超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トラヴェリング・セールスマン 4

俺は久しぶりのお客様にインスタントであるがコーヒーを出している。砂糖とミルクはたっぷりあります。

 

アシュリー・チェン・ルイ(Ashley Chen Louie)。アーカンソー州出身。父は中華系移民三代目で機械技師、母はアフリカ系で高校教師。修士までは政治哲学をやっていてアメリカの大学で理学の博士号、その後ポスドクと並行してルーマニアで経済学修士号」

 

「は?」

 

俺は彼女の経歴を中根さんに見せてもらいながら言う。なんていうか好き勝手生きている感じがするな。やっているテーマ自体はなんていうか独特だ。出している論文は修士時代からちゃんとIFあるところの雑誌だし、アカデミアの空気もわかっている。

 

理学と言っても統計学の理論に近いな。BIFRONSの中にある論文データベースから作った人間関係地図をもとにすると指導担当がもともと経済分析系の人で道具が足りないから数学を深堀りしたタイプ。で、そこのサブの人が統計物理学で類似のモデルを扱っていた、と。

 

そしてコンサルタント企業とか、あとは石油系の企業のアドバイザーを経由して、五年前から去年までASPAのマネージャーをしている。具体的に関与したものを見ると、彼女は材料とかエネルギー分野の担当をしているらしい。

 

これらの根拠データの多くは公開情報としてリンクがつけられていたが、細かいところはちゃんと人間が調査したのだろうと考える。まさか人工知能が吐き出した幻覚(ハルシネーション)ではないだろうしな。ただそういう隙間を出すとその隙間を埋められる人物がスパイとして浮かび上がったりはしないのだろうか。純粋に知識不足なので気になってしまう。

 

「……どう思いますか?」

 

「古瀬さんの同類」

 

隣からタブレット端末を覗き込んでいた四辻さんが言う。

 

「いや俺より圧倒的に格上だろ、ずっと日本に閉じこもってたわけだぞこちとら。それに彼女はちゃんとルーマニア語をやっているわけで」

 

表示されている論文の中にはルーマニアの歴史系の論文誌にルーマニア語で投稿されたものもあった。共産圏時代の計画経済について論じたものらしい。ルーマニアは確か比較的碌でもない時代を当時送っていたはずだが、多少は落ち着いて研究できるようになったのだろうか。あるいは部外者だからこそ見えるものを期待されたのだろうか。このあたりの学界の細かいところまで空気を読むのは難しい。

 

「彼女が日本に長期滞在する予定です」

 

「……目的は?」

 

俺は言う。

 

「観光だそうですが、彼女があちこちを見学できるようにCIAのネットワークが動いてます」

 

「わざとらしすぎるだろ」

 

日本の諜報組織にわかるぐらいにそういうルートを使っているなら意図的な目的があると見るべきだろう。彼女自身が餌かもしれない。それにこの経歴を見る限りは諜報系のところにいたとは思えない。もしそうだとしたらノイズが多すぎる。それ自体が目的かもしれないが疑い始めたらキリがない。

 

中央情報局。世界有数のスパイ組織であり、その情報収集と分析能力は間違いなく高い。いやだって金と人口のある大国がそれなりに頑張っている組織が弱いわけないじゃないですか。中国だって日本だってそれなり程度にはやっていて、それなり以上の力があるわけで。

 

あと純粋にBIFRONSの扱っているデータの一部はCIAの公開しているAPIから回収されたデータをもとに作ったものです。各国の経済とか人口とかの詳細をまとめてくれるのは助かるのですが、絶対これログとってますよね。

 

とはいえ彼らの行動が直接的に違法かどうかは怪しいのが微妙なところである。俺だって政府の上の方の命令で法的根拠なく、多分違法なことを山程して動いている人物だ。具体的には公務員としての責務とか。

 

「向こうは隠れるつもりはないと見ていいでしょう。合法的な範囲で、我が国の科学技術発展を調査し、活用しようとしています」

 

中根さんが言う。愛国的とでも言うべきか。まあ下手に汎人類主義とか民族主義とかよりも国家という国際条約とかである程度範囲が決まっている主体を軸に据えるのは悪いことじゃないか。

 

須藤さんはこのへんがもう少しドライだった。それは選んだ仕事だからこなすが、それ以上ではないというある種の冷たさ。別に中根さんの滲んでくる熱意が嫌いな訳ではないが、俺と噛み合うかどうかはちょっと怪しい。四辻さんなら普通に合わせられるだろうし、もし辛くなったら俺は下がって折衝を四辻さんに投げよう。俺の仕事がそうするとなくなってしまうが。

 

「で、俺達が取るべき方針は?」

 

「結論を急がないでください。まだ説明すべきことはあります」

 

「……わかりました。ではまずそちらをどうぞ」

 

俺はソファーに座り直す。この人はなんていうか、全力すぎる気がする。須藤さんに比べて肩の力が入っているというか。それは余裕をなくしているとも言えるし、きちんと正面から取り組んでいるからだとも言える。

 

それはそれとしてこの水準の案件をいきなり若手に押し付けるんじゃないよ須藤さんよ。ちゃんとバックアップとかしてる?面談とかして様子確認している?ボーナスとかいっぱい出してあげてね。

 

説明を聞きながら、俺は彼女の表情を読める範囲で読んでいく。それと中根さんから見えない範囲で、指で文字を書いてBIFRONSに連絡をしていく。顔を撮影して、感情分析に回しておいて、と。別に信頼していないわけじゃないが、どこか引っかかるんだよな。最初に須藤さんというレベルの高い人を見せつけられたからかもしれない。

 

不完全な人だけで仕事を回さなくちゃいけないということは理解しているつもりだ。不確定の情報をつなぎ合わせて、少しでも確度の高い選択をしていくためには、相手を疑うよりも信頼して、余計なことに資源を配分することを避ける必要がある。

 

それでも中根さんが四辻さんよりも俺に説明しているというのはちょっと気に食わないな。確かに表向きの責任者は俺で、四辻さんは天才とはいえあくまで付き添いになっているという設定はわかるし、中根さんもそれを踏襲しているか、あるいは知らないでいるのだろう。それはそれとして俺より賢い人が俺より軽んじられるっていうのはあまりいい気がしないのだ。

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