超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トラヴェリング・セールスマン 8

「久しぶりだな」

 

須藤さんと話をするのは車の中。いいなぁ政府の人はこういう車を使えて。ちなみに運転手は中根さんです。かなり丁寧に運転しているし一時停止で三秒ちょっと止まっているのでカーチェイスとかはできないだろう。むしろこういうところでカーチェイスするってあるのだろうか。暇な時に四辻さんと一緒に見た映画をなんとなく思い出す。

 

「ええ。そちらのほうは相当苦労したのでは?」

 

四辻さんが言う。今回は俺は黙る側。なぜかと言うとちょっと色々詰め込みすぎて揺らすと英語を吐きそうだからです。一時期英語論文を読みまくった時に夢で英語を文字言語として話していた記憶があるが、似たようなものかもしれない。

 

「……久しぶりにいい仕事をしたよ」

 

そう言って、須藤さんは紙を俺達に渡す。薄くて独特の手触り。印刷も特殊なのだろうか。

 

「何かあったら口の中に突っ込むように。水溶性の紙を使っている」

 

「味は?」

 

四辻さんが聞く。気になるのはそこかよ。

 

「……まずい。インクの癖も強い」

 

「……そう」

 

残念そうだ。中根さんの運転する車は高速道路に入ったらしい。中からだと外があまり見えないんだよな。多分盗聴防止用のフィルムとかそんなやつが貼られているのだろう。

 

「アメリカ合衆国は日本政府と科学技術分野の協調を行うことが閣僚級の外交で決定する見通しだ」

 

「会合がされる前から決まるものですか?」

 

四辻さんが須藤さんに聞く。

 

「もちろん、その分野の最高責任者である閣僚が言うという意味は大きい。しかし、それ以前に彼らが何を言うか、そして言わないかは現場レベルの判断もある。閣僚が操り人形ではあるとは言わないが、一人で何でもできるような役者ではないことも間違いない」

 

聞いていると誰もが人間なんだな、ということを考える。四辻さんだって一人では何もできないし、彼女の力を引き出すために相当な裏工作が必要だった。もし現代の水準をはるかに超えた知識を持った人が一人いるだけで何かを変えることができるなら、そもそも彼女が匿われる必要もなかっただろう。

 

須藤さんだって実際に権力を持っていると言うか上の方の立場にいる人の支援というか黙認あってこその仕事だし、そのいわゆる偉い人たちだってどこまで好き勝手できるかと言われると微妙なところだ。もちろん人間は立場を手に入れると思い上がる性質が広く知られているが、それでもだ。

 

「……どのような方向になりますか?」

 

「同盟国として特別な技術的パートナーシップをこれまで以上に強化、あたりだろうな」

 

「日本はかの国と技術的パートナーシップを結んでいたのでしょうか?」

 

「……技術系の繋がりは深いが、それは欧州と米国の間でも同様だ。むしろ言語が近いだけ、そちらのほうもあるだろう。情報系についても日本は五眼連盟(ファイブ・アイズ)から一段下だ」

 

ああ、素晴らしき英米の諜報協定。我が国はなんか常に微妙な立ち位置にある。とはいえそのお陰で国際社会において完全に米国側に寄っているというわけでもなく、なんか普通に全方位批判をやっているタイミングすらある。ある程度は一貫してはいるがなんだかんだ無茶なことをやっている。よく批判されているが世の中には批判が好きな人もいるので公的活動の一貫というやつだろう。

 

しかし四辻さんもよくこの辺の事情をわかっているな。あるいは単純に記号操作やゲーム理論の延長線上として国際政治を理解しているか。それはそれですごいことだとは思いますけどね。

 

「私達が彼女と話すのは、その役に立ちますか?」

 

「役に立つかどうか、で言えば難しいところだ。政府レベルの対応に、彼女は直接は絡まない」

 

「もっと下であれば?」

 

「そこまでになると規模が広すぎて、影響力が足りない。あくまで彼女はせいぜい長官クラスの支持で動いていると見るべきだろう」

 

インストールしたアメリカの政治構造を思い出す。日本にいると三権分立とか下院の優越とかのあたりが当然のように語られているが、我が国は後発的に既にあるシステムを導入した国家だ。イギリスのようなウェストミンスター・システムと呼ばれるような首相の立場、ドイツ帝国のような立憲君主制度と強い行政組織、そしてアメリカ合衆国やフランス革命以降に血で書かれた教訓として技術的に確立された三権分立。このあたりを明治時代にいいとこ取りして、昭和時代に敗戦のどさくさで入れ替えた。

 

そんな議院内閣制度で育った俺の認識からすれば、アメリカ合衆国は奇妙な制度を持っている。議会と大統領が別系統で選ばれ、大統領が国家元首にして行政府の長でありながら、その下の長官は大統領に対してのみ責任を持ち、立法府や行政府に対しての責任は薄い。まあもちろんこれは程度の問題で、責任を持たなくとも民意によって辞任せざるを得ないみたいなことはあるのだが。

 

そして大統領が行政府に対してかなりの権力を握っているということになっていながら、その権力は微妙に移譲されている。もちろん実態としては大統領に任免されるが大統領とは必ずしも意見が一致しない閣僚とか長官とかのあたりが主導権を握っているところもあるし、同時にそれを制約する数多のシステムがあるのであまり雑に語ると理念とも実態ともずれていく。

 

しかし、理念としては閣僚の立場は大統領に対してのみの代理人ということになっているのだ。このあたりがどうも民意の暴走とかディープステートやらの構築を促しているというか、ある意味では面倒な勢力のバランスを取ってうまく回っているシステムができてる原因なのだろう。

 

もしかしたら人間はどんな酷いシステムでもそれなりに運用できてしまうのかもしれないという可能性は一旦置いておこう。なぜか民主主義とかいう酷い制度を我々は数百年アドホックな補正込みで動かし続けているのだ。

 

となると大統領について話が通っているかどうかは怪しいが、大統領がまあまあ信頼して選んだ立場の人物が協力していると見ていいだろう。嫌だなぁそんな偉い人が動いているだなんて。俺は目の前の人物が一人か二人挟めば日本の意思決定を握る人物を動かせるという事実から目をそらしながら、具体的な須藤さんの分析をちょっとぼんやりしながら聞いていた。

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