超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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チェーン・ギャンギング 7

大統領とか政府高官とか巨大企業のCEOがSNSで積極的に発信するようなご時世はあまり碌でもないものだと思うが、それはそれとして情報がすぐ入って便利なものである。

 

「しかしこれは無理だろ」

 

そう言いながら俺は動画を止める。常温超伝導体を使って全米にエネルギーネットワークを作るという発想はまあ理解はできるが、実際に考えると山程問題が存在するのだ。

 

確かに超伝導体は電気抵抗がないのでジュール熱が出ず、例えば電気を流しすぎて熱くなって融けるみたいなことがない。とはいえ超伝導が起きなくなる臨界電流密度みたいなものがあるのでどっちにしろ高圧にしておいたほうがいいとなる。

 

更に面倒なのは交流で電気を送ると損失が起こるだとか、周囲に磁場が発生するだとか、そういうあたりです。検出素子にするぐらいならあまり気にしなくてもいい要素でも送電用だと考えなくちゃいけないことが多いのだ。

 

確かにワイヤーにしやすい素材ではありますが使えるのは検出素子とか今回の名無し凝縮のためにエネルギーを注入するプローブとかであって、送電線に使うのには向いていないと思うんですよね。

 

「詐欺?」

 

四辻さんが動画の文字起こしが映っていた画面を見て聞いてきた。

 

「に、近いんじゃないかな……」

 

常温超伝導は確かに凄い技術であるが、それがなにか特別というわけでもない。今まで実現できなかった温度と圧力で物理的特性を出すことができたというだけだ。

 

「それで資金を集めてどこに使うんだろう」

 

「逃げてもいいけどせめて高圧機械とかは買ってほしいな、そうすると需要が生まれる」

 

今のところLögseimr(ログセイムル)社が一強というか、そこ以外にまともにこの種の高圧装置が作れるところがないんじゃないかみたいな話が出てきている。この手の話は実際の現場に行かないと聞けない話なので学会に行ったり水城さんがあちこち回ったり、あとは論文にある装置の写真を分析したりとかそういうこまめな情報収集の成果です。

 

まあ実際に仕事をしているのはBIFRONSですし、そもそもこの程度の分析はもっと大きな計算資源を持っていてしっかりした専門家を抱えた機関なら普通にできると思うんですよね。俺だからできるとかいうものではありません。

 

「……少しこのサイトを見せて」

 

「はい」

 

俺は四辻さんに言われたようにリンクをクリックする。会社の財務状況とか技術部門の写真とかを見せていくと、四辻さんの指示が止まった。

 

「この画像は、合成なのでは?」

 

「生の測定データじゃなくて加工している、ってわけではなく捏造だと?」

 

捏造、改竄、盗用は学術的不正行為の三類型だ。何もないところからデータを持ってくるのが捏造、既にあるデータを弄るのが改竄、持ってきてはいけないデータを持ってくるのが盗用。あくまでざっくりとした分類であるし、複数の範囲にまたがるものもありますがね。

 

「そう」

 

「それぐらいはするだろ、あとこの種のものはシミュレーションとかイメージとか言われたらおしまいだ」

 

俺も昔はそういうの良くないと思っていましたし、別に自分から積極的にするつもりはありませんよ。特に今みたいな環境だと成果を出さなくちゃいけないというプレッシャーがないので純粋に手間がかかるし頭も使う研究不正をするインセンティブがない。

 

「集団にとっての不利益に繋がるのでは?」

 

「集団の利益のために動く個人はいないよ、システムの構築者すら個人だ」

 

「それは少しヒトという種の特性を誤解しているように思う」

 

「社会というのは本能的特性を押し殺した個人によって構築されるのさ」

 

言いながらなんともアドホックな理論だなと自分でも思う。確かに四辻さんの理論も妥当だと思う。色々なシステムが個人を信用しないで、しかし集団としては成功するように作られている。今どきは軽い研究不正でも学位剥奪とかポスト喪失になることは珍しくない。

 

再現性の危機と呼ばれた問題の解決を人類はまだ達成していないし、砂上の楼閣みたいな分野は正直言って少なくない。更に厄介なのはそのあたりの分野というのはしばしば良く知られた通説が人間を変えてしまうことだ。血液型性格診断みたいなものが現代にもなおまだ生き残っている理由の一つは、人間の多面性の一つをうまい形に落とし込んでいるからである。使っていい仮面を提示されると人間は他の選択肢をあまり見なくなるのだ。

 

「とはいえこの企業には資金提供をしないように適切な方法で連絡するべきだと私は思う」

 

「そこまでかね」

 

四辻さんが不正にうるさい、というわけではないのだろう。ほぼ失敗するだろうベンチャーがなんかそれなりの規模で存在するのは長期的に良くないだろうという判断だと考えられるし、俺ももちろんそう思う。では止められるか、と言われるとそれは別の問題だ。

 

この企業について調べて、不正をやっているならそれを明らかにして、資金を出資者に戻す。それをして誰が得をするか、というと難しい。そもそも出資者側もこの企業はそこまで高い確率で成功するとは思っていないだろう。大企業が支援者に名を連ねているのもこの種の賭けは当たれば大きいし外してもそこまで痛くないからというのがある。ASPAの戦略と同じだ。

 

「古瀬さんの思考を理解はするけれども、私はこれについては私で動く」

 

「あまり無茶はするなよ、動いている額は大きいんだから」

 

たかだか数億ドルだろ、という見方はできる。全体の予算とか市場規模からすれば千分の一とかそのあたり。それは必然的に失敗する数多の賭けの一つとして消えていく中でどうにか立場を手に入れようとする個人のあがきだ。それが全体にとって都合が悪いからどうこうというのは、あまりよろしくない気がする。彼らのやっていることがよろしいわけでは一切ないが。

 

でも数億ドルというのは、大金なのだ。普通の人間がほぼ手に入れられないような大金であり、誰かの命を救うことも、些細な願いを実現することも、あるいは嫌いな人に復讐を果たすためにも、十分な額。それだけあれば死んでもいいという人は、決して珍しいものではないだろう。なにせ多くの人が人生の百万分の一を千円ちょっとで切り売りしているのだ。

 

だからこそ、そろそろゲームが変わってくる。明確に大金が動くというのは、わかりやすい合図だ。ほとんどの人は経済学的な範囲で動いてくれるが、大金を経済学だけで抑えきれるほど人間の行動というのは狭くはないのだ。

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