超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロージブル・ディナイアビリティ 9

俺達は水城さんに面倒ごとを全部押し付けることにして、水城さんは世界に面倒ごとを押し付けることにした。

 

『試験的計算ではありますが、すでにこのような超伝導体の候補構造が複数見つかっています。なお、これの材料は臨界温度が常圧で常温を上回る可能性があります』

 

俺達は録画された動画を見ている。イギリスであった人工知能系の学会に水城さんが出た時のやつだ。英語は流暢とは言えないが、これは基準が直前のアメリカの研究者に合わせられたからで、他の地域の人の発音を聞いた後だとわかりやすいとなりそうな気がする。

 

「で、そっちの反響は?」

 

俺は隣にいる水城さんに言う。水城さんを左右から俺達で挟んでディスプレイを見ているという状態っだ。

 

「個人としてはあまりないかな、ダウンロード数は増えたんだっけ?」

 

「それなりにな。使いこなせる人は少ないだろうけれど」

 

俺はアクセス数のグラフを見せながら言う。何回か跳ねているタイミングがあるが、それが持続的なブームになっている感じはない。なんていうかいい加減な人間ばっかだな、世界というものは。

 

「で、二人はこれを知っていたの?」

 

水城さんが聞いてくる。俺は嘘を吐くのが得意ではないと思うので肩をすくめて苦笑いするだけ。四辻さんは無表情。さて、水城さんが表情を読む訓練をしていないことを祈るしかないな。

 

「……まあいいけど、別に私もこれを背負いたくはないしね」

 

「発案者の一人にはなれるかもしれないぞ」

 

俺は呟く。

 

「でもこういう仮説自体は昔からいっぱいあったよ、せいぜい先人三人ぐらいの後にMizukiってつくぐらいのものだろうけど」

 

「ああいうエポニムって無駄に長くなりがちだよな」

 

「正しい貢献者に敬意を払うべきみたいなのも行き過ぎると窮屈になるしね、そうなると例の名無し凝縮ぐらいの軽さは嫌いじゃないよ」

 

そう言う水城さんだが、その名無し達の中には俺たちも一応混じっているのだ。貢献したかどうか以前にちゃんと議論に追いついて理解していたかも実は結構怪しかったりするのだけれどもね。

 

「……で、人工知能の専門家である水城さんはここから深入りするのか?」

 

「しないよ、何か面倒な空気になりそうだし、ソフトウェアの整備だけで十分でしょう」

 

「引き際を理解しやがって……」

 

俺はちょっと恨めしい目を浮かべる。須藤さんの繋がりがあるので俺達は厄介ごとから逃げられる気配がしないのに。

 

「まあ、そっちの仕事が色々あるんでしょう?必要ならたまになら手を貸すよ」

 

「こっちに入ってくれよ……」

 

結構危ないことを言ってしまったな、と後から気がついた。

 

「水城さんは逃げられるつもりでいるの?」

 

四辻さんが、ぼそりと言った。

 

「……もう、遅かったりする?」

 

「材料分野についての第一人者として認められるようになると思う」

 

「やだ……」

 

弱々しい声が聞こえる。珍しいな。俺から見るところ水城さんは結構表立って何かをするのがそこまで嫌いではないタイプに見えたのだが。

 

「人工知能の方面でやっていることと何が違うの?」

 

「……私は、まだ人間があまり手を伸ばしていない分野なら、人間としてなんとかやっていけると思っている」

 

「材料の方は、そうではないと?」

 

「そう。実験や計算は、どうしても正しさを出してくる。私が得意なのは人間の方なのに」

 

ああ、そういえばそうだったな。ベースの知識の能力も高いから忘れていたが。

 

「だから、私は二人が羨ましいと思う。私は私のやるべきことをするし、求められた務めを果たすけど」

 

「俺はやりたいことをするし、求められたことを楽しむってタイプだからな……」

 

「本当?」

 

四辻さんが不審げにこちらを見てくる。なんだよ、俺は結構気ままに生きているつもりだよ。楽しい方に流れているし、それはそれとして目標がなくてふらふらしている時に面白そうな問題を持ち出されるとそちらの方に流れていく。

 

だからもし四辻さんがいなかったら俺はなんか適当に就職して研究職っぽいことをどこかでしていた気がする。そもそも就活ができたかどうかとか、働く意欲がそう言う職場で湧いたかどうかはわからないが。でもそうなっていたとしてもまあまあ仕事はやってそうだよな。

 

「……たぶん、な」

 

ただ俺もよくわからなくなってきたので適当にごまかす。働く意味とか価値とか考えたところでそもそも答えなんて出ないし、仕事が面倒で苦行だと思うことがあるというのは避けられないものだから、最初からそういうものだと割り切ってしまったほうが楽に慣れるんじゃないだろうか。

 

「四辻さんはどうなの?」

 

水城さんが尋ねる。

 

「どう、というのは?」

 

「今の時点でやりたいこととか、働く意味とか、そういう事考えたりするの?」

 

「しない」

 

「しないか……」

 

これはこれで強いな、と俺は思う。そりゃまあ倫理とかでたとえ答えが出なくとも常に考え続けることが必要だみたいな話がありますが、負荷がかかる割に得るものがあまり多くないというのも珍しくないと思うんですよ。

 

考え続けるというのはある種の訓練で、その訓練が役に立つ場面がないと意味がない。例えば三桁と三桁の数字の掛け算について適切に訓練すればそれなりに暗算でできるようにはなるだろうし、それは社会でたまに役立つ技能になるだろう。

 

では、その能力に投資した時間と手間が回収できるかと言われればきっとそんなことはない。電卓を使えよとなるし、そもそもそんな計算を暗算でしなくてはいけない自体を作らないようにするシステム設計とかの議論に俺なら持っていくね。

 

「世界はそんな面倒なことを考える暇がないぐらいに面白いことに満ちている」

 

「悩むのは悩むので楽しいよ?」

 

「それは水城さんの例外だと思うぞ」

 

そういう悩みの上に積み上げたものが人間の行動を決めるというのはあると思う。ただ、それは人間の行動を通して何かを決めたり影響を与えたりするみたいな、対人前提の技能じゃないかと俺は考えている。

 

つまりは人工知能に半ば操られているような俺とか、あるいはブレイン・マシン・インターフェイスで知性とか意識とかを拡張しているような四辻さんにとっては、ちょっとズレた話になってしまうのだ。

 

「……私はその種の問題を、楽しむのに向いていないように生まれてしまった、と言えばいいかな」

 

「それなら仕方ないか」

 

水城さんはそれ以上口を挟むのを止めたようであるが、四辻さんの生まれを知っている俺からするとちょっと嫌な感じの言葉になっていた。だって構造体においてそういう事を考えて効率が落ちると面倒だからその方向への思考を止めておこう、みたいな話じゃないですか。

 

希死念慮がある人に抗うつ剤を投与するとかと同じような感じで、考えたところで意味がないものに悩むことがないようにどうにかしてそのあたりの思考を止める。それはきっと効率的で、不幸が少ないのだろうということは理解できるのだが、俺の中の言語化できない何かが、世間だと良心とか呼ばれそうなところが、それはなんか嫌だと駄々をこねていた。

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