超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロージブル・ディナイアビリティ 8

「わざわざ呼び出すとは大事だな」

 

外はもう夕方である。早めに来て欲しいと国立情報通信総合研究所の水城さんに言われたので急いでやってきた形だ。宿代とかはなんかこう、いい感じにしよう。俺達には休暇スケジュールなんてものはないので好きな時に旅をしていいのだ。

 

「いやね、本当にこの結果が正しいのかどうか確認しておきたくて」

 

「シミュレーション結果を見てもわからないものは普通にあるぞ」

 

そんな会話をしながら俺達は水城さんの作業デスクに行く。モニターが前に来た時から一つ増設されていた。

 

「常温超伝導ができるかもしれない」

 

「へぇ」

 

俺は平然と言う。銅酸化物系ではない、液体窒素で機能する超伝導体が最近流行なのでそのあたりにちょっと惹かれたりしたのだろう。ちなみにこのあたりには須藤さんが裏にいるというか、俺達が一枚か二枚噛んだ分野にある。というかその検証論文で使われた磁性計算のシステムは俺が開発したやつだからな。引用件数が10を超えたので俺も一流の研究者の仲間入りかもしれない。

 

「いや、水素化物の超伝導特性については色々と議論されていたらしくて、私も論文をざっと総説系をまとめて読んだだけの知識しかないんだけど」

 

「タイトルわかるか?」

 

「二十秒待って」

 

そう言ってCLIにコマンドが打ち込まれるとディレクトリが開く。いや確かに慣れればコマンドを打つほうがGUIをポチポチするより楽なのかもしれないが。

 

「……半分ぐらいは俺も目を通したことはあるな、これが全部読めるなら基礎はできていると思う」

 

「私も同感」

 

俺と四辻さんが認めるっていうのはそれなりということだ。ワンポイント面白いネタがあれば学会発表ができるだろうし、知識に抜けがあったとしても質疑応答ができるだろう。

 

というか研究者なんて「専門分野」であっても結構いい加減なものなのだ。博士号を取ったテーマをずっと扱うなんてことができることはまずないし、大抵はどこかで社会的圧力とか面倒な仕事の事情とかでテーマが変わる。企業研究者だったりすると本当に半年単位であちこちの分野をやるなんてことがあるって聞きますからね。

 

そしてそういう時に役に立つのが文献を呼んだり数式を把握したりグラフを読み取ったりするような、いわゆる基礎力になってくる。今どきの人工知能はこのあたりは研究者としては悪くない水準、そしてベースにあらゆる分野の知識を持っているのでかなりレベルが高いみたいな感じになっている。

 

「結果がこう」

 

表示されたものを俺と四辻さんが走査していく。使っているソフトウェアは熱加味の動的平均場理論のやつか、最適化のおかげで計算量がどうにかなりつつあるので最近よく使われている気がする。

 

手順自体は真っ当な気がする。最終成果にたどり着けたのはいい。ただ、そこに表示されるものは俺達が求めていたものとはちょっと違った。

 

確かに水素化物ではあるが、クロムを含む六種類の金属に対してのものだ。ハイエン合金に近いな、と思いながら説明を見ていく。

 

「特殊準不規則構造や強結合近似自体は古い概念で確立されているから問題ないと思う」

 

「計算自体は信じていいのか?計算条件特有のバグを引き起こす過学習踏んでるだけでは?」

 

「不整合変調の値をずらしながらやって大きく結果が変わってない」

 

「あー、一応モンテカルロやってるのか、それならありうるか……?」

 

俺と四辻さんの会話は、水城さんには半分ぐらいしか伝わらないだろう。俺だって四辻さんの言っていることがちゃんと理解できているかは怪しい。知ってる言葉を並べて、見たことのあるパターンが計算にでていないかを確認するだけだ。

 

俺みたいに加圧して何が起こるかを前提としているわけじゃない。常温常圧で準安定になりうる構造で、かつ超伝導体らしい電子分布を示す、みたいな条件で片っ端から探索したというのに近い。機械学習で計算精度を担保しつつ、俺達が作ったシステムのデータ同化の手法を酷使している。

 

いや、理論はわかる。実際に俺も叩き込まれたし、何も見ない状態であっても基本的な式なら書けるはずだ。しかしここまでうまく運用されるとそれはそれで嫌なものがあるな。

 

そして逆問題としてこういう素材が作れるかどうかみたいな計算も回されている。結果は経路発見できず。探索範囲がそこまで広くないな、と入力ファイルを読んで確認。

 

「……どう思う?」

 

水城さんが尋ねる。

 

「計算でこの種の材料を見つけたみたいな話は定期的にあるし、十に九つはそもそも元のソフトウェアとか理論とかの特性をろくに理解しないでそれっぽく触って出た結果を信じている馬鹿の代物だ」

 

「そこまで言う?」

 

「言う」

 

人工知能が一部の学術界隈で死ぬほど嫌われている理由の一つだ。別に自分が理解できないものを人工知能の力を借りて解決したと思ってそれを発表すること自体が悪いとは言わない。ただ、それをやるなら第三者が検証しやすいようにしておくべきだろ。

 

広く使われている方法を採用し、数式変形をきちんと自動定理証明が読める形にして、画像とかも単純にグラフ貼るんじゃなくて元データとその計算過程のまとめを置く。今どきエージェントの基本機能で計算過程追跡ぐらいはできるんだから、論文もどきの妄言を忖度した人工知能の言いなりになって投稿する前にそういうところを詰めようぜ。

 

俺はこのあたりをBIFRONSにかなりしっかりと言われたのでどうにかなっているが、多分これに耐える精神を持っている人は少ないし、多分素直にアカデミアに行っている。そして結構精神が折られている。今なおアカデミアで心を病む人は珍しくないし、それが当然とみなされている悪しき界隈なのだ。過去に比べれば収まったらしいが、十人殺すことは千人殺すことの百分の一然悪くないと言われても感情的に同意するのは難しいんですよ。

 

「……これは、出さないほうがいい?」

 

「出してもいいと思う」

 

四辻さんが言う。左手でキーボードを叩き、右手でマウスを動かし、流れる文字を見ていくのは人間業じゃない気がしてきたな。

 

「古瀬さんは?」

 

「……いいんじゃないかな、だがちゃんとその分野の専門家に見せろよ」

 

「そうする。というか二人はそうじゃないの?」

 

「俺も四辻さんも事務員なんだよ」

 

「そういえばそうか」

 

水城さんが納得したように頷いた。納得してくれるもんなんだな。

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