロボット、そこで動くシステムを構築するための産業基盤、そして巨大な発電施設も要求されるのだが。このあたりはちゃんと計算したくても数字が表に出ていないので難しいところである。
「水城さんのほうは真面目だからもうある程度形になっていると思うよ」
「というかそうしていなかったら怖いだろ、ソフトウェアを自作してから俺達の方に一緒に共同開発しないかと呼びかけてくる用意周到さだぞ」
「怖いとは思わないけれども、真似をするのは難しいと思う」
「四辻さんが真似できないのは人間業じゃないんだよな……」
なんだかんだ言って人類より数万年進んだ発展の先にある超知性がチューニングしたデザイナーベイビーみたいな枠なんだぞ彼女は。とはいえ人類は安定性とか効率とかを無視して膨大な人口による試行で成果をもぎ取っているような存在なので単純比較は不適切だろうな。