『前提として、私はあまり海外に行くつもりはありません』
水城さんの言葉を俺は隠しマイク越しに聴く。
『理由を聞かせてもらっても?』
『あまり外に出たくないというのと、私の折衝能力は日本語で一番機能するからですね。英語であなたと会話するのだって、結構な負担になります』
『そうね、そこは私が日本語を話せないから仕方がないけれども。だってあなたがたも通訳、ここに入れたくないでしょう?』
そう言ってルイさんは周囲を見渡す。普通に食堂らしくペットボトルに入ったお茶を飲んだりノートパソコンを叩いていたり、俺みたいにサングラスをつけて指輪を弄っているやつがいるが、彼らが全員サクラだってことは想定内だろうな。
とはいえ、水城さんが世界を変えるようなことを口走ることはないというのは断言できる。彼女は色々と知っているとはいえそれは公開情報に限られるし、俺だってそんな高度なこの世ならざる技術を知っているわけではない。
結局は、今のゲームは日本がどれぐらいパイをもぎ取れるかみたいな相対的に小さなものに過ぎないのである。細かいノウハウとかインフラとかを日本が握れば小銭にはなるが、それは須藤さんという個人が官僚として仕事をするには十分な額とはいえ世界を動かすにはちょっと物足りない、ぐらいだ。
国よりも企業のほうが金と人員を注ぎ込んでいる分野というものは珍しくない。そこで得られる国益とか、あるいは失敗した時の国富の流出なんかは、正直言ってしまえば許容できる範囲なのだ。名無し凝縮を活用してブラックホール兵器を作るとかいう国家があるならやってみろよ、という水準である。
人類は一国で国際線形衝突型加速器を作れなかった。国際核融合総合技術施設は商用利用までまだ遠いステップが残っている。超大国が国家の威信をかけた場合ですら、その調整は苦労したのだ。それに基本情報がある程度公開されている今であれば、国際的な
重力特異点はひどく不安定だ。それを兵器転用しようというのは、反物質の兵器転用と同じぐらい実現可能生が高い。特殊な封じ込め装置やら安定化装置を考えれば、その重さの核兵器で十分な場面のほうが多いだろう。コストも低いしノウハウも確立されているものと比較すれば、この種の技術を兵器として使うのは難しい。それはそれとして凝縮されるエネルギー量は普通に危なくて周囲一帯を爆風で吹っ飛ばすのには十分なんですがね。
となると理論上は宇宙でやったほうがいいのかな、なんてことを考えてしまう。軌道上はともかく月面とかでやれば放射されるガンマ線の大半は宇宙に飛んでいくことになる。宇宙人から検知されて人類が恐ろしい技術を作っているんじゃないかと監査担当者か文明抹消システムがやってくる可能性は否定できないが、そのときはまあその時だ。
『……ですから、私個人を勧誘することのメリットはあまりありませんよ』
水城さんは言う。
『そうなのよね、じゃあ何をすればいいのかっていうのが問題なのだけれど』
『それはそちらの方の問題であって私が支援できる範疇を越えているといいますか……』
なんか話がぐだぐだになってきている気がする。というか別に水城さんを何処かに連れて行ってもいいですけれどもその人は我が国における人工知能の政策とか倫理とか開発のあたりで若手なら五指に入る天才って程度ですよ。普通に引き抜かれてもおかしくない人材だたt。
『結局は仲良く手を取って、発展途中の科学のために頑張っていきましょうという形?』
『そうなるでしょうね』
『それにしては色々とあなたの国は警戒しているようね』
『なんででしょうね』
水城さんの笑い声に合わせてルイさんの少し低めでよく通る笑い声が食堂に響いた。何を笑っているんだか。いやまあ笑うしかないか。大臣クラスの護衛をただの一研究員につけるぐらいに我が国は要人護衛のコスト判断ができていないということですからね。
ルイさんからすれば、裏に想像以上のなにかがあることを想定していたのだろう。というかそうでもないとおかしいぐらいの完成図というか青写真のパーツが揃ったのだ。具体的には、ここで金を一気に注ぎ込んで運が良ければ無限のエネルギーを手に入れられるぐらいに。
それを偶然だと思うのは出来すぎているだろう。ではそれに絡んだ関係者を、と探っていくなら俺が出てくるのは間違いない。でも他の人も普通に候補に入ってくるし、それまでの経歴とか評判とかを含めると水城さんがかなり上位の人としてやってくる。四辻さんはノーマークではないだろうが、それでも順位は低いはずだ。調べてもぽっと出の高卒生しか出てきませんからね。
『一応私は政府で仕事をするなら国家のために動かなければならないの』
アシュリーさんが言う。まあそうか、古瀬さんが日本のために動くように、アシュリーさんはアメリカのために動いているのだ。それはまあ給料をもらっているからその分働くということでもあるし、愛国心でも義理でもいいけどなにかそういうしがらみもあるのだろう。それは悪いことではない、と思う。
『建前は人類のため、とかなりませんか?』
『全ては合衆国の覇権の下、と堂々と言う存在がお好みならそれでも』
『あまり望ましくはないですね』
『必要であれば合衆国は一国でこれを開発するつもりがある』
『無駄が多いのでやめたほうがいいですよ』
水城さんは一応は政策とかの方面にも絡んでいる。そして人工知能の発展とかについては著作もある。著作と言っても学会誌に掲載された連載みたいなものだが、普通に面白かった。文才があると思う。
だからこそ、国家手動で何かをやることの限界について語れるのだろう。結果として国家が最初の支援をして成功したことはあっても、ずっと国家が握って成功するというのはなかなか難しい。ああでもこれは伸びる分野の話であって、伸びるかどうかは断言できないけれども国家として持たなくちゃいけない機能とかの話ではないです。JNRとか郵便とか完全民営化すればよかったみたいな話はありますが、実際はそう簡単には行かなかったと思うんですよね。