超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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フィッション・プライマリー 9

「あっこれ赤城みやげです」

 

そう言って俺は持ってきた箱入りチーズマドレーヌを置いておく。研究室の全員でも十分余る範囲だろう。ちゃんとホームページで今の人数を確認してからそれを超える個数が入ったものを買いましたからね。

 

「いやぁみんなで食べさせてもらうよ」

 

そう言う岩間教授はちょっと嬉しそうだ。久しぶりに教え子が帰ってきたからだろうか。俺からするとよくまああれだけ忙しい仕事をしながらこういう来客にまで対応しているなと思うようになってきた。そもそも今の仕事が仕事と言っていいかわからないほど緩いのもある。

 

「とまあ詳細はもうメールで投げてあるんですが、実際に顔出しておいたほうがいいなと思いまして」

 

「帰省を兼ねているのかい?」

 

「……あー、何も考えていませんでした」

 

確かに実家は愛知県だが、両親は俺がいなくとも普通に楽しい隠居生活をやっているようだし、そういうところにわざわざ踏み込んでおいしいごはん奢ってもらうのもなにか違うなと思うんですよ。あと今日はスーツで来たので普段着を用意していないというのもあります。

 

「っと、失礼。岩間だ」

 

「四辻です」

 

さらりとした名刺交換。俺は半歩引いておく。ちなみに今日の四辻さんは付き添い枠です。

 

「若いね」

 

「高卒ですから」

 

「ほう……」

 

感心したように岩間教授は言うが、それ以上はちょっとまずいかもしれないなと思って聞いてくることはなかった。まあ今はハラスメントとか面倒ですからね。せっかくやってきた外部とのやり取りの機会をこんなつまらないことで消してしまうわけにはいかないのでしょう。

 

「で、実際に使ってみた様子なんだけれど」

 

「はい」

 

俺はちょっと座り直して背筋を伸ばす。

 

「……けっこう癖が強くないか?僕は使えたけど、他の人はどうかはわからないな」

 

「なんかそういう印象をみんな言うんですよね」

 

共同開発者の水城さんのほうのまわりでも色々と試してもらったのだが、自分は使えるけれども他の人はわからないという感じであった。関西人のたこ焼き器かよ。

 

「でもまあ、ちょっとやりたかったこともできたし便利だと思うよ。チュートリアルも充実しているし、付属の検索生成でわからないことすぐに聞けたし。ところでこれ聞くのって上限あったりする?」

 

そう言って岩間教授はヘルプの検索窓を開く。事前に用意しておいたマニュアルを全文検索とかしていた時代から、今は人工知能に読みやすいように体系化しておいて必要であればそれを学習させたモデルをつけておくとかになりつつある。

 

「無償API枠ですがちょっとぐらいなら大丈夫だと思います。重くはなりますがローカルでも回せますし」

 

「長期運用だとそのあたりも結構重要になってくるからな、あと必要なパッケージだけ落とせるのもいい。こういうのって無駄にまとまっていることが多いからな……」

 

「変な材料だったりすると求められるソフトウェアの組み合わせがないとかありますからね」

 

岩間教授は大きく首を縦に振った。ああこの人そういう実体験があるやつだ。

 

一昔前に人工知能によるコーディングがかなり簡単にできるようになって、色々な人がそういうのをやりだしたんです。結果ですか?依存の前提になっていたものが崩壊して、かつ長期的なメンテナンスなんて考慮していなかったシステムばかりですから死屍累々ですよ。

 

参考までに今の流行はそこから発掘した古いコードやアイデアを実装するというものである。だいたい二次利用とかがやりやすいライセンスで公開されているのでね。だから彼らの努力は無駄にはなっていないと思う。BIFRONSは愚かな人間の書いたコードを読まされて不機嫌になっていたが。

 

「……だから、その点についてはかなり重視させてもらう」

 

「半世紀とかもっと長く使われているものってやっぱり独立性とか依存性の少なさとかありますからね。そう言ったものを組み合わせて運用する以上、もとのソフトウェアと並ぶ枠組みを作らなければみたいな意地はあります」

 

巨人の肩の上、みたいなやつだ。先人には敬意を払う。その上で越えていく。もちろん越えられたほうがいい気をしない可能性はあるけれども、そのへんは諦めてもらおう。

 

「今材料系の計算やっている院生と、来年度から配属になる学部生、二人いれば十分かな?」

 

「ですね。必要なら先工研の契約職員としてお金は出せます」

 

「……やっぱり、先工研でもそこまでして人を掴みたいのかい?」

 

小声で岩間教授が言う。

 

「ここだけの話、金を積んでもアカデミアに人が来なくなっているなんてのは聞きますね」

 

「君だって逃げたじゃないか」

 

「否定はしませんけどねぇ」

 

そして小さく笑う俺達。四辻さんの方をちらりと見るとあまり温かくない視線を向けていた。やめようかこれ。なお俺は先工研で事務員として働いているのでなんでこんな研究の折衝とかをやらされているのかは正直わからない。いやでも広義の事務といえばそうか。

 

「……ま、こっちでできることはこっちでやるよ。あと要望はリポジトリに投げればいいかい?」

 

「お願いします。バグとかは減らしてあるつもりですが、そもそも想像していない機能が欲しいなんてことは十分ありえますから」

 

そもそも元のソフトにある程度バグとか仕様という名前でごまかされている問題が色々とある以上それを完全に覆い隠すことはできないが、ある程度は変なことが起きないことを確認している。

 

というか、基本的にどのソフトウェアも無茶な結果を出さないからある程度信頼されているのだ。例えばダイヤモンドがいきなり爆発したり、ガラスが数秒で溶けたり、鋼鉄が崩れ去るようなことが起こるなら、それは前提がおかしいとなっているはずだ。

 

一つ一つのデータはそれらしいが信頼できる度合いが異なり、かつそれらを組み合わせて初めて見えるものがあるが上手く調整するのが難しい。そういう面倒な問題をこのソフトウェアスイートは解決しようという意欲的なやつなのだ。そして思ったよりうまく行っている。

 

あと普通にその中のソフトを使う時のラッパーとしてもまあまあ便利です。アシスタント機能も充実しているので作りたい論文のテーマを投げてくれれば研究計画ぐらいは作ってくれるよ。ただし機密情報がセキュリティ上保護される保障はないのでそのあたりはちゃんと利用規約とか読んでね、というやつだ。

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