超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トラヴェリング・セールスマン 9

四辻双葉。通信高校卒業後、大日本電算に就職し、先工研に出向。その後先工研に直接雇用される。今の立場は研究補助員だか事務員だか。どっちだったかな。

 

「私の顔を見ている理由は?」

 

「いや、俺はこの写真を見ても四辻さんだと認識できないな、と」

 

人間の顔を一瞬で覚えてすぐに思い出せるという人はいる。ただ、俺はそうじゃない。例えばこの場所にいる人物が一人だけで、そこにいるのは四辻さんであるべきという前提を持っていれば、相手が四辻さんだとわかる。でももし彼女が着替えて、街中で会ったらきっと誰だかわからないだろう。

 

濃い茶色の髪と、大和民族らしくないらしい顔つき。いやだって顔見て民族グループと強く紐づいた祖先集団に基づく遺伝形質を特定できるかって言われると微妙じゃないですか。一応人種という言葉は使うべきではないとされているので使わない。だって移民とかされると前提が狂うじゃないですか。そんなものに学術的に頼るのは軟弱だって前世紀からずっと言われてきています。

 

俺の知る限り日本人の定義は日本国籍持っていることだけですし、そうでなければ他の国の人です。無国籍の場合は我が国の政府が国際社会における適切な対応を取ることを強く期待します。残念ながら人類種保全運動家は遺伝的攪乱やめろとかあまり言ってくれないし、そもそも人類種保全運動をしてくれる上位存在はいない。

 

「……私の経歴を見て、どうするの?」

 

「いや、これを必要になった時にどう説明するんだと思ってな」

 

「相手は中根さん?」

 

「あとはミス・ルイにも」

 

常識的に考えればよくわからない話だろう。加速器の事故で別の宇宙かあるいは未来から人間がやってきましたって。高エネルギーだけじゃなくて磁場とかも要因だった可能性はあるけど全体のエネルギーを考えると辻褄が合わないしそもそも何が起こったかが爆発で散らばってわからないってなっているからな。

 

四辻さんが来た日に起こった事故は爆縮と電力と真空系統がなにかよくわからないけど変に絡んだってことになったらしい。少なくともそう言う形で報告書が出ているし、世界中の科学コミュニティもよくわからないニュートリノについては黙っていることにした。よくあることである。もう一回同じことをしようという計画もあったらしいが、当時最高性能のメガテスラ磁場を作る設備と中古で壊す寸前だったとはいえ加速器一つが吹っ飛んだあとでは再現に二の足を踏むのも当然だろう。

 

「……これは美醜的にはどうなんだ?」

 

俺は四辻さんの写真を見ながら言う。撮影はBIFRONS。日常生活の隠し撮りというか監視記録の産物だが、ちゃんと事後とはいえ本人から明示的許可を取っているので研究倫理上は問題はないと思う。

 

「水城さんはかわいいって言っていた」

 

「なら信頼していいか」

 

目を引く美貌ではないが、健康的な感じがあるとかそういうものだろうか。そもそも人間の美醜判断の基準の一つは遺伝子に埋め込まれて脳が作られる時に展開される、先天的に埋め込まれた相手の繁殖能力とかを測定する機能だなんて話があるからな。究極要因と至近要因を混同するなと生物系の人から言われそうだ。

 

その点では、彼女が整った顔立ちをしているらしいというのは別におかしな話ではない。俺にとっては実家の玄関のところにあったたぶん祖父の祖父の形見の木彫り熊の値段みたいな価値しかないが。あれって本当にいくらするのかはちょっと気になる。もし父が死んだら俺が相続していいかな。あれを我が家の家宝扱いしていいのかは困るが、毎日学校に行く俺を見送ってくれたのだ。

 

「……印象の調整ぐらいは、できるよ」

 

「俺がそれをするべきかどうか判断できないからやめておけ、あるいは中根さんに聞け」

 

「わかった」

 

そう言って俺は今まで記録してきた四辻さんの本性の方に目を移す。「構造体」における整備・補修用の予備有機エージェント。遺伝子的にはヒトだが様々な改造がされており、脳にはブレイン・マシン・インターフェース。怪我の治りも早いし心肺機能も平均以上。各種の筋肉とか制御とかもかなりの水準にある。

 

「……これを普通の人は飲み込めるもの?」

 

「類型に引っ張られるんじゃないかな、ピノッキオとか」

 

「カルロ・コッローディの?」

 

「作者は知らんが多分そうだ、人間になるやつ」

 

「そういう認識をされると私は不満に感じると思う」

 

「なにゆえに?」

 

「私は最初から人間だから」

 

「なるほど、絶対に言わないようにする。もし言ったら全力で謝罪するので介錯をお願い」

 

「介錯は水城さんに頼んで」

 

「あのぐらい何でもできる人なら抱き首にできるよう調整してくれないかな」

 

さすがにこの言葉は意味がわからなかったらしく四辻さんはディスプレイにBIFRONSが提示した日本の古い時代の伝統文化についての説明を見ていた。ちゃんと赤い文字で現代は行われていないと書かれていたので勘違いすることはないだろう。

 

人間との交流で人間ではなかったものが人間性を獲得する。よくある話だ。あるいは人間ではないゆえに人間性を認められない。フランケンシュタインの怪物はこちら側かな。実際に読んで怪物の知性と隣人愛の描写に驚いた記憶がある。誰だよあれを一家惨殺とか北極まで創造主を追跡する怪物として描いたのは。アリー・シェリーというやつは本当に原作を読んだのか?読んだからこそかもしれない。

 

それらと比べると、四辻さんはむしろ堕天使とかの文脈の方に近いかもしれない。罪を知って人間のところに降りてきたような。とはいえ俺はべつにキリスト教もその派生の神秘主義も詳しくないのでよくわからないんだよな。そういうことしているから悪魔の名前をつけた人工知能に馬鹿にされるのである。そう考えるとあれか、王を僭称して丘の上で殺された男とかのほうが四辻さんには近いかもしれない。今度ワイン作ってもらえないか聞いてみるか。水城さんが結婚式とかしてくれれば助かるんだがもう指輪つけていたしな。

 

とはいえ彼女から見て俺達は個としては下位互換に近い。構造体においては四辻さんはコスト面からのみ採用されていたという話があるし、そう考えれば別に人間だから特別みたいな話はない。よくあるSFでは人間を特別視することがあるが、ハルシネーションと報酬ハッキングは人工知能の得意分野であるし、機械が本質的に代替できない人間らしさなんてものは既になくなっている。あるのは低コストという利点だけだ。

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