超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロージブル・ディナイアビリティ 5

チュートリアル後は開発経緯とか具体的な使用方法についてのちょっとしたプレゼンがある。実際に触るのとどっちを先にするべきかは悩んだが、できそうなことをある程度掴んだほうがいいんじゃないかというBIFRONSの判断でこういう形になった。

 

「つまり長距離作用の補正を全体にできると」

 

そう手を挙げて聞いてくる女性はスーツ姿。会社から来た若手さんかな。考えてみれば俺も社会人になってからの期間で言えばまだ若手と言っていい年齢だと思う。名乗らせてくれ。三十歳になってしまっているが。

 

「Ewald法特有のアーティファクト相殺の補正をどうするかが少し問題ですが、そのあたりは自動選択でもある程度なんとかなります」

 

このあたりは叩き込んだだけあって口からそれらしく出てくる。博士論文ほど詰めているわけではないし、そもそも俺よりも相手のほうが基礎知識はあるし判断できるしなんなら付属のエージェントに聞いてくれみたいな話も多いが、それでも色々と話していく。

 

「相図ってできます?」

 

「LJ流体のチュートリアルを用意してあるのでそちらを参考にしてくだい。ええと具体的な方法について説明してみますと」

 

プロジェクターに繋いだノートパソコンを触ってエージェントを起動。答えを知っていれば、そこにたどりつく質問を作ることはそう難しくない。打ち込んだワードからエージェントが色々と深読みして該当の場所を出してくれる。

 

圧力による固体相転移のきっかけはレアイベントだが無理やりポテンシャルの壁を薄くして対応。俺の専門はこれじゃないし、この種のソフトウェアに本格的に触ったのは水城さんが話を持ちかけてきてからだというのにかなり習熟できているなという印象がある。

 

人間は頑張れば結構何でもできるものだ。もちろん人間の限界を超えることは難しいけれども、誰かが平然とできる程度の技巧であれば詰め込めば追いつけることは珍しくない。本質的に違う、なんていうのは天才がそれなりの努力と自負を賭けてやっている分野とか、そもそも脳を弄っているとかそういう場合だ。

 

「つまり低温のスピン流とかも扱うことができます。このライブラリ自体はマイナーなものなのでデフォルトのリストには入っていませんが」

 

そんな事を言いながら説明するのはBIFRONSがテストケースを回して古めの大規模計算と整合性があることを確認したやつ。ソフトウェアの進歩と、アルゴリズムの改良と、そして計算資源そのものの発展。人工知能の分野がこの種の計算コストをスケールで殴って減らしてくれたので、なんかよくわからないけど適当に計算して答えが出る領域が増えた印象がある。

 

それは同時にいいかげんな人工知能による数撃って当たるようなアプローチとも相性がいいわけで。俺が材料系の研究室に入ってそこまで苦労しなかったのもそのあたりのコミュニティでずぼらな人がどうにかして全部自動化できないかなとか考えて失敗したものの積み重ねがオンラインで公開されていたというのもある。それは俺がうまく行ったというよりもBIFRONSが学ぶための背景があったと言う方が適切じゃないですかね。

 

質疑応答の中で、俺はわざとらしくならない範囲で色々と情報を開示していく。もちろんまだ検討中ですとか実装するのには手間がかかりそうなのでしばらく待ってください、優先順位を上げておきますのでみたいに逃げた領域はあるが。

 

「……それでは、お時間も迫ってまいりましたのでここでお開きにさせていただきます」

 

司会のお姉さんというかおばさまが言う。手続きとか全部やってくれた人なのでとても感謝している。でも普通に人工知能とか活用していそうな感じだったんだよな。それはそれで良いことである。今どき手書きで書類を作らないのと同じで任せられる仕事は人工知能に投げるべきなんですよ。

 

というわけで後片付け。ケーブルを留めていたガムテープを剥がしたりプロジェクターをケースに戻したり。別にいいですよと言われたんですがこういうことをしたい性分なんですと言って押し切った。四辻さんもちょっと手伝ってくれた、ありがとうね晩ごはん奢るよ。

 

「……戻ると日付、変わるかな」

 

四辻さんが呟く。

 

「ぎりぎり変わらないぐらいかも、とはいえ裏口から入ることにはなりそう」

 

そんなことを俺は言う。先工研のあかぎ南新事業所は四つか五つの入口があるのだが、夜になると正門以外は閉まってしまう。そこに守衛さんがいるので車を使う時はそこから通ってねというわけだ。

 

ただカードキーで入れる入口が残っているので、遅くなった時はそっちから入ってもいい。通行履歴が残るのとエラーが起きやすいという噂があるが。ちなみにこのエラーというのは不審人物が一緒に入ろうとしている場合とかに出るもので、もしそうならえっちらおっちら正門まで歩いてくださいと須藤さんからは伝えられています。

 

「それでは失礼します、お疲れ様でした」

 

俺は最後にそう言って部屋を出た。終わってしまえばそれまでなのだが、今まであれだけ準備してきたのに終わりがこれかよという気持ちはないわけではない。

 

そういうもんだと理解はしているが、理解しているからといって納得できるわけではないのだ。一泊して楽しく観光もできたし、正直言って昨日寄った国立先進科学技術館が一番面白かった気もするな。

 

「何か食べたいものはあるか?」

 

「あまり赤城では食べれないものがいい」

 

「こっち限定のファミレスとかかな……」

 

俺は店を探すとか選ぶとかいうことがあまり好きではない。水城さんは結構そのあたりを気にしないというか積極的な気がするが、俺は保守的なのだ。毎日同じメニューでも生きていけると思っている。

 

ただ、四辻さんに合わせるとなると幅広い情報に触れることができるように俺達の行動を設計していく必要が出てくる。全てに触れられるわけではないが、内挿でカバーできる範囲に色々なものを入れていくようにする、と言えばいいだろうか。陣取りゲームみたいなものだ。

 

端っこの方にある知識があれば、それと一般的な知識を組み合わせるだけで結構な範囲を囲うことができる。今回のソフトウェアのチュートリアルは結構変なものばかり触っているので、それらが作る凸包はまあまあ大きくなってくれるだろう。

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