超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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チェーン・ギャンギング 6

「米国大統領経済報告でまるまる一章割いてくるか……」

 

俺は眼前に広げられたテキストを見て言う。今回はヘッドマウントディスプレイを使ってみました。かつてに比べれば小型化はされているしFPSも上がって性能は格段に良くなっているらしいのだが、それでも俺は少し酔ってしまう。数十ミリ秒単位のズレでも慣れないと難しいものだ。

 

科学技術政策として包括的に新材料と実用化への大規模支援を発表。知財系の問題に対応するための組織も作りますよとのこと。なるほどライセンス料相殺とかされたりしたらこっちは結構不利になるかもしれないな。今のうちに重要技術は公開して向こうが特許にできないようにしておくべきか。

 

「政治を読める?」

 

四辻さんが聞いてくる。

 

「まあ一般教養程度には……」

 

「私には難しい」

 

「慣れの問題じゃないか?」

 

そう言ってからそもそも彼女にはその種の感受性がかけていた可能性に気がついてやっちまったなという罪悪感みたいなものにがやってくる。歪めた俺の表情から多少読み取ってくれると助かるのだが、口頭で謝罪をするべきだろうか。あるいは長期的行動で示すべきだろうか。

 

「気にしなくていい。私が見ることができないものがあるのは、古瀬さんが理解できないものがあるのと同じ」

 

「具体的には?」

 

俺が聞き返すと四辻さんは彼女の言葉を並べる。いやまあ転記ぐらいはできるが何を言っているかはほとんどわからん。専門用語と専門用語の間に助詞に相当するものが入っているのはかろうじて理解できるが。専門書の漢字を黒塗りにされたものを渡されたと思ってくれればいい。名詞は読めないし動詞を推測するのも難しいと言った形だ。

 

『BIFRONSは聞き取れたか?』

 

そう尋ねたら画面に数式となにかのグラフが表示された。ええとこの記法はどこかで見たことあるぞ、アインシュタインの縮約記法かな。それをしてもなおぐちゃぐちゃとした塊に総和によくわからないものがついて、穴の空いた曲面を作っている。密集恐怖症の人は苦手になりそうな構造だな。

 

「……わからん」

 

「数学的構造の一つ。これを理解するためには古瀬さんが今から私の言語を学んで三年間ほどかければいいはず」

 

「BIFRONSの支援とかは?」

 

「当然、込みの値」

 

「なあBIFRONS、妥当か?」

 

俺はセカンドオピニオンを求める。もちろん似たような前提から両方とも思考しているのでミスが重なることはあるだろうが、それでも俺が色々と考えるよりよほどいいだろう。

 

『甘い見積もりだと考えられます。人間の集中力と持続性の低さを考慮していません』

 

「それはご丁寧にありがとうございます」

 

俺はそう言って息を吐く。馬鹿にされたわけであるが、まあそれでいちいち苛立つほどにおれは自分の能力に自身を持てているわけではない。

 

だってそうでしょう。どれだけ鍛えても100メートル10秒切って走ることはできないでしょうとか、ベンチプレスで100キログラム持ち上げるのはちょっと難しいでしょうとか、そう言われるのはただの事実というか賭けてもいいぐらいという客観的な意見だ。もちろん俺がいきなりその手の活動に目覚めて本気でやれば不可能ではないのだろうが、世の中にはそれと同じぐらい簡単なことがある。

 

俺が自殺するとか四辻さんを殺すとかBIFRONSを破壊するとか、そういうことも理論上は可能だ。今の実態を隠蔽しにくい状況で世界にばらまくことだってできる。あくまでしにくいというだけで多分政府レベルが動けば箝口令はある程度機能するだろうが、本題はそこではない。

 

可能性があるというだけで議論の範囲に入れる行為は、特に世界を面白くはしないのだ。バベルの図書館に欲しい本があるという事実を知ることが何も意味をなさないのと同じように。別の言い方をするなら無償の昼食(フリーランチ)にありついている以上はどこかに切り捨てているものがあるということで。

 

俺にはわからないものばかりだし、理解していると俺が思っているものの多くは定義によっては理解できているか怪しいものだ。例えばペーパーテストで理解度を測るみたいになった場合、俺は結構な分野で怪しくなるだろう。

 

BIFRONSの補助輪なしで把握しきっているものは人工知能と機械工学と材料工学と言語学の基礎レベルに過ぎない。それでもなかなか広いじゃないかと言われそうだがこんなものは時間さえかければできるものだし、同じ時間があれば一つの分野をしっかり修める事もできたはずだ。

 

「政治は基本的には人間同士の利害関係の延長線上にあるもので、それは私が知っている個体同士の関係とは大きく異なる」

 

「そうかね、ミクロはわからなくともマクロの有効理論だけを取り入れることはできるだろ」

 

「読んできた物の量が違う、という説明は?」

 

「俺は別に政治学の論文読んでたわけじゃないし新聞なんて高校の図書室で読んでたのが最後だな、まああの新聞も正直今思えば良い質のものではなかったが」

 

マスメディアの凋落著しい昨今である。とはいえオンラインメディアだって特に信用があるわけではないのでまともに信じられるのは大本営発表だけという時代になってしまった。権力の監視を掲げた第四の権力は自らに向けられた視線に耐えきれなかったのである。

 

まあそれでも新聞も雑誌もラジオもテレビも完全に死んだわけじゃない。業界紙や業界誌は普通に頑張っているし、ラジオは知らないけどテレビは今でも番組をまあやっている。というかこのあたりを色々言うのってちゃんとそれらを見ているわけではない俺がやるべきことではない気がするな。

 

「……不満がある」

 

「どういう?」

 

「私が相当な時間をかけないと理解できないであろうことを、当然のように古瀬さんが知っていること」

 

「諦めてくれ」

 

まあその気持ちはわかるよ。俺だって四辻さんにそれを最初から知っていて、それができる肉体と精神を持っているのはいいなと思う。妬み(そね)みの類だ。持たないほうが多分幸せなやつ。

 

それでもまあ、そういう現実があることも、それを嫌だと思う自分も、そこにあるんだからあまり否定するべきものじゃないだろうとは思う。適度に諦めて、適度に反骨精神の材料にして、こういうのはどうにかうまく死ぬまで付き合って行くしかないのだろう。

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