超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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フィッション・プライマリー 10

「うーん、シミュレーション上で実現はできるんだよな」

 

俺は三日がかりの計算結果を見ながら言う。BIFRONSのリソースの半分を使った材料科学計算で、必要圧力が68テラパスカルと出ていた。桁はあっているはずなので悪くないんじゃないだろうか。

 

これはさすがに外に出す記録に残すわけにはいけないのでこの地下室でだけ扱っている。問題はこの情報を処理したBIFRONSがここC4棟のネットワークを中心としてそれなりに色々と入り込んでいるということですが。

 

「再現ができるなら実現もそう遠くないのでは?」

 

「ダイヤモンドでも耐えられるかどうかわからない圧力だぞ、それ自体に新しい素材が必要になるかもしれん」

 

「……炭素?」

 

「そうなるんだよな、候補物質はいくつかあるが」

 

俺は画面を切り替える。ダイヤモンドは炭素がダイヤモンド結晶構造を取ったものだ。いやそれは当然なんだけどさ。そして、ダイヤモンドよりも硬い素材というのは存在しないわけではない。

 

ロンズデーライト。BC2Nのようなヘテロダイヤモンド。あるいはウルツ鉱型窒化ホウ素。結局はどれもダイヤモンドの親戚みたいなものなのであるが、これらであれば理論上は一瞬だけなら目標とする50テラパスカルを達成することが不可能ではないかもしれない。

 

とはいえそこまでの圧力に耐える物質となると、まずはそれを作るところから始めないといけない。今のところ考えられる方法の一つは原子レベルで丁寧に結晶を作ってから、それを精密に高圧を加えることで相変態を起こすというものだ。このために必要な圧力はダイヤモンドアンビルセルでは多分足りません。

 

つまり卵を産む鶏が孵る卵がない状態だ。というわけでどうにか爆縮とかで高圧を作らないといけないが、なぜか国際的にこういった爆薬の点火タイミングを精密に制御して圧力を一点に集中させる技術の開発は最高機密扱いされている。不思議だ、実用的にはプルトニウム爆縮とかぐらいにしか使えないのになんでそれを隠そうとするんだろうね。

 

「どれも私はあまり知らない」

 

「でもハズレってわけじゃないんだろうな、もっとコストが安い方法があるってだけであって、それが無意味なわけじゃない」

 

俺達の歴史にもそういうものは色々とある。高校の化学実験でやるような合成は、歴史的な要素が強い。実際の工場で行われるのはもっと大掛かりで、そしてシンプルな方法だ。だからこそ大量生産に使えるのである。

 

「で、できそう?」

 

「かなり無茶が必要」

 

水城さんが作ったシステムは、適切な調整さえあればかなり色々なものと繋ぐことができる。そしてなぜか俺の手元には爆縮についてのプログラムがある。半世紀前に作られたものだが精度は悪くなかった。

 

参考までにこのソフトウェアは秋野さんから譲ってもらいました。誰だよって、ほら大日本電算株式会社東日本営業部次長の人です。少し前までは第一課課長だったのですが出世したとか。詳しくは知らない。

 

大日本電算はBIFRONSを動かしている計算機の作成とか、あとは四辻さんの雇用元とかそういう形でお世話になっている。ちゃんと顔を出していないのでどこかのタイミングでお菓子持って挨拶しに行こうかな。

 

なぜ大日本電算が爆縮計算ソフトを持っていたかについては、まああからさまなので黙っておこう。たしかこういうのを持つこと自体はIAEAも禁じていないんだよな。あそこができるのはあくまで核燃料というか核物質がきちんと管理されているかどうかであって、それを活用できる設備や準備がどこかにあったとしても、それが起動していなければどうしようもないのだ。たぶん。

 

「……やはり、そういう装置の開発者と連携を取るべきでは?」

 

「こっちから声をかけると流石にわざとらしすぎやしないか?」

 

「ここで停滞するよりはいい」

 

「うーん、目標がちゃんと同じかどうか確認しないと須藤さんとの衝突が怖いな……」

 

別に俺は須藤さんが常に正しいとか彼の命令に忠実にありたいとか、そういう事を考えているわけではない。というか民主主義と自由主義を刷り込まれた一市民としては彼の欺瞞的態度に対して問題を感じているところであります。問題を感じて何もしないどころかその助長に手を貸すのは人間にはよくある行動なのでそこ自体に変な葛藤を持つことは今更ないが。

 

「連絡を取る?」

 

「向こうの予定とか動きとか一旦確認してからな。というわけでBIFRONS、情報収集をよろしく」

 

そう言うとBIFRONSは俺のディスプレイの右下のポップアップで返答をしてきた。音声じゃないとなると何か重い処理でも裏で走らせているんじゃないかと思ったがそういえばBIFRONSの半身を削り取るようなことをしているんだったな。

 

シミュレーションというのはいろいろな種類があるが、よくあるものは今の状態からほんの少しだけ先を計算するというものだ。つまり速度とかに相当するものに微小時間を掛け算してそれを今の状態に足す。つまり積と和であって、線形代数の分野だ。そして今どきの計算資源はそういうものを扱うのに特化しているので、BIFRONSが回せるようなシステムは結構他のシステムも回せるのだ。

 

「……一応、日本国内の研究ネットワークを理論的に支えるものはこれでできたはずだけど」

 

「細かい試行錯誤を私たちがやっても限界があるから、これでいいと思う」

 

「わかるけど、なんか卑怯な気はするんだよな」

 

「その感覚は理解できる」

 

「ほう」

 

四辻さんが不合理な感情を理解するというのは普通にあるが、それでもこうやって言ってくれると俺だけが変な気分になっているんじゃないかという悩みからは抜け出せる。もちろん抱えている問題がなくなるわけではないのだが、人間って結構心の持ちようが大事ですからね。

 

「古瀬さんは自分の行動が成果に直接結びついてほしいと考えている。私も即時報酬が好きだし、満足遅延に対しては意識的に耐える必要がある」

 

「意識的にすればほぼ確実に耐えられるっていうのは便利だよな……」

 

俺の意志の力は弱い。決心しても行動できないことはよくあるし、本当に行えるかどうかわからないことをやると決めてしまって後から困ることもある。四辻さんは、というか四辻さんがいた構造体において人類はそういうのだと困るから調整をされていたのだろうが、自由意志とかを少し捨ててもいいからその調整をしてほしいという欲求は俺の中には結構しっかりあるのだ。

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