超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブートストラップ・プロブレム 4

対話空間に持ち込まれたプリンターから吐き出された紙を見ながら、須藤さんは息を吐く。ここは赤城先端学術都市の一角にある通産省傘下先端工業科技研究所の本部第一棟事務室。殺風景な、おそらく空き部屋として確保されていた場所だ。研究とか実験のために必要な機材がないところを見ると、完全に事務室か倉庫としての用途が想定されているのだろう。

 

「……向こうの言語の翻訳ができるのは、あのノートパソコンだけなのか?」

 

須藤さんが尋ねてくる。ちなみに今俺の手元にあるノートパソコンは量販店で買った、普段使いのやつになる。売っていた中ではかなり上位のスペックなのだが、やはりあれに比べてしまうと制限が多いな。ただ支払いは須藤さんだったので何も言うことはない。

 

「あれに入っている情報を人間が学ぶには、半年は覚悟しておく必要があるでしょう。言語というのはそういうものです」

 

「もともとその手のものを覚える素質がある人物であれば?」

 

「そういった人が医用工学と物理学の知識を持っているといいですね」

 

今のところ聞き取れた語彙と彼女の状況から、得られるだろう知識をまとめたBIFRONSの報告書だ。少なくとも彼女は、自分がどうやって機能しているか、自分の後頭部にあるブレイン・マシン・インターフェースの基本的なメカニズム、そして彼女がまだ我々の言葉で話すことができていないほどの物理学についての知識がある。

 

俺は人間としてはそれなりに頭のいい方だと思っている。もちろん、本物の天才たちに比べれば足元にも及ばないが上位二割ぐらいには入っているだろう。入っていてくれ。そうでないならば博士課程に入った時に受け取ることができた奨学金に無駄な重みが出てしまう。

 

「……彼女から情報を引き出すほうが、効率がいいか」

 

「間違っても金の卵を生む鵞鳥を割こうとしないでくださいね」

 

「遺伝子情報は血液があれば手に入る。詳しい脳や免疫反応に付いての情報もほしいが、それについてはモニタリングシステムで対応可能だ」

 

「本当はちゃんと医者と彼女が相談するべきなんですけれどもね。早く我々の仲間にそういう人を引き込んでくださいよ」

 

この陰謀は今のところ片手に満たない人間によって進んでいるように思われる。確かに、あの病室だって決して特別なわけでは無い。特殊な感染症の患者を隔離しつつ、面会ができるようにという配慮を前提としたものだ。あの病棟の詳しい情報があまりオンラインにないということはそれなりに事情を感じてしまうところであるが。

 

「問題は、誰を信頼するかだ。彼女を診察した医師たちには、難民だと伝えている」

 

「遺伝子改造を施されて、免疫陰性を出しまくるような?無茶があるでしょう」

 

「本当に必要な場所を知る人は限定している……はずだ」

 

須藤さんがそう言うなら信じよう。俺はそれなりに人を信頼する方だと思っている。あまり考えすぎるリソースがないとも言うが。批判的に考えるのはかなり大変で、皮肉屋の人工知能がいると忘れがちになってしまう。

 

「……あのブレイン・マシン・インターフェースをリバースエンジニアリングできれば、どれぐらいの市場規模になります?」

 

「数十億ドルにはなるだろうな」

 

「控えめですね」

 

俺はそう言いながら、まだ自分の暗算能力が落ちていないことに安堵する。もし一台が千ドルだとしたら、百万人が買うことになる計算だ。

 

「脳に埋め込むにはそれなりの技術と手術が必要だろう。コンタクトレンズとは違うんだ」

 

「スマートレンズとかもありましたが、あれはどこ行ったんですかね」

 

「あのあたりは医療機器としての認可も面倒だったらしいからな。厚生省の方で色々あったらしい」

 

「そういうものですか」

 

俺はそう言いながら、BIFRONSが調べていたデータを見る。須藤敦志。官報に名前は載っているものの、あまり表に出て活動するようなことはない。原子力系の博士号を日本で取った後、科技省の職員としてアメリカとヨーロッパでそれぞれ一年ずつ研究。その後日本に戻り、研究機関の監査担当者や審議官付とかをやっている。

 

俺はこの種の制度に詳しくないが、BIFRONSが言うには表に出ないが実力のあるポストを省庁を渡り歩きながらやっている異例の経歴だそうだ。この情報のためにBIFRONS管理の予算が使われていた。株とかやって多少は増やしているらしいが元手がそもそも多くないしあくまで実験的なものだからな。

 

「……ただ、あれは厄介だ。何がどう厄介になるか、わからないぐらいに厄介だ」

 

「でしょうね。怪獣みたいなものでしょう」

 

「怪獣なら政府は今までに何度か省庁横断で対策計画を練っている」

 

「……本当ですか」

 

「表には出ない内輪の研究会としてだがな」

 

「それを俺が聞いていいんですか?」

 

「彼女について黙っていて、これについて話すような状況があるとは思えないからな。それにこれぐらいなら問題ない」

 

須藤さんはどうも掴み所がないんだよな。堅苦しいというわけではないし、服装に気を配ったりするところを見るとかなり対人のやり取りに長けている。俺の前でだけわかりにくい態度を取っているとかされると困るぞ、俺はそういうものを見抜くのがかなり苦手なんだ。

 

「……秘密にしておくべきだ、というのはわかるんですよ。彼女について表に出したら面倒なことしか起こる気がしない」

 

「だが、政府が何かを隠すというのはそれなりのリスクが伴うものだ」

 

「陰謀論者がやってくるんですか?」

 

「いや、内輪が探ってくる」

 

「ああ……」

 

隣の研究室で何をしているのか知らない、というのは大学でも珍しいことではない。しかし、何かをやっている気配があれば首を突っ込みたくもなるものなのだ。ましてやもし彼女を隠すことができるほどの力がある組織を作れるのであれば、その事務所の隣にはその秘密を探ることができるだけの力を持つ組織があってもおかしくない。

 

「私が動かせるだけのものを超えている事を考えると、適切な場所に適切な説明をする必要が出てくるかもしれない。その時には古瀬さん、手間だとは思うがご同行を願いたい」

 

「構いませんよ。できたら給料は欲しいんですが」

 

「一人か二人なら今でもどうにかできるがな、それ以上となると……予算を作るところから始めなくちゃいけない」

 

「BIFRONSを貸しましょうか?」

 

あれは自分で言うのも何だが、かなり万能なシステムだ。少なくとも普通のサブスクリプションで使えるものよりはかなりチューニングがされていると思っている。今や人間には賢さがわからないぐらいのものが出回っていますからね。

 

「いや、このあたりはまだ人間のほうが強い」

 

「そうですか」

 

つまり、顔を合わせて信頼を勝ち取り、秘密を共有するような類のものだろう。俺の苦手な領域だ。

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