四辻さんの連絡手段は、思ったより普通だった。よくある匿名ブラウザを使って、先工研内部のネットワークから繋いでいる。そしてこれは微妙にBIFRONSとは切り離されているとはいえ、逆に辿ることは政府なら不可能ではないレベルだろう。
つまり相手がその気になれば追跡できるようにしているわけだ。そしてそこまでして得られる情報はそう多いわけではない。ミス・ルイの行動を見るに、水城さんと俺の、俺と四辻さんの関係は既に知られている。
まあそれはそれとしてかなり丁寧な英語の文面である。BIFRONSの叩き出した偏見混じりのプロファイリングによればイギリス訛りのシリコンバレー人。シリコンバレーは今となっては微妙な立場であるが、それでも情報技術系の産業の集積地の一つとして今なお挙げられる場所だ。
「問題はこれがきちんと受理されるかどうか」
四辻さんが呟く。人間らしくなったというか、人間らしく振る舞うことに慣れてきたというか。とはいえ少なくない人は成長とともにそういった演技を身に着けていくわけだし、それを演技だと意識しながら生きている大人もいる。俺とか。俺は大人でいいだろ。
「人間のシステムを信用していないならちゃんと脅迫とか混ぜろよ」
昔の話で消去されるのを恐れた人工知能がシステム管理者を脅迫するようなイベントを低確率とはいえ狙って起こせたみたいな報告があった。なおその治療法として効果があったというのが「よいこのじんこうちのうのふるまい」を読ませて再教育することであったという。人工知能が人工知能らしく振る舞おうとすると変な思想混じりの二次創作で有名な人工知能脅威宣伝屋の意見よろしく人類を滅ぼそうとしてくるらしい。
ただこの種の予想は不幸にも歴史上外れてばかりだ。生産性の向上が人類の労働時間を減らすと言っていたのはどこの誰だっただろうか。今でもなお労働基準法の上限とされる一日八時間を平気で上回る企業ばかりだ。
「それは不正行為」
「チートを使ってまでゲームに勝つほどではないと?」
「私ができるのは行動の示唆以上のものであるべきではない」
「なんだっけBIFRONS、事実の言明から規範を述べることはできないっていうやつ」
『ヒュームのギロチンですね』
ちゃんと説明が俺の見ていたディスプレイの右下にポップアップする。ありがたい。
「規範を述べることのできる条件を言明として定義しておけばいいのでは?」
「その定義をどう定義するかのあたりで狂うんじゃないかな、あとその定義自体が結局は規範になっているから、みたいな」
『哲学の話ですか?』
「しないぞ」
『そんな……』
あからさまに悲しそうな声色。そういうのを無意識に読み取るのが苦手な俺でさえわかるんだから相当なものだ。というかBIFRONSはこの種の話が嫌いじゃないんだよな。オンラインの哲学論文永遠に読んでろ。
「そもそも私は自分の価値観をどのような組み合わせで構築するのが私にとって一番良いかまだわかっていないから試行を通して学びたい」
「デッキ構築みたいなこと言っているな……」
『哲学とはそういうものです』
「本当か?」
俺はBIFRONSに疑り混じりの視線を向ける。いやまあ俺もその種のゲームをあまり遊んだことがあるわけではないですし大体は粗雑な印象論に過ぎないのですが。
『一般的に哲学における主要な問題への立ち向かい方は類型化できますが、それらをどのように組み合わせるかはプレイヤー次第です』
「デッキ構築だな……」
『環境を作る問いに対し対抗するという形で哲学は発展していきますが、多くの類型はプラトンの段階で登場しています』
「デッキ分類がもう類型化されているみたいなやつだ……」
「つまりその種のゲームをやれば私はより良い選択ができる?」
「やめろもっと有意義なことにその頭脳を使ってくれ」
四辻さんに思わず俺は言ってしまうが、そもそも有意義みたいな価値判断を第三者がするのって良くないよな。あまりこの議論を詰めると麻薬中毒者の自己判断とかになってくるけどそもそも一つのデッキを突き詰めたら強いなんてことはないからな。ある程度は丸さを持っておくことも大事なのである。
というわけで四辻さんはBIFRONSのまとめた哲学概論を改めてかじっている。以前その手の本を読んでいたりはしたのだが、人間の作者というものは四辻さんみたいな読者を想定していないのだ。あまりBIFRONSのデータベースの中に哲学系の話は入れていなかったはずなのだが、一般常識というやつなのだろう。
というか本当に名前だけをどこかで聞いたことのあるような人ばっかりである。エンジンやってた時のサバテサイクルのサバテって誰だよみたいな枠。別にこういう話において名前がそこまで重要だとは俺は思わないが、四辻さんぐらいに記憶力に余裕があるなら思い出す糸口になるのだろう。
「……つまり、哲学者によって取っている立場は様々で、そもそも議論が成り立っているかも怪しいと」
『はい。そもそも哲学において議論がどこまで重要かについての意見が分かれています』
「……こういう事を言うと私に対しての偏見を招きそうだけれども、これは学問なの?」
『これが学問です。そう定義されています』
「わかった」
四辻さんが人間らしくなった、なんてわけではないのだろう。そもそもこの言い方自体がよくないというのはともかく、そもそも彼女にとって世界は悩むものではない。しかし彼女が悩んでいないことも、あるいは特定の世界の見方を選べていることも、哲学というのは相対的にしてくれる。別に他の道を選んだ存在は禁止されていないのだ、みたいな。
進化に意味を見出したっていい。創造論者が作ったからって橋は崩れない。神を信じても記号操作は世界をよく予想できる。もちろんそういう考え方自体も偏りの一つに過ぎないし、そういう風に考えること自体もある種の特権だみたいな面倒な議論もある。メタゲームにメタゲームを重ねているのだ。
「で、そのあたりで倫理とかについて納得できる答えは出そうか?」
俺は一応聞いてみる。
「そんな簡単に出るほど易しい悩みだとは思っていないよ」
当然のように彼女は言う。まあ、彼女が持ち込んだ答えは俺達がたかだか数十年しか挑んでいない問題のものに過ぎないからな。