トラヴェリング・セールスマン 1
「バグ修正をしていると無限に時間が取られるな……」
俺は積み上がったissueを片付けながら言う。まずざっと見て対応できそうなものと無理そうなものをわけて、それをBIFRONSに投げる。いやまあ速度だけを考えるならBIFRONSに全部やらせてもいいんですが、どうせ俺もいるなら二人でやったほうがいいじゃないですか。
「直せそう?」
四辻さんの声が後ろの方からする。
「直すというか機能追加が多い、それにコードを付けてくれるのはありがたいのだが……」
そう言いながら、俺は解読をやっていく。解読と言ってもコードの癖を見る感じだ。アルゴリズムの組み方とか、変数の付け方とか。俺と水城さんが決めた内部ルールは公開していないので、そのあたりをどこまで踏襲してくるのかも気にしている。
オープンソースのソフトウェアは、当然のことながら攻撃対象になる。俺なら間違いなく変なものを仕込む。だからこそ、色々と制約をかけないといけないのだ。出力ファイルの形式とか、内部のアルゴリズムとか、ハードコードされた定数とか、そういうものに変なものが仕込まれているかもしれない。
例えばBIFRONSにそういうものが仕込まれていたとしよう。そうすると先工研C4棟のネットワークの構造を記録することができる。別にその全部を保存する必要はない。パスを一日に一つずつ、アップデート確認のための問い合わせと一緒にどこかのサーバーに暗号化して送ってあげればいいだけだ。そうして数年すれば、情報はうまく揃うだろう。
そういう活動をする組織を絞り込めば、例えば特定のセキュリティが弱いシステム経由で何かを抜き出すことは可能だ。このあたりを普通の人工知能エージェントに相談しても大抵門前払いを喰らうが、さすがはBIFRONSである。この種の悪巧みをいくらでも思いつけるし実装モデルを用意して子エージェント同士で戦わせて具体的な対策措置まで用意してくれるんだ。誰がそこまでやれって言ったよ。
「本名が多いね」
四辻さんが問題を投げてくれた人のアイコンを見て言う。俺のアイコンはデフォルトのかわいい色の幾何学模様だが、なんかいい感じの笑顔の写真になっている人が多い。海外の研究者あるあるだ。日本ではまだ匿名文化が強いというか、本職の研究者なのにSNSでの名前のほうが有名とか普通にあるからな。暴れて炎上して学界に迷惑をかけて土下座配信するところまでセットです。
「BIFRONS、共通点は?」
俺が言うと、リストが表示されて次にアイコン同士が線で結ばれた図が出てくる。グループがいくつか。アメリカ系が多いかな。
『ASPAです』
「狂ったギャンブラー?」
『はい』
アメリカ合衆国連邦政府高等科学計画局、略称
ソ連に衛星打ち上げで負けたスプートニク・ショック直後、アメリカは科学分野に力を入れることにした。そしてそこに金があればあるだけ研究に投じる狂った科学者コミュニティと、デカい金を好きにばらまける立場で博打を打つ狂人官僚が組み合わさった。結果としてなんか軍事とか防衛とかそれっぽいものに使えそうなら片っ端から金を投じ、実用化まで急速に引っ張り上げる狂った組織が生まれたのである。
ハイリスク・ハイゲインの賭けを、圧倒的な元手で行う。結果としてほとんどのプロジェクトはろくなものを生み出していないと言っていい。予算の打ち切りが珍しくないとはいえ、結構な科学者が目指していた成果を出さずに許されているのは事実だ。しかし、それを帳消しにする成果をASPAの投資先は作ってきた。
月着陸。レーダー。コンピューターという概念。インターネット。半導体材料。レーザー。無人操縦。ロボティクス。人工知能アシスタント。量子通信。感染症対策。個人認証。小型原子炉。自律人工知能エージェント。特殊環境労働支援。第二次世界大戦後のアメリカが覇権を握った分野の少なくない割合が、ASPAの投資を受けたものだ。
アメリカの科学技術の発展の理由は多数あるし、最近は減速しているなんて言われているが、それでもなお中国と並ぶ大国である理由を挙げるとしたら、少なくない人がARPAの存在をその一つにするだろう。そういうイカれた場所だ。
一応総額で言えば日本の科研金とは同じぐらいのオーダーのはずなのだが、向こうにはここ以外にも普通に予算配分しているところがいっぱいあります。アメリカではここ二十年とかで予算が半分に減らされて科学者が生きていけないみたいな話があるがこっちはそれを半世紀前からやっているんだよ。
「……いやまあ、常温超伝導自体は手に入ったら嬉しいけれども」
俺はそう呟く。一応液体窒素で動くものの自体は増えている。量産できているのは銅系だけだけど。
『投資自体は十年以上前から行われています。鉄系やニッケル系の超伝導体の実用化にはかなりの巨額が費やされていますね』
BIFRONSはわかりやすい予算の流れとか研究実績のグラフをアニメーション付きで出してくれながら言う。ありがとう、だいたい理解できた。
「……向こうにも須藤さんみたいな人がいる?」
四辻さんが呟いた。
『可能性はありますが、特定は困難です』
「理由は?」
『ASPAのマネージャーはかなり特殊な経路で採用され、短期間だけ雇用されます。そのため、すでに現場を去っている可能性もあります』
「……もっと上の方じゃないか?」
『その場合、動きがもっと遅くなるはずです。研究者よりも上のネットワークによるものですが、連邦政府ほど遅いわけではないとなるとASPA内部の関係者が絡んでいたと見るべきでしょう』
「そこまでよくわかるな……」
別に俺のソフトウェアを直接その人が紹介した、とかである必要はないのだ。適切なところに動ける組織を用意して、興味深い素材が見つかったらテーマすら変えてその目標に予算を流用していいと事前に打ち合わせしたりとかしていればいい。特に材料系はそういうところがある。検証は後発でも実用化で先に行けばいいのだ。
それはかつて日本が、中国が選んだ道であるが、アメリカはそれを選択肢の一つとして当然のように持っている。これだからあの国はずるいんだよ。