超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブートストラップ・プロブレム 6

「……多すぎるな」

 

まるまる一日かけ、俺達はブレイン・マシン・インターフェースの基盤となっているものを書き上げる事に成功した。おそらくこれはそうとう価値のあるものだろう。1900年の物理学者に核兵器の青写真を渡すようなものだ。

 

つまり、それを読み解くために必要な知識が多すぎるということである。確かに基本的な用語は、俺達の世界にも存在するものだ。表面をウイルスを覆うたんぱく質であるカプシドのようなもので囲った、高密度有機伝導高分子というのはなんとかわかる範囲にある。

 

ただ問題は、それをどう作るかだ。残念ながら人類はまだたんぱく質を完全に設計することができないし、四十二さんの知識の中にはそのアミノ酸配列パターンと構造式はあったが具体的な組み立て方までは入っていない。むしろアミノ酸配列と構造式があるのが怖いところはあるがな。

 

「あなたがたにとって、有用ではある?」

 

「有用だ。おそらく人類はこれを作るためにあと半世紀、五十年はかかる。それを半分にできるし、無駄な試みをかなり減らせる」

 

「それはよかった」

 

「問題はこれをどうやって社会に出していくか方だ。……四十二さんにも協力してほしい」

 

「必要であれば、喜んで」

 

彼女はかなり感情的というか、文化的なやり取りをできるようになってきている。辞書的な感情の対応に過ぎないかもしれないが、そもそも俺達はまともに感情を理解して共有することなんてできていない。大抵はなんとなく相手を推察して、向こうの行動を好意的に解釈して許容しているだけに過ぎない。

 

「まずこれを須藤さんに見せなくちゃいけない。BIFRONSの翻訳が誤っているかもしれないし、実際にはまだ俺達が認識していない方法があるかもしれない」

 

「私の知っているのは、最終的にある程度進んだ状態から再構築されたものだから、局所的な最適解が別である可能性は十分ある、ということ?」

 

「そのとおり」

 

山登りを考えてほしい。一番早く到着することだけを考えれば、一直線に山頂まで行く路を選ぶのが最適かもしれない。それが今手元にあるものだ。語彙の半分は厳密に翻訳できていないために無理やり日本語を当てはめたものになるし、そもそも飛び石伝いに発展させることを前提としている。

 

それは電池を初めて見た人に、「それを遠距離との通信に使えますよ」と言うようなものだ。電気ショックが一瞬で伝わることを利用して、手を繋いだ数万人に高電流を流して高速通信を実現させるとかいうおかしな方向に進みかねない。そして彼女は、そのリスクを考慮するための前提知識が大きく欠けているのだ。

 

「……協力はできるとは思うけれども、良い結果を出せる可能性は低い」

 

「良い結果の定義にもよるだろ。そもそも俺達は未来を理解できないんだし」

 

「……まだ、できないね」

 

「時間が経てばわかるのか?」

 

「これについて話したい重要なことがあるが、それをするためには私たちの語彙は不足している」

 

「おいBIFRONS、いつの間にフェルマーの最終定理の話をした?」

 

俺が問い詰めると数学の説明の時に背景の文化的情報と一緒に示していた。よかった、このフレーズを独自に発見されたとかではなくて。

 

「私は多少実験が得意だけれども、どこまでこれらの技術の再現に携われるかはわからない」

 

「実験室規模でどうにかするのと工業規模で作るのとでは違うだろうしな。そちらの方ではどうやってたんだ?」

 

「自動処理の構造と制御についての知識は私には最小限しかない。それを再構築することは期待されていなかった」

 

「……基本的に、あなたたちは構造体の修理担当者だった?」

 

「修理でもあるし、再構築でもある。閉じた系は影響を受けにくいから、独立した活動ができる」

 

「んー、つまり構造体っていうのは本来それ自体である程度自分をどうにかできるけれども、そうできなくなった時にあなたがたが仕事を命じられることになる?」

 

「命令がされるわけではない。命令自体も設備に依存するし、我々は多くの設備が崩壊した時に活動できることを前提に調整されている」

 

「俺達は自分を特別な存在として扱っているから、自分と似た存在が自己の価値や存在理念をそういうふうに表現するとあまり気分が良くならないんだよな」

 

「感情を理解はする」

 

彼女にとって自分がそうある、という一線は譲れないか、あるいは自明なのだろう。このあたりのアイデンティティをとやかく言うのは不毛だというのは良くわかっている。世間一般では仕事をしたくないというアイデンティティはなかなか肯定してもらえないのに、些細な自分の現状と理想の不和をアイデンティティの問題だと言えば騒いでくれるところがあるのでそもそも近づくこと自体が良くないものかもしれない。

 

「ひとまずこれは須藤さんに回して、どのぐらいの手間と時間がかかるか見積もってもらおう」

 

「彼はそういう専門家なのはわかるけれども、私はより彼について具体的なことを知っていたほうが適切に知識を活用できると自分について考えている」

 

「少し冗長な言い回しだな、わかるが」

 

「情報の正確性が重要な段階で、そのような手間を惜しむべきではない」

 

「はいはい」

 

俺のほうが諭されてしまっている立場だ。俺が話が合うと思うような人たちと話をするとき、しばしば会話以上に相互の知的背景の共通点を確認する作業となっていることがある。つまらない繰り返された冗談を言ったり、インターネットを話したり。

 

「常に真剣でいることを望むのは過剰であるとは理解しているが、不満の表明を積極的にしていくべきかもしれない」

 

「いや、今のままをおすすめするね。安易に感情をつけるのは良くない」

 

「制御ができなくなるから?」

 

「それもあるが、今までやってきてうまく行ってきたものを変えるということは、変えないことと同じぐらいリスクがあるからだ」

 

世界は嫌でも変化するから、追いつくためには何かを選ばなければならない。選ばないということだって、選択の結果だ。人生を含めて、世界にはそういった選択が無数にある。その全てで正しいものを選ばなければ終わり、ということはほとんどない。実際は極端に悪い選択を連続で引かなければいいし、それで酷いことになったとしても世界が終わるわけではない。

 

このブレイン・マシン・インターフェースもそうだ、と俺は考える。確かにこれは重要な技術革新の礎になるし、今後のこの種のデバイスの方向性を事実上決定するかもしれない。しかし、別にこれがなくたって似たようなものは時間をかけて作られただろうし、これを活用する方法をあまり考えすぎなくとも多くの人がある程度は似たような方法でそれぞれの考えたいいやり方を試して、似たような結果を得るのだろう。

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