超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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チェーン・ギャンギング
チェーン・ギャンギング 1


国立情報通信総合研究所の食堂はおしゃれな場所だが、今は人が少ない。何人かが机と椅子とかのチェックをしている。

 

「……BIFRONS、聞こえるか?」

 

俺が呟くと、かけていたサングラスの裏に通信分析結果が表示される。想定していたよりもかなり速い。さすがは国立情報通信総合研究所。これで回線が遅かったら税金泥棒だとか通信分野の研究機関としての誇りはあるのかとか問い詰めることになっていただろう。

 

暗号化は端到端(エンド・ツー・エンド)。使っている暗号には直接交換されるワンタイムパッドが含まれているので解読はかなり難しいはずだ。暗号学で言うところの理論上不可能というのは、細かいところで盗聴していたり末端をハッキングしたりゴムホースを持って押しかければ結構どうにかなる、の同義語である。

 

「さて、と……」

 

水城さんはもう来ていて、うろちょろと周囲を見ていた。俺も確認をしておこう。目を閉じて、頭の中にさっきまで見ていた光景を思い浮かべる。靴で床を叩くと音が反響して戻ってくる。どこらへんに何があるかを完全に把握できるわけじゃないが、それでも壁とか天井とかの空間があるなというのはなんとなくわかる。

 

階段はどこだっただろうか。机の数はいくつだっただろうか。安定のために背を持っている椅子の座る部分の形はどうか。ここからいくつかある避難口まではどうやって行けばいいか。それぞれの避難口から武装した人が入ってきたらどう逃げるか、あるいは盾になるか。

 

俺は別に死んでもいい。言い方が悪いな。俺か四辻さんか水城さんのうち、誰か一人が死ぬなら俺が一番マシだ。もちろん警備の人たちは多かれ少なかれ他人を護るために自分の命を賭けているのだから犠牲にするならまずは彼らからじゃないのかみたいな意見もわからなくはないですがね。

 

目を開ける。世界は思っていたより明るくて、テーブルは水色みがかかっていた。そうか床って黒と白の市松模様だったな。そのあたりは思い出せないでいた。

 

食堂を取り巻いて見下ろせるような歩道。そこには既に何人か警備の人が立っている。彼らはたぶん総務相がやってくる件の人だろう。午後はこっちのほうでイベントがあるらしいからそれかもな。今回の視察後はここで記者会見をするらしいが、それは午後からだし今はマスコミ関係者を入れないようにしているだとか。

 

そっち側に紛れ込まれたらこまるというか、紛れ込んでいるんだろうなぁという気配はしている。だって今どきは世論の支配って大事ですし。ただマスメディアの力よりも政府の公式発表とオンライン上の口コミが少なくない世論を作っているところはある。大本営発表と井戸端会議が世相を決めるのはなんていうか回帰的な気がするな。

 

「気分はどうだ?」

 

俺は水城さんに声をかける。彼女は仕事着にしてはフォーマルだが礼装と言うにはカジュアルな感じである。入社式には出れるけれども結婚式には出れないレベルと言えばいいだろうか。俺が結婚式に行ったのはかなり昔のことだから詳しくはわからないが。

 

「単なる専門家同士の話し合いにここまで準備をするとはね」

 

呆れたような水城さん。まあそりゃそうだ。向こうだって今は無職らしいし。いいよなそのあたり、空白期間があっても何も言われないような前提がある国は。

 

「ま、こっちだって別にそこまで準備しているわけでもないだろうし」

 

動いているのはたかだか二十人、というのがサングラス越しのBIFRONSの分析。周囲の人の歩き方から訓練状況を、溜めておいたデータベースからその背景を割り出している。もちろん全部の顔を保存しているというわけではないが、それでも傾向は掴めるのだ。

 

というか日本にはこういうときに動かせる人というのがどこかに集まっているのだろう。詳しい話も聞かされず、何か会合があるから変な人が入らないように警備しておいてと言われる彼らの心情やいかに。さすがにこれで死んだら死にきれないだろう。それぐらいの給与はともかく何かあった時の保証はしてやってくれ。

 

「……一人二人で学会やることもあるからさ、学生バイトでもここまでの人を動かすことはないよ」

 

「見学会とかは?」

 

「あー……それなりに人がいるかも」

 

俺と水城さんの会話の裏でも、BIFRONSは詳しい分析を流し込んでくれる。普通の人ならたぶん直感とでも表現するのだろう入力を、視覚経由の文字で叩き込んでいく。四辻さんみたいに脳と直接繋いでいればもっと素直なのだろうが、そうできないのだから仕方がない。

 

「そういえば四辻さんは?」

 

水城さんが聞いてきたので、俺は隅を指で示す。会合の場所を見ることはできるが、逆に周囲を見てもあまりぱっとはわからないようにしたのだ。服装とか机の位置とか、そういうのを組み合わせたものである。ただ一般人の認知をベースにしているのでキャリブレーションが足りないし向こうがどういう風に世界を見ているかで効くか効かないかは変わってくるだろう。BIFRONSの機能を活用したちょっとした遊びみたいなものだ。

 

「……なるほど」

 

「どう思う?」

 

「服を選んだ人は悪くないセンスをしていると思う」

 

「だとよ」

 

俺はBIFRONSに言う。残念ながらこれは俺がやったわけではないのだ。素晴らしきBIFRONS。最近の流行とかもしっかり押さえているんですね。かしこい。まあ俺がちゃんと勉強して選べるようになれという意見もわからなくはないですがね。さもないと今日みたいなワイシャツと黒いズボンみたいななんかそれなりに人が集まるから正装っぽい雰囲気をしているけどドレスコード的には下着なんだよなみたいなことになる。

 

まあ現代においてワイシャツが下着という認識はないけれどもね。我が国において紋付羽織袴が一般的には正装とはみなされないような枠だ。外交儀礼上は正しくても普段の場所には堅苦しすぎるし、アカデミアでこういう格好をすると変なナショナリズムを疑われる。これだから欧州中心主義はよ。

 

「……やっぱり緊張するな」

 

「水城さんが?」

 

「私を何だと思っているのさ」

 

そう言って水城さんは口角を上げた。いや、BIFRONSもあまり緊張を検知していないぞ。むしろ高揚とか不敵な笑みとかと表現したほうがいいものだろうとなっている。

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